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アレクセイ・ロウ①

 私は、生まれも育ちも平民だ。


 もっと言えば、娼婦をしていた母親から生まれた私は、父親が誰かすらもわからない。


 唯一の肉親である母は、過酷な環境下に置かれていたことがそうさせたのか厄介な性質の人であり、他人の幸せが許せない人だった。


 生活の為に客をとるだけではなく、妻子ある男性を見つけては、家庭が滅茶苦茶になるのを楽しんでいる人だった。


 母のせいで不幸になった男性を何人も見て育った。


 その中の一人が私の父親なのだろう。


 こんな私が母と縁を切り、奇跡的に18歳で騎士となってからは、驕らずに清廉に生きていたのだとしても、体に流れているものは変えようがない。


 一騎士として国に忠誠を尽くし、死ぬまで誠実な人間であろうと心に決めていた。


 私の、正確ではない28の誕生日が過ぎた頃、国の北部が侵攻を受け、不運が重なり、平民出身の騎士が団長に選ばれることになった。


 私を信じ、支援してくださったロウ伯爵の信頼に応える為にも、国を守るため、この身が戦場で息絶えようとも最後まで全てを背負うつもりだった。


 命の価値など無いに等しい戦場で、何度も死の淵を経験した。


 血と肉と臓物が飛び散る中を生き残れたのは、優秀な部下がいてくれたからだ。


 そんな戦が終わり、勝利を掲げた生還を果たす途中で、おたまを握った女神に出会ったのだ。


 頭には三角巾を巻き、にこやかに騎士に対応する女性を見かけ、雷に撃たれたかのような衝撃を受け、引き寄せられるように求婚していた。


 この女性の為に生き、そして共に老いていけたらどれだけ幸せなことかと、その時はその事で頭がいっぱいになっていた。


 だが、ほぼ無意識下で行っていた浅はかな行為は、殴られたことにより正気に戻されていた。


 二人の女性に対し、自分がどれだけ不誠実なことをしているのかと。


 まず、()()()に謝意を伝えなければと思っていた矢先にこれだ。


 戦時中、迷惑に思われるかもしれないと考えつつも、音沙汰がないのではお嬢様に失礼だと、戦闘の合間に手紙を書いた。


 初めて書いた女性への手紙がこれでいいのか不安はあったが、意を決して送った便りへの返信が、



『汚らわしい者の手紙など不要です』



 たった一行、私の存在を忘れたいかのような言葉だった。


 やはり、平民の私が夫として振る舞うのは烏滸がましいのだと、思い知らされたものだった。


 ただ、どれだけ私が疎まれているのだとしても、私はお嬢様には感謝の思いしかない。


 平民の私などの為に、お嬢様の人生に拭いようのない汚れをつけてしまったのだから仕方のないことだ。








「団長、大丈夫ですか?」


「あ、ああ、すまない。みっともない所を見せてしまった」


 少しの間、意識を失って地面に倒れていたようで、部下に見守られる中、上体を起こすと、もうすでにあの女性の姿はどこにもなかった。


「凄いですね。団長を拳一つで地面にキスさせる女性がいたとは」


 まず最初に、感心するような声があがった。


「ああ。さすがロウ伯爵家のお嬢様だよ」


 別の部下が、同意するように言った。


 ロウ伯爵家のお嬢様か。


 それなら、なっとく……


「は?お前、今、何と言った?」


 弾かれるように顔を上げて、その部下の顔を見上げていた。


 ロウ伯爵家所属の騎士、慣れ親しんだ部下、エクトル・ダンを。


「あれっ、団長。分かってて、からかったんじゃないんですか?らしくない事をするなぁとは思っていたんすよ」


「誰をだ」


「さっきの女性。リリアーヌ・リル・ロウ伯爵令嬢。我らがお嬢様ですよ。団長の()となった」


「は……」


 言葉を失った。


 自分がとんでもないことをやらかしたと、今になって気付いた。


 これでは、お嬢様のあの怒りももっともだ。


「しかし、何故、お嬢様がこのような場に……」


「お嬢様、真横にいた俺に気付かないくらい団長に見惚れていましたねぇ……子供の頃から団長の事、影からこっそり見つめていたんですよ。知らないでしょ?」


「知らなかった……」


「団長は、伯爵様と王都にいる事がほとんどでしたしねー」


 伯爵家三女のリリアーヌお嬢様とは面識がないとばかり……


 だが、やはりあのような素敵な女性と会った記憶がない。


 思い返せば、いつも伯爵家に寄ると、どこからか視線は感じていたものだが、姿は見せないものの、嫌な気配ではなかったから放置していた。


「聞くが、お嬢様は何故私のことをこっそりと見つめていたんだ?」


「いやいや、そんなことはご自分で考えて下さいよ」


 部下の返事は素っ気ないものだったが、いくら足りない頭で考えてみたところでわかるものではなく、地面に座り込んだまま、しばらくそこから動けないでいたのだった。













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