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ビッグアップルの聖女騎士団  作者: 相羽笑緒
2/15

竜聖

 それから三日間、特に何も起こらなくて、新しい街にまだ慣れないうちに、わたしは家から近い高校に編入することになった。

 わたしが振り分けられたのは、英語が話せない生徒ばかりが集まるクラス。あらゆる国籍の子がいて地球の縮図みたい。見た目も文化も言語もまるで違う。

 だから、日本人の男の子の姿を見つけてホッとした。しかも背が高くて、長い髪を後ろにひっつめた、デコ出しの顔はかなり整ってる。阿形竜聖。名前からしてイケメンだ。

 教師が日本人同士で話ができるように気を利かせてくれたみたいで、竜聖は前の席に座ってる。まったく人見知りしないわたしは、竜聖が着席するとすぐに肩を叩いて、

「わたし、御門さくら。よろしくね」

 にこやかな顔して竜聖が振り返るのを待機。やっぱり第一印象って大事だからね。笑顔が素敵な子が後ろの席にいてラッキーって思わせたい。

 竜聖はゆっくり振り向いた。右耳につけた小さい十字架のピアスが揺れる。そんでもって、わたしのことを思いっ切り睨みつけてきた。

「あ?」

 威嚇するみたいに低い声を出す。

「え、だから、わたしの名前は御門さくら。よろしく」

 もう一度自己紹介すると、竜聖はわたしの顔を睨みつけたまま無言。こういう場合、どうすればいいの?

「あ、あの――」

「お前、何歳?」

 いきなり『お前』呼ばわりされたことにカチンときたけど我慢しよう。

「もうすぐ十六だよ」

 まだかろうじて笑顔のまま答えると、

「俺は十七」

 そう返された。一個上ってことね。でも、それは別に珍しくない。このクラスは年齢じゃなくて学力で決められてるから。明らかに二十歳を越えてる感じのひともいるし。

 竜聖はわたしを睨みつけたまま、それ以上は続けない。人見知りで口下手なタイプなんだ。そういうことにしておこう。

「わたし、東京出身なんだけど――」

「俺は十七」

「うん」

わたしは笑顔で頷く。それはもう聞いたってば。

「一個上? 誕生日いつ?」

「一個上。ってことは、タメ口はおかしいだろ、お前」

 ああ、それが引っかかってたわけか。空手やってたから、礼儀に関しては厳しく指導された。わたしだって道場の先輩にはちゃんと敬語を使うけど、クラスメイトに使う必要ってあるのかな? しかも、ここは日本と違って上下関係に厳しくない自由の国アメリカだし。郷に入れば郷に従いなさいよ。

 しかも、何そのポニーテール。よく見るとダサッ。「俺の顔、かっこいいだろ?」ってアピール? ナルシストみたいで(しゃく)に障る。

顔だってたいして、それほど、あんまり飛び抜けてカッコいいってわけじゃないよ、言っとくけど。ハリウッドスターなんかと比べたら断然に見劣りするし。仮に映画に出れたとしても、主人公の親友役がせいぜいってところ。背だって、よく見たらガッツリ底上げのスニーカー履いてるし。それ脱いだら百七十cmあるかないかぐらい? 

「気安く話しかけんなよ、ガキが」

 悪態をついて前を向く竜聖。誰がガキよ! 一歳しか変わらないって言ったばっかでしょ! 言われなくても、もう一生、こっちから話しかけたりなんてしないから。

 ああ、腹立つ!

 でも、竜聖以外に日本語を話せそうなクラスメイトがいないから、この不満を喋ってストレス発散することもできない。

 教師が話す英語も、周りの席の子が話すポルトガル語やスペイン語もまったく意味不明。あーあ、これならパパの言う通り、小学生の時からちゃんと英会話教室に通ってればよかった。そうすれば、もっと学力の高いクラスに振り分けられて、目の前にいるいけすかない男と出会うこともなかったのに。

「学校はどうだった?」

 その夜、タイムズ・スクエア沿いのレストランで、家族揃って夕食をとっていた時、パパに訊かれた。

「うーん、まあまあかな」

 そう答えるしかない。

「あまり楽しくなさそう。って顔してる」

 ママにはお見通しみたい。「さくらは考えてることがすぐ顔に出る」ってよく言われる。

「何が不満なんだ?」

 ネイティブ並みに英語が話せるパパに打ち明けても、共感してもらえる悩みではないだろうな。ママも体操選手だった時、世界大会に出場する機会が多かったから、そこそこの英会話なら問題ないし。

「大丈夫。すぐに慣れる」

 ふたりを心配させたくないから、わたしは笑顔でそう言った。実際、そうだと思う。何事も慣れだ。

 ぶ厚いステーキが運ばれてきた。食事が何かとボリューミーなのは、わたしには合ってる。アメリカだっていいところはたくさんある。それをひとつひとつ見つけていけばいいんだ。気楽に楽しもう。テキリイージー。

 切り分けたステーキを口に運ぼうとした時だった。見覚えのあるファッションの男が勢いよく店内に入って来た。二日連続で目出し帽を装着した男と遭遇。ウソでしょ、まさかだよね!?

