初めて会った日
アレクセイ様と初めてお会いしたのは、実は随分と前のことだった。
今から9年前。
私が12歳の時で、アレクセイ様が22歳の時だ。
だから、その時もアレクセイ様の目には私のことなど映らなかったと思う。
領地の屋敷にお父様と訪れたアレクセイ様のことを、姉の影に隠れて見ていたので、言葉を交わすこともなかった。
でも、その姿は私の目には焼き付いていた。
凛々しい騎士姿は、私にとっての王子様だった。
アレクセイ様は私の初恋のお相手だった。
初恋は実らないものだ。
政略結婚の相手がアレクセイ様で、密かに浮かれて喜んでいたのは私だけだった。
戦争が始まるって時に不謹慎にもそんなことを思ったから、だから天罰が下ったんだ。
「ごめんね、フィオナ。ずっと移動ばかりだったから疲れているよね?もう少し行ったら宿をとるから、そこまで頑張って」
まだ大丈夫と言うかのように、フィオナは走るスピードを上げた。
街道を漆黒の愛馬が走り抜け、景色はどんどん流れて行く。
領地を出て、次の働き先である王都を目指すつもりだ。
アレクセイ様も王都に到着するはずだけど、絶対に鉢合わせしない場所に行くから大丈夫。
屋敷を出てから二日。
王都に到着すると、ちょうど凱旋パレードが行われている最中だった。
団長が女性に言い寄って殴られたなんて事実は誰もが忘れ、皆、英雄の帰還に歓喜し、また、英雄のように出迎えられたことに歓喜していた。
アレクセイ様がどんな顔をしていたのかは知らない。
遠くから、少しだけ様子を見ただけだ。
いきなり殴ったことはとても後悔していて、あざができてなければいいと、そこだけは心配していた。
突きつけられた現実が悲しくて、八つ当たり気味にアレクセイ様を殴ってしまった。
21にもなって、アレはダメだ。
思い出したら自己嫌悪に陥るから、ぶんぶんと頭を振って、無理矢理無関心を装って、花吹雪が舞い、たくさんの垂れ幕が彩を添える中、とある公爵家の屋敷を目指していた。
みんなパレードに夢中だから、馬に乗った女のことなどに興味は向かない。
お父様も、良くも悪くも娘のすることには無関心だ。
だから、私がメイドや侍女や給仕や飯炊係や店番として働いていたなど知るはずがない。
戦争でそれどころではなかったってのもある。
勝手に伯爵家の推薦状を作って、仕事を斡旋してもらっていたので、今では公爵家のお嬢様のお気に入りにまでなっている。
その公爵家のお嬢様のところでしばらくお世話になる予定だ。
お父様には居場所がわかってしまうけど、公爵家だから、無理矢理連れ戻されたりはしないし、外でうっかり騎士団の誰かに会う事はない。
向こう側が見えないほどの大きなお屋敷の前で、フィオナから降りる。
すでに連絡していたので、顔見知りとなった門番に顔パス気味に通してもらい、厩舎にフィオナを頼んでから本邸の使用人出入り口から中に入った。
すれ違う公爵家の使用人の方々から気さくな挨拶を受ける中、
タタタタタタタタ
軽快な足音が聞こえたかと思うと、
「リル!待ってたわ!」
ああ、可愛い。
私の癒しの天使だ。
フルーフ公爵家のお嬢様、レジーナ様が飛びつく勢いで抱きついてきた。
「お嬢様、お久しぶりです。またお世話になります」
綺麗なプラチナブロンドを緩く巻いて、頬を薔薇色に染めてニコニコしながら菫色の瞳が私を見ている。
淑女のマナーとしては色々と指摘しなければならないけど、今だけはいいのです。
可愛いことが全てなのです。
それが正義なのです。
「リル!貴女がまた来てくれて嬉しい。お世話になるのはこっちの方よ」
もう間も無く16歳となり社交界デビューを迎えるから、全力でそのお手伝いをするつもりだ。
初めて会った時は、お嬢様が12歳。
月日が経つのは早い。
綺麗で可愛らしい、お人形さんのようなお嬢様が、大人の階段を登る。
「私がお嬢様を磨き上げてみせますので!」
お嬢様の前でだけは、アレクセイ様の事は忘れておこうと心に誓った。