壁に穴を開けて
「お嬢様にご報告します。今回の誘拐に関わった者達の処分が完了しました」
私の方は室内に設置されたソファーに座っているというのに、アレクセイ様は、その距離が相応しいと言うように、部屋に一歩入っただけの扉の横で姿勢良く立っている。
私を看病してくれていた侍女達にも退室してもらい、今はアレクセイ様と二人っきりだ。
ここは王都のロウ伯爵家邸宅。
私が療養している部屋だ。
私の誘拐事件が発生してから半月が経った。
薬の影響で、しばらくベッドから起き上がれなかった。
今は私の方の体調は安定しているし、アレクセイ様も毎日のように見舞ってくれるけど、毎度毎度、扉の横から動こうとはしない。
今日はやっと部屋から出る許可をもらったというのに、アレクセイ様から感じる城壁よりも高く、そして分厚い壁をどうしたらいいものか、頭を悩ませていた。
結局、お父様が張り込んでいる所に私が連れてこられ、援軍を待ちつつ、罪の独白を聞きながら、突入のタイミングを伺っていたそうだ。
怖い思いをさせて悪かったと、お父様からもアレクセイ様からも謝られた。
ハーデン家のあの男は首を切られ、アレクセイ様の母親は毒を用いての処刑。
それから、女性騎士は流刑地で永久奉仕。
雇われていた男達は、絞首刑か強制労働に処されていた。
町中で会った、あの虚偽の事実を述べた女性は、雇われた事を証言することにより、減刑された後、今は修道女となって罪を償っている。
一連の騒動の幕引きと言っていい。
アレクセイ様と母親との関係がどのようであったにせよ、服毒による処刑は、辛いものがあったのではないだろうか。
心中は、推し量ることしかできない。
軽々しく気持ちは分かるといえるものでもない。
表面的には淡々としているけど、少なくとも複雑な思いは抱えたままのはずだ。
そんなアレクセイ様に、今の私では、妻として寄り添ってあげることもできない。
「手紙の件は、母の単独。それと、生活に困窮していた女性を雇い、お嬢様に接触したことも」
アレクセイ様の“報告”は続いている。
「私は、母の出自や事情を、直接聞いたことはありません。母は、世の全てを恨んでいるような人でした。母の目の前であてつけで命を絶ったものもいて、母は血まみれで恨みを吐く男を笑いながら見ていました。そんな人が、私の母親です。そんな人を間近で見て育ちました。きっかけは母の妨害だったとしても、俺が貴女を裏切ったことには変わりありません」
私は、目の前のテーブルを見つめたまま聞いていた。
アレクセイ様に視線を向けると、喋るのをやめそうだったから。
「申し訳ありません。罪人の女の血を引いている私が、お嬢様を幸せにできるはずがない。育ちのせいにするつもりもありません。私自身がお嬢様を裏切ったのですから。これから速やかに、教会へ申請書を提出してきますので、お父上から書類を受け取ってもらえませんか?私が行っても、娘の意思を聞いてからの一点張りで」
ここで初めて、アレクセイ様を直視した。
勇猛な騎士が、怯むような表情を見せた。
私から向けられる言葉に、覚悟するかのように。
「…………そうですね」
やはり、誰も幸せになれそうになかった。
私の方こそ覚悟を決めれば、目の前にはいろんな道が見えている。
私はもう、アレクセイ様を一人にするつもりはない。
「私は決めました。アレクセイ様をお支えしていくと」
「お嬢様さま……」
「私の意思を聞いてください。それを聞いた上で結婚をなかった事にするのかは、これが最後の選択の機会となります。アレクセイ様もよく考えてください。これから結婚生活を続けたとして、確かに一目惚れや初恋の想いだけでは長くは続かないのではと考えています。嫌な事もあるだろうし、喧嘩もするはずです。幸せになる努力は必要ですし、その努力を続けなければなりません。責任や償いなどでは、なかなか辛いものがあると思います」
「私はアレクセイ様の事を何も知りません。見ただけのまましか知らないのです。結婚生活を1日も送っていないのに、判断できるものなど何もありません。助けてくれた時は妻と呼んでくれたのに、もうお嬢様ですか?アレクセイ様、旦那様、顔をあげてください。私は胸を張ります。旦那様に一目惚れしてもらえた妻なのだと」
「アレクセイさん。不幸になることを願われているからと、不幸になってあげる必要はありません。母親の言葉に囚われないでください。私達は幸せになりましょう。ただ、罪を償うためだけに私との婚姻を続けるのは、それはそれで悲しいと思います。アレクセイさんが罪悪感や義務感で押し潰されそうになった時は、遠慮せずに仰ってください。二人で、その時の最善の道を探しましょう」
「俺は……貴女に……相応しくない……幸せにできるはずがない……」
もう、自分を呪うようなことは言ってほしくない。
「アレクセイさんは幸せになれます。私がしてみせます。だから、幸せにできるはずがないではなく、私を幸せにする努力をしてください。アレクセイさんは、それを私に誓えませんか?」
離れた場所に立つ彼を見る。
「無理でしょうか……アレクセイさん……」
これからの事は、強制されるものであってはならない。
私の気持ちはお伝えした。
床に視線を落としているアレクセイさんをみつめていると、心を決めたかのように両の拳を握ったのが見えた。
「俺は……貴女を愛したいです。だから、貴女と共に歩んでいく事を何よりも考えたいと思います」
そこまで言って、大股で私が座っている場所まで近付いてくると、アレクセイさんは床に膝をつき、私の手を取り言った。
「貴女を愛しています」
「はい。わたしもです」
「必ず幸せにしてみせます」
「アレクセイさんと一緒なら叶います」




