息抜きのつもりが
あの後、どうやって公爵家に戻ったのか記憶が曖昧だ。
辛うじてレジーナお嬢様を見つけて、一緒に馬車に乗ったのは覚えている。
「上手くいかなかったのねぇ」
残念そうにため息をつかれた、レジーナお嬢様の呟きも頭には残らなかった。
数日は気が抜けたように過ごしていたと思う。
ともすれば何かミスをしてそうで怖い。
アレクセイ様はあの後どうしたのだろう。
まさか他の女性をお持ち帰り……
いやいや、アレクセイ様に限ってそれはない。
誰でも手当たり次第といった方ではないのだから。
それなら、何故ここまでスープ番にこだわるのか。
一目惚れなどと、一番縁遠い私に。
「リル、明日はお休みの日だからゆっくり休んで。疲れているのでしょう?」
どれだけ注意散漫になっているのか、レジーナお嬢様に心配されるようではダメだ。
「申し訳ありません、レジーナお嬢様。明日はフィオナを遠乗りに連れて行くので、頭をすっきりさせてきます」
「貴女はいつも頑張りすぎだから、たまには気を抜くことも大事よ」
「仕事は好きなので、いくら頑張っても負担にはならないのですが」
「仕事以外のところで悩みがあるから心配しているのよ」
ビシッと扇子の先端を私に向けてきたところに、苦笑で答えるしかない。
そもそも何を悩んでいるのか。
翌日になって、快晴の空の下、フィオナに跨りながら考える。
紙切れ一枚を教会に提出すれば終わりのはずの話だったのに。
何がどこでどうなっているのか。
申請書が受理されたと言う報告もない。
やはり、お父様の言う通りに一度実家に戻る必要があるのか。
伯爵家でアレクセイ様と顔を合わせなければならないのか。
気が重たくても、フィオナが軽やかな脚取りで走り出せば、モヤモヤとしていた思いは一時的にも吹き飛んでいく。
フィオナに乗って、両サイドを青々とした植物達に見送られ、気持ち良く風を受けていた時だった。
その一団が視界の端に映ったのは。
ええええぇぇぇぇ!?
どうしてここに騎士団がいるの!?
道から脇に入った草原で馬を休ませている集団の中に、アレクセイ様の姿をしっかりと見つけてしまった。
外套のフードを深く被る。
騎士の一行は、何かの任務というよりは、馬を遠乗りに連れてきただけのようだ。
終戦からまだ二ヶ月ちょっとだけど、お父様が上手く仕事を分配しているので、戦争を経験した騎士達の負担は減らす事が出来ているとは、お姉様が仰っていた。
城、王都から延びるこの街道は、馬を遠乗りさせるにはピッタリの道だ。
だから、偶然にもルートが被ってしまったのだろう。
距離はあるから、気付かれないように周り道をして通り過ぎようとしたところで、私はそれを目撃してしまっていた。
他の団員がいない隙を見て、一人の女性騎士がアレクセイ様の腕に自分の胸を押し付けるように擦り寄る姿を。
背が高い女性騎士は、遠くから見てもスタイルが良かった。
一瞬、煮えたぎるような感情が身体中を巡ったけど、スマートにその女性騎士から離れるアレクセイ様を見て、すぐに冷静な自分に戻る。
そもそも私が嫉妬するなどおかしな事だけど、アレクセイ様が何の興味も示さないことに安心していた。
本来ならアレクセイ様はとても礼儀正しい方だ。
生まれのせいで侮られない為にも、とても注意深く振る舞われていたはずなのに……じゃあ、何故あんなことをと…………
もう、余計なものを見ない為にも、早々にその場から遠ざかる事にして、フィオナと共に風に溶け込むようにその場から走り去っていた。