秘密の教会
わたしが初めてバークランド星人に襲われたドラッグストアは、壁の修理工事をして休店中だった。
そこから道路を挟んで向かいにあるセント・デシャン教会。ペンキが剥げた木製のドアを開けると、中の照明はキャンドルの灯だけが頼りで薄暗い。荘厳とも怪しげともいえる雰囲気。ベンチに腰かけてお祈りしてるひとが何人か散らばってる。
「こんばんは」
優しく包み込むような囁き声が横から聞こえてきた。振り向くと、修道服を着た小柄な女性が立ってる。ベールを被った顔はびっくりするぐらい整ってて、青い瞳にキャンドルの灯が映えてキレイ。イタリア系かな? 女優が修道女役を演じてるみたい。この古くて小さな教会には似つかわしくない美人さんだった。
「わたしはシスター・マリア。御門さくらさんですね?」
完璧な日本語のイントネーションに驚く。
「どうして、わたしの名前を?」
「マザー・テレーズから、日本人のかわいらしい女の子が来るはずだと聞いていました。だから、すぐにわかりました」
「え、そんなぁ」
こんな美人から「かわいらしい」なんて言われたら照れちゃう。
「日本語、上手ですね」
「父の仕事の都合で、子どもの頃、横浜に住んでたんです」
そう言って微笑むと、
「マザー・テレーズの部屋へご案内します。どうぞ、こちらへ」
マリアは聖堂の壁側にあるドアの方へ歩いて行く。
何か上手く乗せられてるような気がするけど、れっきとした教会だし、マリアはとっても優しそうだし、話を聞きに行くぐらいなら問題ないでしょ。
「こちらへ」
ドアを開けて待ってくれてるマリアの元へ急ぐ。
その先は狭い廊下になってて、突き当りにある部屋に案内された。
マリアがドアをノックして、
「マザー・テレーズ、御門さくらさんがいらっしゃいました」
そう呼びかけると、
「どうぞ」
聞き覚えのある声が返ってきた。
「やっぱり、来てくれたのね」
年季の入った木製の事務机と小さな応接セット、本棚しか置いてない部屋に入ると、椅子から立ち上がって、テレーズが笑顔で迎えてくれた。
「来てくれると信じてたわ。さあ座って」
ソファに座るよう促される。
マリアが退室して、わたしはテレーズとふたりきり向かい合って座った。
「あの、さっきタイムズ・スクエアにあるレストランで、強盗事件に巻き込まれたんです」
早速、その話題を口にすると、
「あらそう? エマに頼んだ現場ね」
テレーズは驚き顔でわたしを見た。
「エマって、ゴスロリの服を着てる女の子ですか?」
「そう。フランスからの留学生で、ファッション関係の専門学校に通ってるの。本国では天才フェンシング少女として有名だったそうよ」
そうなんだ。確かにあの剣さばきは常人離れしてた。
「それより、さくら」
急に呼び捨てしたかと思うと、テレーズは興味津々な目でわたしの顔を見つめてきた。
「な、何ですか?」
ちょっと怖くなる。
「あなた、こっちに引っ越して来て、どれぐらい経つの?」
「まだ一週間も経ってません」
そう答えると、ドアがノックされて、マリアが入ってきた。わたしとテレーズに紅茶を淹れてくれる。
テレーズはわたしをニコニコした顔で見つめながら
「マリア、やっぱり、わたしの見込み通りみたいよ」
マリアに言った。
「わたしもひと目見て、そんな気がしました」
紅茶を淹れながら、マリアもわたしに微笑みかける。え、何? 何の話? ちょっと怖くなってきた。
「見込み通りって何がですか?」
「バークランド星人との遭遇率がそれだけ高いってことは、わたしたちの仲間になるべきだと、神様の思し召しなのだと思うわ」
「仲間って、あの変な生き物を退治する?」
「そう。セイジョキシダン」
テレーズがそう口にした瞬間、頭の中に『聖女騎士団』という言葉が浮かんだ。
「聖女騎士団?」
「バークランド星人を倒すため、マザー・テレーズが結成したのです」
紅茶を淹れ終えたマリアは、テレーズの横に腰かけた。
「マリアさんも?」
「はい」
「この前会ったアンナや、さっき見かけたエマって子も?」
テレーズは頷く。
「そう。みんななぜか、バークランド星人を引き寄せる体質みたいね」
やっぱり体質だったの?
