□ 転生くの一伝其の参『無法頼男』
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──結論から述べると、【禁術】は無事成功した。
〈忍〉の中でも御法度とされている禁忌の忍術──何故に拙者がそれを知っているかは今は置いておくとして……命は長らえることができた。
痛みは引き、見慣れた天井が視界に捉えられているのが証左である。まさか地獄がこんな殺風景ではあるまい。
「──はぁっ……はぁっ……はぁ……はぁ……はぁ……」
薄い、途切れそうな吐息からは自らにも感じる甘い匂いがする。
身体が軽い……幽体の術を使用したような感覚──果たして本当に成功したのだろうかと一瞬疑念が過った。
しかし両の手を上げてみて理解した。
間違いなく、禁術は成功していた。
鍛え上げて無骨だった拳が、何の汚れも無い真っ白な柔肌へと変貌を遂げているのだから。
【禁術 TS(転生)の術】──それはこれまでの性を捨て去り、別性に、拙者からすれば……か弱き可憐な女体へと産まれ変わる秘術である。
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「………見事に傷も塞がっておる……げに恐るべき忍の秘伝でござるな………」
数刻の後、寝覚めのような浮遊感を覚醒させ……拙者は現状を省みた。
刀にて貫かれた致命傷は完全に治癒しており、臓物の異常も無さそうだ。動いても痛みはなく、完治しているとみて差し支えない。
細胞すらも全てを入れ換える、人智を越えた〈忍〉の技法……秘伝とされるのも頷けるというもの。
「………生涯において唯一度だけ使える秘術……完全に……産まれ変わったのでござるな……」
鏡を見る。
花のかほり漂う産毛のような柔らかな髪、視界が明瞭になったと感じるほどに拓いた眼……宝石の如く輝く瞳、長き睫毛、しみ一つ無き卵肌。
見紛う事無き清廉で潔白なオナゴへと、拙者は変化していた。
それだけでなく──歳の頃も十代といっても良いくらいの若返りさえ遂げているではないか。細胞が活性化しているのが原因なのだろうか………いいや、細かい事は後回しにすべきでござる。
拙者のすべき事……それ即ち、この場を一刻も早く離れることだ。
恐るべき襲来者が何者かは知らぬが、一つだけ失態を犯した──拙者の死を完全に確認しなかった事……その利点をすぐに活かすべきなのだ。
放火犯が事件現場に戻るように、襲来者はこのアパートに再びやってくる可能性が高い。その時に転生を遂げたこの姿を見られるわけにはいかないでござる。
懸念事項を誰にも悟られる事無く持ち帰らねばならない──そして、拙者が襲来者の正体を突き止めねばならないでござる。
その懸念事項とは……【〈忍〉の中にイスカリオテのユダ】がいる可能性の他ならない。
拙者が一般社会に潜んでいたのを知る人間は極々僅か──直属の上司である上忍と、忍協会を取り仕切る上層部の中でも数人に留めているはずでござる。
そして無論〈忍〉であることを悟られるような失態をした覚えも無い……つまりは。
【襲来者は〈忍〉の誰かである】か【情報を漏洩した〈忍〉がいる】のどちらかの可能性が滅法高い。
勿論、忍を疑うなど考えたくはないでござるが……冷静に物事を俯瞰するとどう足掻いてもその事実を無視するなどできないのだ。
そして……ここでその懸念事項が立ち塞がる。
産まれたての赤子同然となった今──どこに潜み、誰に協力を求める、という問題でござる。
このような華奢な体躯となった今……単独で行動するには危険の方が勝る。次に襲われれば為す術無きまな板の鯉も同然。
急ぎ、庇護してもらうべきだ──しかし、誰に?
自慢ではないが、二十年弱者男性として過ごしてきたので親しい友もいない……そもそも一般人を巻き込むのは言語道断。
であれば情報屋を頼るべきか……いいや、奴等は金でしか動かぬし、全く信頼に置けない。
「………………………………あ」
ふと、一人の人間の顔が思い浮かぶ。
あ奴ならば今回の件に噛んでいないと断ずる事ができるやもしれぬ……なんていったって単なる単細胞だからこのようなしがらみめいた仕事を滅法嫌う。
強さも……認めたくはないが申し分ない。仮に襲来者に襲われてもあ奴ならば退けてしまうやもしれないでござる。
そして、馬鹿だ。
女性となった今なら、二つ返事で匿ってくれることは明白──こいつ以上の適任はいるだろうか。
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ぅぅぅぅぅ…………仕方、あるまい………」
こうして拙者は、クソアホ忍者【六奏天嘉】の元を訪れることに相成ったのである。