プロモーション・ビデオ
イザベラの活躍が映る動画は当然のように学校でも話題になって、休み明けに教室に入ると、イザベラはクラスメイトたちに囲まれてた。もうすっかり有名人。休み時間になる度に、他のクラスからもひとが押し寄せて、イザベラはずっとその対応に追われてた。
「はあ、疲れた。こんなことになるなら、わたしもあの忍者みたいに顔を隠しておけばよかった」
昼休み、みんなから逃げるようにして校舎の屋上でわたしとふたり、サンドイッチを食べながら、イザベラは疲れ切った表情でため息を吐いた。
「ちょっと羨ましいけど」
本当はちょっとどころではない。わたしもあんな風にチヤホヤされたい。
「親にもバレちゃったんじゃないの?」
「親は元々、知ってた」
「え、そうなの? 自分から話したの?」
「うん。エルゴにカラダを守られてるから安全だって説明して。うちのママ、ブラジルにいた時、警察署で働いてたから『血筋かな』って」
「そっか、いいなぁ」
わたしのパパとママはそうはいかないだろうな。
ため息を吐いてると突然ドアが開いて、校舎から誰かが出てきた。イザベラの追っかけかと思ったけど違った。竜聖だった。
「チッ」
わたしの顔を見て舌打ち。何なのこいつ。
「何なの?」
思ったことを口にして睨みつけると、
「うるせーのがいるなって思っただけだ」
竜聖はそのまま引き返そうとする。
「竜聖君、次のライブはいつ?」
イザベラが呼び止めた。
「まだ決まってない」
「決まったら教えて」
「うっす」
今まで通りの態度でそう返して去って行く。竜聖だけだ、これまでと変わらずにイザベラと接するのは。
「あいつ、ネットとか見ないのかな?」
「ミーハーじゃないだけなんじゃない」
そうかもしれない。言い方変えればあまのじゃくでマイペース。クラスにも馴染もうとしてないし、社会で生きづらいタイプだろうな。流行り物とか、みんなが進む方向に便乗する方が楽だから。わたしはそっちのタイプ。だから、あいつに邪険にされるのかな?
まあ、そんなことはどうでもいいや。それより、
「いい天気だね」
秋晴れで風は穏やか。
「ちょっと練習してみない?」
わたしが腕時計を見せると、
「同じこと考えてた」
イザベラは笑う。
誰もいないことを確認してから、ふたりで同時にアーマースーツに着替えた。飛行モードに設定すると、腕と足の裏のジェット噴射は、それぞれ指に力を入れてぎゅっと握りしめることで勢いが増して、緩めることで勢いが弱まる。背中の小さいパックには四つのジェット噴射口があって、それぞれが両手足に対応して、強弱が変わるようになってる。
だから、空に向かって真っ直ぐ飛びたい時には、バンザイをするような格好で、両手と足の指をぎゅっと握る。
右に曲がりたい時は、右手と右足の指で握る力を弱めて、反対に曲がりたい時は、左手と左足の指で握る力を弱める。
それから、進む方向を変えたい時は、進行方向とは逆側にジェット噴射口の向きを変える。
説明を聞く分には簡単そうに思えるかもしれないけど、これが結構難しい。力の加減を少しでも間違えると、すぐにバランスが崩れちゃうから。
でも楽しい。だって慣れれば自由自在に空を飛べちゃうんだもん。それに、これと空手を組み合わせれば、色んな攻撃方法が編み出せそう。
「早く実戦してみたい」
放課後、ミッドタウンにあるファーストフード店でイザベラと一緒に暇つぶし。バークランド星人が現われないかと待つけど腕時計に反応はない。
「数が急増したって言ってなかったっけ?」
「バークランド星人が暴走した時に出る電波か何かに反応するみたい。だから、おとなしくしてる間は感知しないってマリアが言ってた」
「じゃあ、そこら辺で息を潜めてるかもしれないってこと?」
「かもね」
そう言ってイザベラが店内を見回すから、わたしもつられてそうした。談笑する家族連れや友人同士、カップル、ひとりで勉強してる客。テキパキと働く店員。この中に実はバークランド星人が潜んでいるかもしれない。わたしは警戒した。
でも、やっぱりその日は何も起こらなくて、
「平和が一番だよ」
と笑うイザベラと別れて家に帰った。
その夜、腕時計のアラームが鳴って、バークランド星人の出没エリアをマップで確認すると、マンハッタン北部のハーレム地区だった。治安が悪いといわれてるエリアだ。行こうかどうしようか迷ってるうちに、画面からバークランド星人の表示が消えた。誰かが退治したらしい。あっという間の出来事だった。これだと、相当近くに現れない限り、わたしの出番は回ってきそうにない。
『あなた相当、バークランド星人を引き付ける何かがあるんじゃないかしら』
テレーズはそんなこと言ってたけど、その『何か』がなくなっちゃったのかな?
