エピローグ
私に愛を誓ってくれたアレクセイさんは、すぐに指輪を持ってきてくれた。
それは私に渡そうと買ったまま、しばらくしまわれていたものだそうだ。
それを薬指にはめてもらって、私もアレクセイさんの指にはめた。
それから、申請書はお父さまの前で破り捨てた。
私は随分と晴れやかな笑顔を向けていたと思う。
とても、晴れやかな気持ちだったのだから。
こそっと一人になると、誰もいないのを確認して指輪がはめられた手を空にかざして何度か眺めたものだ。
不謹慎なのに、油断すると顔が緩みそうだ。
お父様の所に行った時についでのように聞いた事は、北の地が完全な平穏になるにはもうしばらくかかるそうで、お父様が叙爵され、新たに辺境伯爵となって、領地を守りながらそこに滞在するということ。
そこの領地は、旧ハーデン領や過去に没収されて長らく王家が所有していた領地が含まれる。
伯爵家の方は長女のカトリーヌお姉様が当主となった。
そのお祝いをするためもあって、ちょうどいいからとアレクセイ様はしばらく休暇をもらい、私と領地にある別荘で過ごすことになった。
終戦からゆっくり休んでいないし、アレクセイ様には休息が必要だ。
そこで、二人の関係を一から構築していきたいと、私は思っている。
それで、伯爵邸に寄ったのだけど……
「リリーちゃん、話は聞いたわー。もう、大丈夫なの?お姉ちゃん、とっても心配してたのよ?」
おっとりとした口調の長子のカトリーヌお姉様は、おそらく、アレクセイ様にも負けない剣の腕をお持ちだ。
そのお姉様が、出迎えてくれた。
いつ見ても柔らかそうな胸が、三人目をご懐妊中という事で、さらにボリュームが増していた。
「リル!」
「りる~」
まだまだ小さな甥っ子と姪っ子が駆け寄ってきて、私に抱きつく。
小さな存在は、見ているだけでも愛らしいのに、叔母の私を慕ってくれるから嬉しいものだ。
抱きしめ返してあげると、二人にはお土産があることを伝えた。
途端に満面の笑みを浮かべて子供部屋へと駆けて行った。
元気な二人を見るのは嬉しい。
「リリーちゃん、心構えは大丈夫かしら」
小さな背中を見送っていると、
「心構え?」
お姉様が私の耳元で囁くように言った。
「殿方を喜ばせる方法よ。ソレーヌにはソレーヌのやり方が。リリーちゃんにはリリーちゃんのやり方があるのよ。もちろん、私のやり方もね」
お姉様がチラリと視線を向けた先に、お姉様の夫である、カミーユさんがいる。
こちらもおっとりとした方なのが、顔つきからもわかるけど、ひとたび怒らせれば、手のつけようがない方だ。
以前、領地内の村が盗賊の一団に占拠された時、単独で潜入したカミーユさんは、闇に紛れて一人一人盗賊を始末していき、最後の一人となった頭目は自分の番になるまでそれに気付かなかったのだ。
元々は、お城に勤めていた優秀な文官さんなのに、あの戦闘力はどこで身に付けたのか。
お姉様夫婦が伯爵家の領地をお守りしている限り、何の心配もないと言う……
「アレクセイ君」
そのカミーユさんが年下となるアレクセイさんに声をかけると、
「二度目はないから」
穏やかに微笑んでいるのにゾクリと背筋が凍るような感触を覚えたのは何故なのか。
「はい。肝に銘じます」
それは私の気のせいではないらしく、アレクセイさんは顔を青ざめていた。
そんなやり取りを見終わって、
「どうしても困るようなら、あとは殿方に好きなようにさせなさい」
お姉様が一瞬だけ見せた妖艶な笑みは、私を慌てさせる。
やっと、何を言われているのか理解できたからだ。
今晩は、本当の意味で私とアレクセイさんの初夜だ。
実は、領地の方にニコラス殿下もとい、ニコラス陛下とレジーナ様それぞれから手紙が届いていたのだ。
その内容は、近い将来、国王夫妻の子供の乳母となってくれないかといった内容と、聞く必要がないわ!リル!貴女は素敵な友人ですもの!ニコの部下になんかさせないわ!といった内容だ。
恐れ多くも、身に余る光栄だ。
手紙は数通あり、その手紙でニコラス陛下とレジーナ様が会話しているのが、笑えてしまった。
数年後の話ではあるのだけど、きっとそれまでには子供が一人くらいはいるのだろうか。
乳母の件は少し考えたい。
物事には順序というものがあるのだから。
その最初が今日で……
お姉様から変なプレッシャーを与えられて、一人であたふたとしてしまう。
ちらりと視線を向けると、アレクセイさんがこっちを見るのと同時だったから、バチっと視線が絡み合って余計に意識していた。
「リリアーヌさん。それでは行きましょうか」
「はい」
アレクセイさんが手を差し出してくれたので、自分の手を重ねて歩き出す。
手の平からじんわりと心地よい熱が伝わってくると、なるようになれって気持ちは固まる。
「リリーちゃん、ごゆっくり〜。お幸せにね!」
ふふっと意味深に笑うお姉様に見送られ、私達は別荘地へと出発したのだった。
完。
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