 そのまさかだった。男は懐から拳銃を取り出すと、いきなり天井に発砲。ウェイトレスに向かって英語で何か叫んだ。あちこちで悲鳴が起こって、

「強盗だ、机の下に潜れ!」

 パパの言葉にわたしとママは素早く従った。他の客も同じ行動をとってる。――ひとりの女性を除いて。

 金髪ロングで前髪パッツン。黒いゴスロリ・ファッションに身を包んだ、わたしと同い年ぐらいのその女の子は、ひとりだけまるで別の空間にいるみたいに、呑気にティーカップをすすってる。

 フランス人形みたいにかわいらしい。ただでさえ目立つビジュアルだから、強盗犯の目にもすぐに留まった。銃口を向けて近づいて行く。

「あの子、撃たれちゃうわ」

 ママが囁く。

「おのれ、見過ごしてはいられない」

 正義感を発揮して立ち上がろうとするパパを、わたしとママは慌てて止めた。いくら空手の腕前がゴリラ並みでも、飛び道具相手では勝ち目はない。

 それでも、ゴスロリちゃんは笑みなんか浮かべて、優雅にティータイムを楽しんでる。もう目の前には強盗がいるっていうのに。肝っ玉が据わってるのか、状況判断がまったくできてないのか。何にしても、店中にいる全員が、ゴスロリちゃんの運命の行方を固唾を呑んで見守ってる。

 強盗犯がゴスロリちゃんに何か怒鳴った。

「お金を出すように言ってる。わたしたちのところにも来るんじゃないかしら」

 ママの顔面が蒼白になる。

 いつもマイペースなママですら取り乱してるっていうのに、ゴスロリちゃんは笑顔で言葉を返した。英語じゃない癖のあるイントネーション。多分、フランス語だ。

 言葉が通じないとわかって、強盗犯は一瞬どうしようか迷う様子を見せた。

 ゴスロリちゃんは余裕しゃくしゃく。身を包むドレスと同じようにフリルとレースが付いた日傘を手にして立ち上がる。

 でも、よく見るとその日傘、持ち手の部分がちょっと独特だ。普通は『?』を反対にしたようなカタチが多いけど、ゴスロリちゃんの日傘は真っすぐ。しかも、持ち手を守るようにカップみたいな金具がついてる。

 ゴスロリちゃんが立ち上がったことで、強盗犯は慌てて一歩下がった。銃口を顔に向けて英語で怒鳴る。

 それでもまったく動揺しないゴスロリちゃん。「ちょっと待って」とばかりに掌を向けると、強盗犯に対していきなり日傘を開いた。

 驚いた強盗犯は反射的に銃を発射。銃声音が店内に響いてそこら中から悲鳴が起こる。わたしもママと抱き合って一緒に悲鳴をあげた。

 ゴスロリちゃん撃たれて血まみれに……と思ったら、日傘を広げたまま平然とした顔をしてる。強盗犯が追撃しても銃撃音がするだけ。日傘が防弾仕様になってるみたい。そんな日傘、どこで売ってるの!?

 弾切れを起こして強盗犯は呆然。ゴスロリちゃん、次に何をするのかと思ったら、突然、傘の部分がポトッと床に落ちて、中棒と取っ手だけになった。そうなった途端、それはフェンシングのサーベルにしか見えなくなる。

 しかも、ゴスロリちゃんはそのサーベルを持つ手を後ろに引いて、フェンシングの構えをとった。かと思ったら、目にも止まらない速さで、強盗犯の喉元に剣先をひと突き。

「きゃあっ!」

 店内にまた悲鳴が起こる。

 ゴスロリちゃんに刺された強盗犯の喉元が青白く光った。

「あっ!」

 わたしは思わず声を上げた。昨日、カウガールのアンナがバークランド星人を拳銃で撃って始末した時と同じ色の光だったから。ってことは、あのゴスロリちゃんもテレーズやアンナの仲間ってこと?