出動の機会を待ってボーッとしてるのはもったいない。トレーニングするため、次の日の放課後は、イザベラと一緒にセント・デシャン教会へ行った。
「確かにバークランド星人は急速に数を増やしているのですが、こちらの様子を窺っているのか、急に活動が沈静化してるみたいです」
マリアによればそういうことらしい。
「嵐の前の静けさ、にならなければよいのですが。少し嫌な予感がします」
マリアは不安な顔をするけど、実戦経験を積みたくてウズウズしてるわたしは、嵐よくるなら早くこい! って感じ。せっかくのアーマースーツもエルゴも、これじゃあ宝の持ち腐れだよ。
「せいやっ!」
サンドバッグをぶっ叩いてストレス発散してると、
「あなたたちに見せたいものがあるから、ちょっと来て頂戴」
ミーティング・ルームにいるテレーズに手招きされた。
「何ですか?」
イザベラとそっちの部屋へ移動すると、マリアの他にアンナとエマもいた。
「聖女騎士団のプロモーション・ビデオをつくったの」
テレーズはそう言うと部屋の電気を消した。
円卓の中央に映像が流れ始める。
ハドソン川にバークランド星人が着水してから増殖を繰り返し、人間のカラダに寄生して暴れ回ってる、という説明のナレーションとともに、アニメーションが流れた。
「凄い」
わたしとイザベラは顔を見合って、思わず感激の声を漏らす。まるでアニメ映画の予告映像みたいだ。
それから映像は実写に切り替わった。バークランド星人との戦闘シーン。わたし以外のメンバーが顔出しで映ってる。けど、あの忍者はいない。そういえば今日もいない。
その戦闘シーンの最後にはマリアが登場して、澄み渡るようにキレイな歌声でバークランド星人を魅了して倒す姿が流れた。
また場面が切り替わって、セント・デシャン教会の外観。そこからカメラはドアを抜けて、聖堂の祭壇の前でひざまづくマリアの後ろ姿を捉える。
そのマリアがゆっくり立ち上がって振り返り、胸の前で両手を組んで、
「あなたも聖女騎士団に入団して、人類の危機を一緒に救いませんか?」
カメラ目線で祈りを捧げるように訴えかけたところで映像は終わった。
電気が点いて部屋の中が明るくなると、わたしたちは自然に拍手をしてた。マリアに向かって。この聖女騎士団の『顔』はマリアなんだ。
「あんなに歌が上手いなんて思わなかった」
竜聖の普段とステージ上とのギャップにも驚いたけど、マリアの歌声にもびっくり。キレイな顔立ちと合ってるんだけど、まさかここまでの美声の持ち主とは思わなかった。このプロモーション・ビデオを見て、芸能関係者からスカウトが殺到しちゃいそう。
「この映像を今日からネット上で流すつもりよ。それから」
テレーズはポケットからカードを取り出して円卓の上に置いた。
「何ですか?」
みんなでそれを覗き込むように見ると、マリアの写真がプリントされたトレーディング・カードだった。
「これを一枚一ドルで売り出そうと思うの。商品化してもいいという子には、一枚につき二十パーセントの売り上げをバックするわ」
「そんなことまでするんですか?」
思わず声を上げちゃった。宇宙防衛軍、恐るべし。というよりも、地球で商売を始めようとしてない?
「わたし、やるよ!」
真っ先に手を挙げたのはアンナ。女優志望だから顔を売り出すのにもってこいだもんね。
「わたしも」
控えめにエマが手を挙げた。おとなしいけど服装は自己アピールが凄いから、まあこういうのやりたがるだろうね。
イザベラから聞いて知ったけど、エマはSNSのフォロワー数が百万人を超える有名なインフルエンサー。今はまだ聖女騎士団のメンバーであることを公言してないけど、これから本格的に宣伝を始めたら、それだけで聖女騎士団の知名度は爆上がりする。
「わたしは保留にしておいてください」
イザベラは躊躇する。学校で有名人扱いされて困ってるから、これ以上は騒がれたくないんだろうな。
「さくらは?」
テレーズに話を振られた私は、
「やりたいですけど……」
顔出しなんてしたら親にバレちゃう。
「保留ね」
「はい」
「じゃあ、アンナとエマは、写真撮影するからついて来て頂戴」
テレーズに言われて、アンナとエマは壁に並ぶドアの一室に入って行った。
いいな、自分のトレーディング・カードが売り出されるなんて。それこそアイドルみたいじゃん。しかも、一枚につき一ドルの二十パーセントが貰えるんだから、仮に一万枚売れたとして、えっと……凄い稼げる! ああ、羨ましい。どうにかしてパパとママを説得しなきゃ。
イザベラに相談したら、
「プレゼンをすればいいんじゃない?」
そう提案してくれた。
「テレーズがせっかく、あんなカッコいいプロモーション・ビデオをつくってくれたんだし、あれを利用して、後はさくらなりに聖女騎士団に入るメリットを伝えればいいと思う」
「なるほど……」
善は急げということで、イザベラと一緒にわたしの家へ行って、パワーポイントを使ってプレゼンの資料をつくった。
つくったはいいものの、これをパパとママに見せる勇気が湧かない。反対されたら、わたしはもう聖女騎士団として活動していけないってことになる。それならいっそ、こそこそ隠れて活動していく方がマシなのかもしれない。せっかく、資料を一緒につくってくれたイザベラには申し訳ないけど。
そんな気持ちを覚られたのか、
「わたしも最初の頃、親に内緒で少しだけ活動してたけど、何だか悪いことをしてるみたいで心苦しかった。頑張って説得して、堂々と活動した方が絶対にいいよ。わたしも加勢するから」
イザベラがそう励ましてくれたから、その日の夕食の時間にプレゼンすることに決めた。