手紙と招待状
「こんにちは。シンシアさん、サラさん」
お部屋で待機していたお嬢様の専属侍女さんに挨拶すると、お二人にも待っていましたと言わんばかりの歓迎を受けた。
シンシアさんもサラさんも20歳と年が近く、同年代の同性と一緒に過ごせることも、ここで働けることが嬉しい理由の一つだ。
シンシアさんはペレス伯爵家出身で、イエローゴールドの髪に深緑の瞳をしていて、背が高くて手足も長い。
美人ですらっとした体型が羨ましいけど、隙がないのでおそらく護衛を兼ねた戦闘侍女さんではないかな。
ペレス伯爵家の人達も、優秀な騎士さんを多く輩出している。
それから、サラさんはライトブラウンの髪をいつも綺麗に一つにまとめている。
それをおろすとフワフワに広がってしまうとかで、ヘーゼルナッツのような瞳と合わせてとても可愛らしい印象で、守ってあげたくなるような感じの女性だ。
そんなお二人とレジーナお嬢様から期待するような眼差しを受ける中、持ってきたお土産をテーブルに広げた。
トランクを開けると、中には宝石のような香水瓶。
それと、化粧水。
ハンドクリームなんかも入っている。
それを見た御三方から、悲鳴が上がった。
嬉しい悲鳴というやつだ。
「ダニエラ商会の、新作の香水!?なかなか手に入らないのに」
「店番で接客した時に、上手い取り引きができて、お礼でいただきました。試供品ですけど、よかったらどうぞ。ハンドクリームは炊事洗濯係のメイドさんにも持っていきますね。気に入った香りがあれば、是非お嬢様のデビュタントで使用してください」
さらに商品の価値が上がるからって、ダニエラ商会から頼まれたことでもある。
レジーナお嬢様の社交界デビューは一ヵ月後。
それまでは色々な準備があるから楽しいだろうなぁ。
綺麗なお嬢様を磨き上げて、自分ではできないオシャレをしてもらって。
華やかなドレスが似合う女性が羨ましくはあるけど、乗馬服でフィオナに乗ることも大好きだから、買って着なければいいのだと気にしないようにはしている。
お嬢様には、素敵な恋をしてもらいたいなぁ。
戦争の影響もあってか、お嬢様には婚約者が決まっていない。
高位貴族の子息の中からになるのだろうけど、いい人がみつかるといいなって、親心のように思っていた。
もう、仕事に生きようとも思っていた。
大好きなお嬢様が嫁ぐことを見届ける。
私のこれからの人生は、レジーナお嬢様に捧げてもいいとすら思える。
レジーナお嬢様の嫁ぎ先で正式に雇ってもらうのも、いいのかもしれないなぁ。
こうして公爵家での生活は逃げ隠れるように始まったわけではあったけど、楽しみにしているものがあったから一ヶ月が過ぎるのはあっという間だった。
そして、その日。
私は、涙が出るほど感動していた。
お嬢様の姿が美しすぎるからだ。
一ヵ月かけて作り上げたレジーナお嬢様のお姿は、何ものにも代え難いものだった。
公爵家当主の御父上にエスコートされて馬車に乗り込んで行く姿を、万感の思いで見送る。
その際に、公爵閣下が私に何か言いたげな視線を一瞬向けたのが気になったけど、やり遂げたことによる達成感ですぐに忘れてしまっていた。
シンシアさんは付き添いでお城に行ってしまって、残ったサラさんと片付けのために部屋に戻る。
私のデビューは結局行わなかったから、尚のことレジーナお嬢様が今日を迎えたことが嬉しい。
私の時はデビュー前日にお母様が亡くなって、辛くて、着飾ってお城に行くことなどできなかった。
寂しくて悲しい思い出は心の奥にすぐにしまって、これから先、お嬢様は夜会などに参加する機会が増えることになる。
腕がなると、サラさんとお互い労いながら話したことだ。
それから、半日余りをソワソワしながら待っていると、少しだけ興奮した様子のレジーナお嬢様が帰ってきた。
良かった。
晴れ舞台は上手くいったようだ。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
自分のことのように嬉しくて自然と笑顔で出迎え、これからお城での感想を聞くことができるのだと思いきや、
「はい、リル。貴女に手紙が届いていたよ」
「わざわざ、お嬢様自らありがとうございます」
デビューでの出来事よりも、私の手紙を優先されて拍子抜けした。
手元に渡された二通を見ると、予想通りにお父様と、それからアレクセイ様から手紙が届いていた。
アレクセイ様の手紙は伯爵家に届けられたものを、こちらに転送してきたものだ。
アレクセイ様が書いた丁寧な宛名を見ただけでも、勝手に胸の内が騒ぎだす。
「ロウ伯爵と騎士団長の功績を妬んで、難癖つけてくる貴族がいるそうね」
「ええっ、そうなんですか?王宮でのことですよね?」
きっと複雑な表情で手紙を見つめていたであろう私に、レジーナ様が唐突に言った。
お父様とアレクセイ様が心配になったけど、この手紙の内容は、きっとそれとは関係ないはずだ。
「内容が気になるでしょうから、お部屋で見てきていいわよ。貴女は今からしばらく休憩時間よ」
ついさっきまでずっと休憩していた身だけれども、お嬢様の気遣いにお礼を伝えて、自室に一度下がらせてもらうことにした。
机に座って、まずアレクセイ様の手紙の封を開ける。
『貴女のお気持ちは理解しました。せめて貴女に会って謝意を伝えたいので、一度お会いすることはできませんか?』
簡潔にそう書かれていたので、
『お会いして話す事は何もありません。教会へそのまま証明書を提出して、婚姻関係を解消しましょう』
ただそれだけを書いて送るつもりだった。
お父様の方も、伯爵家へ一度帰ってきなさいといった内容だったから、しばらく帰らない旨を手紙に書いた。
これでいいのだと自分に言い聞かせたところで、先程のレジーナお嬢様の言葉が警告を示すように思い起こされた。
え、これって、今すぐに婚姻関係を解消したら、アレクセイ様の立場が悪くなったりする!?
完全勝利なのだから、戦後の責任を負わされるなんてことはないはずだけど、何だか胸に重たい石を突っ込まれているような気分だった。
お父様は武官で軍事顧問の立場だ。
ご自分でどうにか対処するでしょうし、どうとでもできると信頼している。
でも、アレクセイ様はどうなんだろう。
慌てて手紙を書き直す。
『私がお会いして話す事は何もありませんが、婚姻の解消はお父様とアレクセイ様が相談して、良いタイミングで教会へ証明書を提出してください。どうか、お身体を大切に。ご自分の身の安全に配慮して下さい』
これでいいかな?
厳重に封をして、これは後ですぐに出しに行こう。
ふぅっと一息吐いて、レジーナお嬢様の所へと戻った。
「お嬢様、休憩時間をありがとうございました…………」
いつものように扉をノックして入ると、ソファーに座って何かを見ていたレジーナお嬢様が、顔を上げてキラキラした視線を向けてきた。
「何か良い知らせでも?」
「ええ。とっても良い知らせよ!リル、私と一緒に仮面舞踏会に行きましょう!」
「はい?」
意味が理解できなくて、レジーナお嬢様の向かいに座るシンシアさんとサラさんに助けを求めるように見たのに、同じようにキラキラとした期待するような視線を返されるだけで、ますますわけがわからなくなるばかりだった。