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ビッグアップルの聖女騎士団  作者: 相羽笑緒
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エピシン・ソウル

翌朝、登校すると竜聖に女の子が話しかけてた。パーマをかけたロングヘアー、カフェモカ色の肌、縁なしメガネをかけた女の子。流暢な日本語で興奮気味に、かなり一方的に話をしてる。日本語がこんなに喋れる子がいたんだ。驚いた。竜聖は嫌そうじゃない。わたしとの対応の差は何? 相手がモデルみたいにスタイルのいい子だから?

 その子がCDとマジックペンを渡すと、竜聖はCDケースにサインを書き始める。ん、 どういうこと?

 不思議に思いながら自分の席に着くと、

「おはよう」

 その子がニコッと友好的な笑顔を向けてきた。

「おはよう」

 わたしも笑顔を返す。

「わたし、ブラジル出身のイザベラっていいます。日本の文化が大好き。だから、ふたりとは仲良くなりたい」

 イザベラはわたしと竜聖を交互に見る。

「うれしい。ありがとう。さくらって呼んで」

 このクラスで初めて友達になれそうな子が話しかけてくれて、わたしは気持ちが華やいだ。

 竜聖は無言でCDケースにサインをしてる。

「ああ、これ?」

 わたしの視線に気づいたイザベラが、

「竜聖君がボーカルとギターをやってるバンドのCD」

 説明してくれた。こいつがバンドか。まあ、そんな雰囲気はある。

「へえ、何て名前?」

 興味ないけど一応、訊いてやった。竜聖は無視。腹立つ。

「エピシン・ソウル」 

 CDケースに書いてある『Epicene Soul』って文字を指差しながら、イザベラが教えてくれた。

「エピシン……どういう意味?」

 わたしが訊いたのを遮るように、

「はい」

 サインを終えた竜聖は、マジックペンとCDをイザベラに返す。

「ありがとう」

 ファンの顔になって感激するイザベラ。宝物のようにCDを抱きしめる。

「今日のライブ、行くね」

「おう」

 竜聖は微笑む。意外にもファンサービスはいいらしい。

 教師が教室に入って来て、

「じゃあね」

 イザベラはわたしにも手を振り、自分の席へ戻って行く。

 竜聖のバンドの情報を得ようと、教師にバレないように携帯電話でネット検索してみた。インディーズで活動してるらしい。動画投稿サイトにライブ映像がいくつかアップされてるから、後で見てやろう。

 イザベラは休み時間の度に話しかけてくれるようになった。日本のアニメが好きみたいで、わたしよりも詳しい。

「さくら、今日、学校終わったら予定ある?」

 昼休みに学食でご飯を食べてる最中、携帯電話の画面を悲しそうに見つめたかと思うと、イザベラがそんなことを言ってきた。

「特にないけど、何で?」

「竜聖のライブ、一緒に見に行く予定だった子が、急用ができてキャンセルになった。チケットがあるんだけど、一緒に来てくれない?」

 そういうことか。あいつがどんな歌を歌ってるのか、ちょっとだけ、ほんの少しだけ興味がある。ニューヨークのライブハウスに行くなんて、何だかカッコいいし。

「いいよ」

 快諾した。

「よかった」

 安堵の表情を浮かべるイザベラに、

「どんなバンドなの?」

 訊いてみた。

「とにかくカッコいい!」

 元々大きな目を、イザベラは興奮気味にさらに見開くと、

「エピシン・ソウルって、日本語で男女共通の魂って意味で、LGBTをテーマにした曲が多いんだけど、竜聖の詞はもっと人間的に深い悩みとかが書かれてて、わたしは性的マイノリティではないけど、心にすっごく突き刺さる」

 ひと息に熱く語った。そんなに言われると聞いてみたくなる。

「特にこれが好き」

 イザベラに勧められたライブ映像の動画を見ると、ステージ上には全身真っ黒の衣装を着た男性四人組が、かなり暗めのロックを演奏してた。歌詞は全部英語。普段は全然話せないくせに、音楽に乗せると竜聖の英語はネイティブっぽく聞こえるから不思議だ。和訳表示がないから歌詞の内容はわからないけど、深く感情を込めて歌う感じが、ほんの少しだけカッいい。

