トレーディング・カード
バークランド星人とは戦わないのに、聖女騎士団には籍を置いたままにさせてもらう。
そんなことが許されるのか。翌日の放課後、イザベラと一緒にセント・デシャン教会へ行ってテレーズに相談すると、
「いいわよ」
にっこり笑顔で承諾してくれた。
「前にも言ったけど、さくらはバークランド星人を引き付けやすい体質みたいだから、エルゴは装着しておいた方がいいでしょうね。いずれ親御さんの気持ちが変わったら、いつでも戦闘に参加できるようにトレーニングはしておきなさい」
そう言ってもらえて安心した。
そのままエレベーターでミーティング・ルームへ行くと、マリアから聖女騎士団について説明を受けてる新人が円卓をずらりと囲んでた。プロモーション効果は抜群だったみたい。警察がバークランド星人の存在を公表したことで、聖女騎士団への注目度は急上昇してる。
トレーニング・ルームにも、見たことのない顔ぶれが一気に増えてて、熱気にあふれてる。
「さくらさん、マザー・テレーズから話は聞きました」
入念に準備体操をしてると、隣の部屋からマリアだけが姿を現わして話しかけてきた。
「戦いに参加できないのは残念です」
「どうにかして両親をまた説得してみます」
と言いつつ特に作戦はなかった。
「イザベラさん、トレーディング・カードの件ですが、どうされますか?」
マリアに話を振られたイザベラは、
「わたしはやめておきます」
辞退した。プロモーション・ビデオがネット上で流れるようになり、聖女騎士団のメンバーだと知れ渡ってから、イザベラは学校で一番と言ってもいいぐらい有名な生徒になった。本人はそれがストレスになってるみたいだ。
「カードを売り出すなんて芸能人みたいなことしたら、今より余計に面倒なことになる。パパとママからも、そんなことをするために入団を許したわけじゃないって反対された」
昼間、そんなことを言ってた。
「そうですか」
マリアは残念そうな表情を浮かべると、
「おふたりにお伝えしたいことがあるのですが、腕時計を見てもらえますか?」
言われた通りに画面を見る。
「メッセージボードを開いてもらえますか?」
聖女騎士団の共通の情報が表示されるページをタッチして開く。
「そこに、ランキングという項目があると思うのですが」
確かにある。
「こんなのありましたっけ?」
腕時計の機能については一通りチェックしたけど、こんな項目はなかったはず。
「今日から表示されるようになりました。開いてみてください」
マリアを筆頭にして聖女騎士団のメンバーの名前がランキング形式でずらりと並んでる。名前の右側にはポイントが表示されていて、一位のマリアは現在、約十万ポイント。二位のアンナに対して五倍近くの差をつけてる。
「これ、何ですか?」
ポイントの基準がわからない。
「トレーディング・カードが一枚売れるごとに一ポイント、バークランド星人を一体倒すごとに五ポイント加算されることになってるんです」
「何でこんなことを?」
イザベラは困惑の表情を浮かべる。
「競争心を煽って聖女騎士団のレベルアップを図るため、というのが、マザー・テレーズの狙いということです」
確かに競争心を刺激される。まだバークランド星人を一度も倒したことがなく、カードの売り上げもないわたしは当然0ポイント。二十八名いる全メンバー中でビリだ。悔しい。ちなみにイザベラは六位。カードを売り出せば、すぐに上位に食い込めそうなだけにもったいない。
それにしても……。
「マリアさん、大人気ですね」
「いいえ、そんなことありません。たまたまです」
謙遜する姿も美しい。ハリウッド女優も顔負けの美貌だから、この先、聖女騎士団の名前が知れ渡れば、カードは爆発的な売り上げになりそう。ホント、宇宙防衛軍は商売上手というか、バークランド星人の退治よりもビジネス目的で地球に来たんじゃないかって疑っちゃう。
「もし気が変わったら、いつでも声をかけてくださいね。カードはすぐに作成できますから」
そう言ってマリアは去って行く。
「いいなぁ」
思わず本音がこぼれる。
「何が?」
と訊いてきたイザベラに、
「ランキングで競い合えて。楽しそう」
そう答えると、
「そう?」
イザベラは眉間に少し皺を寄せて首を傾げる。
「わたしは地球の平和を守るために戦えれば、それでいい」
それもそうだけど、どうせなら自分の人気がどれぐらいなのか知りたい。要はチヤホヤされたい。
イザベラはエルゴをボール大にしてリフティングを始めた。
その日からわたしは事あるごとにランキングを見るようになって、翌日に0ポイントなのが自分だけになった時、悔しくて仕方なかった。
何度かタイミングを探っては、両親に聖女騎士団の活動を認めてもらおうとしてみたけど、全然頭を縦に振ってくれない。挙句の果てには、
「しつこいぞ、さくら。学生の本分は勉強だろう」
パパを怒らせちゃった。もうこれ以上、説得しても無駄だと諦めた。
そうしてる間にも、他のみんなのポイントはどんどん上昇していって、ずっと一位のマリアは百万ポイントに迫る勢いだ。ネット上ではファンサイトもできてる。
しかも、聖女騎士団の報酬は全部、教会の収益として恵まれない人々への施しに使ってる。この情報が知れ渡って、今では『聖母』と呼ばれてるみたい。すっかり聖女騎士団の顔だ。
他にも、アンナは『女神のガンスリンガー』、エマは『ゴスロリ天使』、イザベラは『ラテンのビーナス』なんてニックネームがついてる。
ちなみに、あの忍者は『シノブ』って名前で登録されてて、顔出ししてないのにカードが売れてるみたいで、アンナに次ぐ三位をずっとキープしてる。マリアによれば、
「忍者は世界中で人気だから」
ということらしい。
「さくらさんも真似する?」
ちょっと迷ったけど、パパとママにバレるのが怖くてやめた。それに二番煎じはカッコ悪いしね。
でも、ポイントをまったく加算できないでいると、トレーニング・ルームにいても段々、肩身が狭くなってくる。後から入ってきた子たちが着々と実績を重ねてるのに、自分だけがお荷物になった気分。それに耐えられなくなって、トレーニングをさぼりがちになった。
それだけじゃなくて、バークランド星人の出没を告げる腕時計のアラームが、「どうして何もしないの?」って責めてくるみたいで、腕にはめるのが嫌になってきた。
エルゴもそう。聖女騎士団が増えたことで、バークランド星人に遭遇することもなくなった。わたしには必要ないんじゃないかって思えてきて、装着しないで外出することが多くなった。
「最近、元気ないね」
心配したイザベラが、
「今度の土曜、竜聖君がライブやるみたいだけど、一緒に行かない?」
誘ってくれた。
「うん」
イザベラが一緒なら腕時計もエルゴも必要ないよね。
ライブ当日、わたしはそんな気持ちになって、どっちも装着せずに会場へ向かった。