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今日も忍は柱(ちゅう)を舞う  作者: 司真 緋水銀
〈逸話(エピソード)零:『始まり』〉
2/9

■自由忍者伝 其の壱『推して参る』


 俺の名前は【六奏天嘉(むそうてんか)

 現代を生きる〈忍者〉であり、単なる中年でもある。


 どういう事かって?

 答える気は全くない──何故なら面倒くさいから。

 まぁそんなどうでも良い事はさておき、今現在、確か元号が変わって様々な事件が起きるようになった、そう、まさに今現在。


 俺の身にも大変な事件が起きていた。

 これは忍務の終わりに焼き肉でも食べようとテンションあがって田園地帯に広がる電柱をぴょんぴょんと跳んでいたのを目撃されていたとかそうでないとか──それ以来の事件である。





──令和5年 夏 千葉──


 事件の発端は、それまでの忍務を無事に終えたその日に起きた。


 〈本店(かいしゃ)〉に用意された地上30階建てのテトリスの長い棒みたいなタワマンが今の俺の仮宿(すみか)で、ひとまずそこへ帰宅する。

 忍者がこんな目立つ場所に住んでていいのかよ馬鹿じゃないかと思いつつ──そういえば俺が駄々をこねて用意させたんだったてへぺろと舌を出した。


「外から壁伝いに登った方が速いんだよなー、なんでエレベーターなぞ使わにゃならんのだ」


 ぶつぶつ言いながら、入口のエントランスロビーにいつもいる暇人(コンシェルジュ)に一言『チョリース』と挨拶してエレベーターに乗り込み、なんか面倒くさい手順でボタンを数回押して出現する隠しボタンの『PH(ペントハウス)』ボタンを押す。

こういった隠れ家的なものに最初はわくわくしたが……今はただ単に面倒でエレベーターに乗る度に破壊したくなる衝動に駆られる。


「まぁいいか、とりあえず暇になったし──次の仕事まで……くふふ」


 虹彩認証だとか生体認証だとか色々な面倒なシステムを済ませて、海を一望できるLDK(リビングダイニングキッチン)にあるソファーに座った。

 アンティーク家具も100インチの4kテレビも最新型の冷蔵庫もダイニングバーの棚に並ぶ高そうな酒も全て我が儘を言って本店(かいしゃ)に用意させたもので、静かな室内にマッチするそれらを見ていると──成功者の気分の脳汁がドバドバ出て心地よい。