「いいでしょ?」

 イザベラに訊かれて、悔しいながらもわたしは頷いた。ライブハウスに行くのが、少しだけ楽しみになった。でも、

「わたしがライブに行くのは、竜聖には内緒ね」

 イザベラに釘を刺しておくことを忘れない。わたしが興味を持ってるなんて思われたら最悪だ。

「どうして?」

「どうしても」

「ふーん」

 納得のいってない顔をしたけど、

「わかった」

 と頷くイザベラ。深くは訊いてこないところ、日本人ぽくて一緒にいて楽だなぁと思う。

 ライブハウスは家から近い場所にあるから帰りも安心だった。

 階段を降りて地下にあるドアを開けると、店の中はステージ付きのレストランて感じ。スタンディング式の日本のライブハウスを想像してたから、小柄なわたしはあっちこっちに突き飛ばされるんじゃないかって心配してたけど、これなら安心だ。

 ちょうど真ん中あたりの席に着いて、ハンバーガーセットを食べていると、周りの客が増えてきて店内が暗くなった。

 ステージ上にバンドメンバーが登場すると、客席から拍手と歓声が湧き起こる。

「わーお!」

 イザベラもハイテンション。

 竜聖が最後に登場すると、女性客からの歓声がひと際大きくなる。へえ、人気あるんだ。

カッコつけちゃって、澄ました顔でステージの中央に立つと、スタンドマイクに両手を添えて、竜聖は英語の発音を一音一音、ゆっくり確かめるようにスローテンポの曲を歌い出した。

それに合わせてギター、ドラム、ベースがボーカルの邪魔にならないように最初は小さく音を奏でる。

竜聖の低い声が段々高音になって、最後はキレイなファルセットが響く。一瞬の静寂。突然、爆発が起きたように激しい音楽に切り替わった。

客席は一気にヒートアップ。何これ? 足元からお腹までズンズン突き上げてくるような重低音、竜聖の悲痛な叫び声のようなボーカル。わたしは完全に圧倒された。

イザベラは両手を突き上げて歓声を送るけど、わたしはそんな余裕もなくて、曲に聴き入るばかりだった。

カッコいい。ステージ上で汗を流す竜聖を見て、素直にそう思った。

それと同時に羨ましくて、悔しさを覚えた。わたしには何もない。こんな風に輝ける場所が。自分のアイデンティティを思う存分に発揮できる場所が。

曲が終わり拍手が止むと、英語の下手な竜聖の代わりに他のメンバーがMCを務める。何を言ってるのかわからないけど、

「新曲歌います。『アヴェ・マリア』」

 歌い出す直前、竜聖が日本語でそう紹介した。

 今度はバラード調の曲だった。英語の歌詞で内容はわからないけど、恋心を歌ってるんだろうなってことは、切ない表情を浮かべる竜聖の顔を見ればわかる。

 無愛想なこいつでも、あんな顔をして恋することがあるんだ……。

「どうだった?」

 ライブが終わって店の外に出ると、イザベラが顔を上気させて訊いてきた。

「最高!」

 語彙力貧困。でも、そう答えるしかなかった。初めてのライブハウス参戦だからってこともあったのかもしれないけど、どうせ素人バンドに毛が生えた程度でしょって(あなど)ってた。ナマで聞く演奏は想像してた以上に迫力があった。

 イザベラと別れて家に帰るとすぐ、エピシン・ソウルの動画を見た。もうすっかりハマっちゃってるじゃん、わたし。

 次の日、登校すると、先に着席してた竜聖がニヤニヤ顔でわたしのことを見てきた。

「何よ?」

 不機嫌な口調で訊くと、

「どうだった、昨日のライブ?」

 もしかして、ステージ上から見えてたの? 自信満々の笑みが何か腹立つ。

「まあまあだったんじゃない」

「まあまあ、か」

 フッと笑うと、それ以上は何も言わず、竜聖は前を向いて耳にイヤフォンを装着した。

 本当に何なの、こいつ? ステージに立ってる時とは大違い。性格の悪さが全身から滲み出てる。

 でも、何だか不思議だ。昨日、女の子たちからあんなにワーキャー騒がれてた人間が、すぐ目の前にいるなんて。しかも、そんな人気者のこいつが憧れて、ラブソングを贈る相手がいる。わたしはその女性に、ほんの少しだけ嫉妬した。


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