「じゃあ、この先もおかしな事件に巻き込まれる可能性があるってことですか?」
「そうね」
テレーズは笑う。
「引っ越してきて一週間足らずで、もう二回も遭遇するのは新記録かもしれない。あなた相当、バークランド星人を引き付ける何かがあるんじゃないかしら」
「ええ!?」
マリアもつられて笑うけど、全然、笑い事じゃないんですけど!
「通常は、バークランド星人が現われる場所を予測して、そこに行ってもらうようにしているのだけど、あなたは磁石のように勝手に呼び寄せてくれそうね」
まるでテレーズがおもしろい冗談でも言ったように、マリアはさらに笑う。あの、本当にわたしとしては笑い事じゃ済まない話なんですけど。
「日本ではこんなことありませんでした」
少しムッとしながら言うと、テレーズとマリアは笑うのをやめた。
「そうね、バークランド星人が地球へやって来たのは三ヶ月ほど前。ハドソン川に着水して、ニューヨークに根を下ろして地固めをしようとしてる。このまま放っておけば、いずれ世界中に勢力を広げるでしょうね」
「今、どれぐらいいるんですか?」
「うーん……」
テレーズは小さい皿に盛られた角砂糖を見つめる。
「バークランド星では、一日に一回のペースで細胞分裂をして増殖するけれど、地球の環境では三日に一回ほど。その間、わたしたちが退治してるから、今は数百体ほどじゃないかしら」
「そんなに!?」
「それでも、八百万人以上が住むニューヨークで、彼らに遭遇する確率はかなり低い。それをさくらは一週間足らずで二度も。まるでバークランド星人ほいほいね」
テレーズはまた笑う。マリアも笑う。わたしは笑わない。冗談じゃない。どうして、そんなに遭遇率が高いの?
「どうしてかしらね」
わたしの心の中の声を読んだテレーズが首を傾げる。そういえば、
「どうして、わたしの考えてることがわかるんですか?」
「どうしてって言われてもね」
テレーズは取り澄ました顔になって、
「わたしも宇宙人だから」
そんなことをシレッと言う。
「え?」
冗談かと思った。
「冗談じゃないわよ」
テレーズは微笑む。もしかしてマリアも? と見ると、
「わたしはれっきとした地球人ですよ」
笑って否定された。
「本当なんですか?」
テレーズに顔を戻すと、
「ええ。これは借りの姿。わたしもバークランド星人のように、人間のカラダを乗っ取ることができる。でも、悪用はしないわ。借りている間、肉体は老いない。むしろ病気やケガを治癒した状態で返すわ」
そんな説明をされた。ポカンとするわたし。話の次元が違い過ぎて、もうわけがわからない。
「テレーズさんは何者なんですか?」
「わたしは宇宙防衛軍『カストラ』に所属するエミリオ星人。地球がバークランド星人に侵略されないよう、守るために派遣されたのよ」
テレーズはいたって真面目な顔をしてる。
「カストラ……エミリオ……」
どうしよう、やっぱり変な組織なのかもしれない。
「変な組織ではないわ。地球よりも長い六十億年の歴史がある、ちゃんとした組織よ」
また心の中を読まれちゃった。
「じゃあ、バークランド星やエミリオ星ってどこにあるんですか? 地球外生命体って、まだ確認されてないと思うんですけど」
「そうね、今の地球の技術では、知ることは絶対に不可能なほど遠くにある星よ。そして、その距離を移動できるほど高度な科学文明を、わたしたちは誇っているわ」
淡々と答えるテレーズ。ウソを言ってるようには見えない。
「他に訊きたいことは? と言いたいところだけど、あまり詳しいことを話すと、この星の生態系を破壊しかねないから、勘弁して頂戴ね」
「生態系を破壊? どういうことです?」
「たとえばそうね、わたしたちは、核爆弾を軽く凌ぐ武器をつくる技術を保有しているわ。その技術をどこかの国が手に入れてしまったら、各国の力関係がめちゃくちゃになってしまうでしょう?」
「そうですね」
あれ? じゃあ、バークランド星人がその技術を使い出したら、地球は大混乱に陥っちゃうんじゃないの?
