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仮面の下で

「行きましょう、お嬢さん」


 レジーナ様は、アレクセイ様と一緒に来ていた同僚の人と談笑している。


 大丈夫なのか気にはなったけど、アレクセイ様にエスコートされるがまま、広間の真ん中の方へと移動していた。


 未だにこの状況が信じられなかった。


 私が、アレクセイ様とダンスを踊るだなんて。


 きっかけはレジーナお嬢様だったとしても、簡単に誘いに乗ったのは、絶対にこの仮面を装着しているからだ。


 離婚しようかって時に、何でこんな簡単に誘いに乗っているのか。


 それは、初めて参加した舞踏会で思い出作りをしたいだけで、どうせ顔はわからないから……


 言い訳めいたことを頭の中で考えていると、曲調が明るいテンポのものへと変わった。


「あの……私、ダンスは慣れてなくて……」


 アレクセイ様に不安を伝える。


 運動神経は悪くはないけど、本番でダンスをお披露目する機会がなかったから、自信はない。


 仮面をつけているからどれだけ失敗してもいいのだろうけど、最初で最後のアレクセイ様とのダンスの思い出を悪いものにはしたくはなかった。


「大丈夫です。いくらでも私の足を踏んでください」


 向かい合うと、アレクセイ様の腕が腰に回されて、


「ひえっ」


 淑女にあるまじき声が、変なところから出る。


 私の顔の位置が、アレクセイ様の胸の位置なので、恥ずかしくて顔があげられない。


「お嬢さん。どうか、顔を上げてください」


 促されて、上を向いた。


 こんな間近で見つめ合う日が来ようとは、きっともう間も無く離婚、婚姻関係が解消されるというのに。


 ああ、でも、幸せだ。


 お互いに仮面を付けているからこそ、こんな間近でアレクセイ様を感じられる。


 私はちゃんと、初恋を振り切れる日が来るのかな……


 アレクセイ様が一歩引くことで始まったダンスは、驚かされるものだった。


 アレクセイ様のダンスが思いのほかお上手で、意外だと失礼な事を思ってしまった。


 何度足を踏んでもびくともしない。


 むしろ、抜群の安定感で私を支えてくれている。


 一曲を踊りきり、パートナーに最後の礼をして、名残惜しくてもこれで終わりなのだと離れようとすると、


「疲れたでしょうから、こちらで休みましょう」


 流れるような速さで、アレクセイ様に手を引かれて会場を移動していた。


 嫌とかダメとか何処にとかって、言う間も無く、場所を移動していた。


 アレクセイ様に、こんな強引なところがあるとは思いもしなかった。


 今日は、意外な面を知ってばかりいる。


 そして、アレクセイ様が相手だと、大した抵抗もせずに流されてしまっている。


 連れて行かれた先は、音楽が遠くに聴こえる人気の無い場所であり、通路の奥まった所で、すぐそこからバルコニーに出られる。


 このまま夜風に当たるために外に出るのかと思いきや、アレクセイ様はバルコニーに出る事はせず、カーテンと壁の僅かなスペースに私を隠すように追いやってきた。


 一体、アレクセイ様は何をしようとしているのか、大きな体に遮られ、向こう側が見えない。


 自然と見上げると、仮面の向こう側から、騎士の顔とは違う、今まで見たことがないような眼差しで私を見下ろしていた。


「貴女に、またお会いしたいと思っておりました」


 その言葉にドキリとした。


「王都から程遠い町でスープ番をしていたかと思えば、どうしてこんな妖艶な姿で舞踏会へ?」


 アレクセイ様からは、からかっている様子は感じられずに本当に疑問をただ口にしただけのようだった。


 何で、あの飯炊女と今の私が同一人物だとわかるのか。


 アレクセイ様の腕が動き、指先が私の仮面に触れたところで、


「か、仮面を外すのは、マナー違反です」


 辛うじてそれを阻止した。


 無理すぎる。


 素顔でアレクセイ様と見つめ合うなど。


 アレクセイ様がどんなつもりでこんな事をしているのかは知らないけど、困った状況ではある。


 私は、アレクセイ様には弱いのだ。


 それをたった今、再確認した。


 アレクセイ様に対して、とても怒っていたはずなのに、いざ目の前にすると怒りをぶつけられない。


 見下ろされる視線から逃げるように顔を逸らした。


 相変わらず壁際に追いやられているから、身動きがとれない。


 大きなアレクセイ様に前に立たれては、私の姿などすっかり人の目から隠れてしまっているだろう。


 そもそも、人の気配が全くないのだけど。


「あ、あの時は、御無礼を働きました」


 会場に入ってきた時は、あれだけ近付くなオーラを出していたくせに、どうして今は私を解放してはくれないのか。


「あの時の貴女の拳が、私を正気に戻しました。むしろ感謝しています」


 アレクセイ様は、()のことを知らない。


 証明書がすでに提出されたかはわからないけど、アレクセイ様にとってはすでに()妻のはずだ。


「貴女を、このまま連れ帰ってもかまいませんか?」


「ご冗談を」


 からかわないでほしいと、暗に伝えた。


「私は本気です。貴女に伝えたいことがあります」


 アレクセイ様が素性もよくわからない女性に()()()()()を宣告するとは。


 仮面舞踏会の会場には、個室の休憩所がいくつかあると聞いた事がある。


 この場に流されて、非現実的なひと時を楽しむのもいいのかもしれない。


 仮面をしていれば、別人になれるのだから。


 でも、リリアーヌ・リル・ロウを見てもらえないのは悲しいって思っていると、次にアレクセイ様が発した言葉は、またらしくない意外なものだった。


「貴女を、こんな所に一人でいさせたくない。他の男に触れさせたくない。他の男の視線に晒したくない」


 妻を独占したいと言ってもらえているように錯覚してしまう。


「私はもう帰ります。貴方と行くつもりはありません」


 アレクセイ様は、特別な場所で、特別な状況の中、特別だと感じた再会に気分が高揚しているだけだ。


 下手に婚姻無効が成立しなくなれば、困るのはアレクセイ様だと思い留まり、そっとアレクセイ様の体を押して拒否の意思を示せば道を開けてくれたので、一人で広間の方へと駆け出していた。




















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