「もうこのまま忍者やめて一生だらだらするか……いや、そしたら家賃無料の恩恵が無くなるだろうし……抜け忍として殺されるからやめた」


 物心ついた時から、俺は〈忍者〉として育てられてきたが──別になりたいわけじゃなかった。

けど子供心ながらに『面倒見てもらわないと、この面倒な世界一人じゃ生きていけないな』と感じたから利用させてもらったのだ。

 その見返りに、〈本店〉が望む仕事を適当にやってたら──いつの間にかこんな待遇も受けるようになったってわけ。


 〈忍者〉としての生活は窮屈で仕方ない。

 忍としての教育も忍務も、どれも簡単でつまらないものばかりだし。

〈忍者〉の養育施設を卒業して、ある程度自由を得れば変わるかと思った生活も……不自由な規則や約定やしがらみに縛られまくって満足感を得た事がない。

やれ『目立つな』だの『感情を殺せ』だの『忍の心得を常に持ち続けよ』だの鬱陶(うっとう)しくて仕方ない。


 だけど、〈忍者〉としてしか生きてこなかったから他の生き方を知らないし……何より〈忍者〉は死ぬまで辞める事ができないのはさっき述べた通りだ。


 そんな俺にとっての唯一の癒し……生きがいと置き換えてもいいものは唯一(ただひと)つ──『女』だった。


 忍者の養育施設にも少なからず『女』はいたが……どいつもこいつもクセがあったり、感情を失ってたり、人殺しだったりでまともな奴がいなかった。

 そのせいで……養育施設卒業までまともに女と話せなかった禁欲生活も相まって『表の世界』で俺の性志向は爆発した。

 『なんとかして女の子とイチャイチャしたい、あわよくば結婚したい』──そのために〈本店(かいしゃ)〉に見栄え良い生活(すまい)をねだったのだ。


 だが…………長い〈忍者〉としての暮らしのせいで俺は女の子との接し方を全く知らなかった。

 とりあえず方々、片っ端から色々と方法を試した。

〈変化の術〉でイケメンになったり、現代色に自分を染めたり、街行く女に片っ端から声をかけたり、マッチングアプリなんかも試した────結果、未だに童貞。


 そして──そんな事をしてたら20年の月日が流れてしまった。

 姿形(ナリ)なんかはいつでも変えられるものの……既におっさんと化した俺にとって、女の子と結婚するという夢は日を追うごとに遠くなっていた。


 何がいけないのか全く理解できない──きっと世の中の女が悪いと思い始めた俺の趣味嗜好(ストライクゾーン)は、自然と限りなく狭いものに限定されていった。


 それ即ち『二次元女子(バーチャルアイドル)』。

 現実で見向きもされなかった俺が二次元に傾倒してしまうのは……どうしようもない自然の摂理と言えた。


「くふふ…………今日も推して参るぜ【志能便(しのび)ござる】たーん」


 時代による進化は古臭い忍者どもにとっては善し悪しがあるだろうが……俺にとっては最高だ。

 こうして家にいながら推しの配信を見て安らぎを得る事ができるのだから。

 超人気Vtuberで天使の【志能便ござる】たんだけが俺の癒しだ。


「ふへへ……今日もいっぱいスパチャするからね~」


 容姿端麗、眉目秀麗、清廉潔白を絵に描いたような彼女は、数多く存在するVtuberの中でも極めて人気の高い完璧なアイドルだ。

 性格も(しと)やかで(つつ)ましく、おおらかで優しく少しどじっ()で……巨乳な彼女はまさに天使そのもの。

 これまで、現実にいる女達にこっぴどく酷い目に合わされた俺にとっての理想の女性の体現者なのだ。


 彼女には任務で稼いだかなりの金を投資してきた──その額は億に近い気がする。

 間違いなく、俺は流行りの『スパダリ(スパチャダーリン)』という存在であり……その甲斐あってか、俺のコメントだけは毎回のように拾ってくれるし扱いが他の有象無象のファンとはわけが違う──言わば結婚秒読みの段階と言っても過言ではないのだ。


「はぁ~……今日もまた一段と可愛い…………ん?」


 ござるたんの配信が始まりPC画面に釘付けになっていると視界の片隅で、デスクに置いてあったスマホが点灯しているのに気がついた。

 電話やメッセージ通知ではなく、連動させているインターホンから来客が来ていると知らせるものだった。


「ちっ……宅配か? ボックスに入れておけよな……」


 夢見心地を邪魔され(いきどお)りを感じたが……ネット注文したござるたんグッズが届いたのだとしたら出ないわけにはいかない、とエントランスロビー部分の監視カメラ映像に接続する。


 ちなみに言っておくが、敵襲への備えの為であり、決して(よこしま)な目的のために監視カメラ映像を見れるようにしてるわけじゃない。そもそもが忍び協会の所有しているこのタワマンの設備であって俺が設置したわけでもなんでもないからな。


「…………!?!?!?」


 ──と、心の中で言い訳をしていた俺の思考は一瞬のうちにフリーズした。

 それは、監視カメラ映像に写るオートロック前に(たたず)んでいる来訪者の姿を視界に捉えたからだ。


 ──何故

 ──あり得ない

 ──そんな馬鹿なことが

 ──何故、()()()()


 ──俺は自分でも気付かぬ内に部屋を飛び出した。何の為か───無論、その来客と相対するために。

 

 そして、共用廊下の窓から飛び出した。


 人目なぞ今は関係ねぇ!

 もともと気にしたこともないけどな!

 今はエレベーターに乗る時間すら勿体ねえ!


【忍法:壁走り】


 タワマンの壁を垂直に走り降りた俺は。

 そのまま電線に跳び移り。

 勢いを殺すために体操選手よろしく大回転をかまし、なるべく目立つのを避けるために電柱に飛び乗った──うるさい忍者関係者の小言が面倒くせぇからだ。


 そして、エントランスにいる対象(ターゲット)を目視で確認するために気配を消して住人専用廊下から潜入する。念のため、〈本店〉から支給されて着ていた服に指で電気を通した。

 こうすると景色と限りなく同化することができるらしい──原理はよく知らんが。


【忍法:隠れ身の術】


 オートロック前まで忍び足で行くと……ガラス越しにしっかりと来訪者の姿を確認する事ができた。どうやらほぼ透明と化した俺の存在にはまだ気づいていないようだ。

 だが……それでも油断はできない──なんせ来訪者は()()()()だ。しっかりと準備をしなければ()()()()()()


 俺は逸る気持ちと爆発しそうな心臓を無の境地で制御し、無言でオートロックの扉を開いた。

 誰もおらず、応答もないのに突然開いた扉に対象は驚きを隠せていない様子だった──その一瞬の隙を突き、背後に回る。


 そして、事前に決めていた第一声を放った。


「よ……ようやく会えたねござるたん……俺と……け、結婚してください……」



 そう──来訪者は、俺の花嫁【志能便ござる】たんだった。


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