「そう。だから、わたしが派遣されてきたの。聖女騎士団に協力してもらって、バークランド星人の撲滅を進めてるのよ」
「聖女って……どうして女性ばかりなんです?」
ア〇ンジャーズみたいに、男女混合の方が強そうだし、楽しそうなのに。
「楽しそうって。部活動ではないのよ」
テレーズに笑われちゃった。
「そうね、地球人には性差があって、男性の方が力があるみたいね。けれど、残念ながらエルゴは、女性にしか適応しないみたいなの」
「エルゴ?」
そういえば、前に会った時にもその言葉を聞いた。
「何ですか、それ?」
「興味津々ね」
テレーズはマリアと顔を見合わせてニヤニヤする。
「いや、そういうわけでは……」
マズい、すっかりペースに乗せられてる気がする。
「エルゴというのは、地球人のエネルギーを対バークランド星人用に変換させる装置のこと。アンナが拳銃で撃った時、青白く光ったでしょう?」
「はい」
「あれは、あの拳銃にエルゴが装着されてるからなの。エマのサーベルにも装着されてる」
「エルゴなしだと、攻撃しても倒せないんですか?」
「そう。まるで意味がないわ。たとえヘヴィー級のボクシング・チャンピオンの渾身の一撃でも」
マジ!?
「マジ」
テレーズは微笑みながら頷く。
「興味が湧いたかしら?」
「あ、えっと……」
どう答えたらいいんだろう? わからないから、
「マリアさんは、どんな武器を持ってるんですか?」
話を逸らした。
「わたしは歌です」
「え?」
どういうこと?
マリアは「フフ」と笑うと、小さな十字架の銀アクセサリーが付いた、黒いレザーチョーカーを指差して、
「これにエルゴが内蔵されているんです。歌うことでその力が発揮されて、バークランド星人を消滅させることができるんです」
「へえ……」
マリアの首に巻かれたチョーカーをジッと見つめてわたしは感心。そんな攻撃方法もあるんだ。
「さくらの場合は、空手を活かした攻撃が良さそうね。ちょっとついて来て頂戴」
テレーズに続いてマリアも立ち上がる。
「どこへ?」
「秘密基地よ」
テレーズはそう言いながら、机の後ろにある本棚を横にずらす。本はダミーなのか、そんなに力を入れてる様子はない。
本棚の裏は隠し通路になっていて、裸の電球が吊るされた薄暗い中、十メートルぐらい先に鉄製の頑丈そうなドアが見える。
その怪しげな雰囲気にわたしは気後れした。
「あら、どこへ行くの、さくら?」
テレーズが不思議そうな顔をしてわたしを見る。
「あ、いえ、その、帰るのが遅いと両親が心配するので、今日はもう帰ります」
出口のドアに向かって、ジリジリと後退するわたし。
「不安にさせてしまったようね」
テレーズは笑い、
「もう少し、モダンな内装に変えましょうね」
隠し通路を見ながらマリアに相談する。
「そうしましょう」
マリアは頷くと、
「ここは少し古びてますけど、地下にある基地は明るくて清潔ですよ」
わたしを安心させるように微笑む。
「いえ、本当に、今日はここまでにしておきます。また来ます」
「そうですか。残念です」
「せっかくなら、少しだけでも見ていったらどうかしら。あなたに合ったエルゴもすぐにつくれるし」
テレーズは穏やかな口調で説得しようとしてくるけど、やっぱり怖い。何があるかわからない。
「ごめんなさい。また来ます」
わたしは深々とお辞儀をすると、
「ごちそうさまでした」
マリアに紅茶のお礼を言って早々に引き返した。
相変わらず静かな聖堂を抜けて、重いドアを開けて外に出る。向かいのドラッグストアでは、まだ修理工事をしてた。
「いつでも遠慮せず、またいらっしゃい」
いつの間にか、背後にテレーズが立っていて驚いた。その隣にマリアもいて、
「一緒にこの街を、地球を救いましょう」
プレッシャーをかける感じではなく、募金を呼びかけるみたいな口調で言われた。……何だか良心が疼く。
「は、はい」
わたしは会釈をして教会から離れた。
途中で振り返ると、テレーズとマリアはまだ教会の前に立っていて、わたしに手を振っていた。反射的に手を振り返す。直感を頼りにするなら、悪いひとたちには見えない。でも、ここは日本とは違うんだ。それに、宇宙人だの何だのって、いくら何でも話がぶっ飛び過ぎでしょ。
ひとりになると急に不安になってきた。わたしはバークランド星人を引き寄せる体質だって、テレーズからお墨付きをもらっちゃったせいだ。もう事件に巻き込まれるのはごめんだよ。どこかからパトカーのサイレンが聞こえてきたのをきっかけに、わたしは駆け足で家に帰った。