 サーベルが引き抜かれると、強盗犯は人形みたいに脱力して床に倒れた。

 一件落着したのか、はたまたまだ事件は続いているのか誰も判断がつかなくて、店内は緊張感に包まれてる。

 みんなの注目が集まる中、ゴスロリちゃんはサーベルの先に傘をゆっくり取り付けて、丁寧に折りたたむと、

「グッバイ」

 店中の客に手を振り、笑顔で愛嬌を振る舞ってから、何事もなかったように外に出て行った。

 残されたわたしたちは呆然。パトカーのサイレンの音が聞こえてきて、警官がふたり店内に入ってきた。

 その姿を見てようやく安堵して、わたしたちは席に着いた。

「ああ、生きててよかった」

 わたしを抱きしめるママのカラダは震えてた。

「まさか、こっちへ来て一週間も経たないうちに、強盗事件に巻き込まれるなんてな」

 パパがため息を漏らす。強盗事件に遭遇するの二度目だけど内緒にしとこ。だって、あれは単純な強盗事件じゃなかったから。それは多分、今回もだけど。

「事情聴取で時間を取られそうだな」

 強盗犯が倒れる場所に集まる警官たちを眺めながら、パパはまたため息を吐いた。食事の後はミュージカルを観に行く予定になってるけど、このままだと無理かもしれない。

 その場にいる誰もが、強盗犯は死んだものと決めつけてるみたいだった。

 だから、警官に肩を支えられて強盗犯がヨロヨロと立ち上がると、店内にどよめきが広がった。

 警官のひとりが客たちにむかって大声で何か喋り始めた。英語だから何を言ってるのかわたしにはわからない。

 喋り終わると、警官たちは強盗犯に手錠をかけることなく、店の外に連れ出してパトカーに乗せて走り去った。

 その姿を見届けると店中が騒ぎになる。ウェイトレスやウエイターを呼びつけて、質問攻めにするひともいた。

「抜き打ちの防犯訓練だったって」

 納得いかない、という顔をしてパパが教えてくれた。

「実弾を撃ってたよな?」

「うん」

 ママと一緒になって首を傾げるけど、わたしにはわかる。

『大丈夫。署長はわたしたちのことを知ってるから』

 ドラッグストアでテレーズはそんなことを言ってた。多分、バークランド星人絡みの事件は、外部に知られないようにテレーズと結託して、警察が揉み消すようにしてるんだ。

 信じたくはないけど地球上には、あるいはニューヨークには、バークランド星人が住み着いて、人間のカラダを乗っ取って悪さをしてるみたい。

 警官たちはそのまま帰ってこなくて、事情聴取もなかった。

「本当に防犯訓練だったのか?」

 パパとママは半信半疑のまま店を出て、ミュージカルを観るために劇場へ向かった。

 公演中、英語のセリフが理解できないわたしは、ずっと考え事をしてた。もちろん、テレーズやバークランド星人について。

 こっちに引っ越して一週間も経ってないのに、もう二回もバークランド星人に遭遇したのは単なる偶然なのか。それとも、わたしが引き付けやすい運とか体質をしてるのか。あるいは、ここにはそれだけバークランド星人が多く住み着いているってことなのか。

 どれにしても、きっとこの先も事件に巻き込まれる可能性は高いと思う。だったら、撃退法を知ってるらしいテレーズの元へ行ってみるのも、悪くはないのかもしれない。

 ただ、変な組織なんじゃないかって不安もある。心の中を読んだり、英会話が日本語で聞こえるようになったり、怪しげな術(?)を使うのも怖い。

 でも、ニューヨークを舞台に悪い異星人を退治するなんて、アメコミのヒーローみたいで何かカッコいい気もする。

『お嬢ちゃん、あなた、地球の平和を守る活動に興味はない?』

 テレーズのあの言葉。聞いた時は困惑したけど、今になってちょっと興味が湧いてきた。日本を離れてせっかくアメリカに来たんだ。ここでしかできない刺激的な経験をしてみたい。

 舞台上いっぱいにダンサーが登場して、派手なパフォーマンスが披露された時、わたしは決心した。テレーズに会いに行ってみよう。話を聞くだけなら別に問題ないだろうし、場所は教会だから犯罪に巻き込まれたりもしないと思う。その点は安心できる。

 やろうと決めたら居ても立ってもいられない。猪突猛進型の性格はパパ譲り。

「ごめん、今日仲良くなったばっかりの友達に呼ばれちゃった。遊びに行って来てもいい?」

 幕間の休憩時間、わたしはパパとママにそう言った。レストランでの一軒があるから、ふたりとも気乗りしないみたいだったけど、何とかOKをもらった。

「遅くならないようにね」

 心配顔のママに、

「わかった!」

 手を振って、わたしは劇場を後にした。


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