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アレクセイ・ロウ③

 母は、誰よりも美しい人だった。


 人とは思えないほどに。


 あの美貌で笑うと、ゾッとするほどの恐怖を子供ながらに覚えたのに、虜になる男は後を絶たなかった。


 大金を積み上げ、一夜限りの愛を乞う者達は、その先にどんな末路が待っているのか想像もしていなかっただろう。


 あの人は、人の幸せが許せず、人の不幸に愉悦を覚える人だった。


 残忍な性格を隠し、無防備に近付いてくる男が罠にかかるのを待つ毒蜘蛛のような人だった。


 それを理解したのは、俺自身が一番古い記憶を刻んだ時で、小バカにしたような笑い声をあげる母の前で、ナイフを持った男性が、泣きながら何かを叫んでいた。


 ブルブルと怒りと絶望に体を震わせ、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしたその人は、大人の男の人であるはずなのにそれを隠しもせずに、母に何かを訴える。


 手に持つ刃が母に向けられるのかと思って母の前に飛び出した瞬間、頭から生暖かい液体を浴びていた。


 目の前が真っ赤に染まり、ぬめりとした気持ち悪い感触が上半身を襲う。


 クリアになった視界が捉えた光景は、男が、自分で自分の首に刃を突き立てていた姿だった。


 彼は、当て付けで自害したわけなのだが、凶刃の前に身を投げ出した俺に、母はつまらない物を見るような視線を向けていた事を覚えている。


 物置部屋と娼館の待機部屋しか知らない、小さな世界で過ごしていたこの頃は、純粋に母を慕っていた。


 でも、成長するにつれ、自分が何故()()()()()()()のか疑問を抱くようになった。


 思えば、あの人から母親らしい言葉をかけられた事はない。


 抱きしめられた覚えもない。


 必要があるから生かしているだけだったと、皮肉なことに、騎士になった時に理解した。


 母に別れを告げる時、あっさりと許されたものだから拍子抜けしたものだ。


 あの人に不幸にされる男達を見続けて、いつか自分の番になるのだと悟った時、母から離れる事を決意したはずだったのに、王都で一人の騎士の姿を見て、自分と必ず何かしらの血が繋がっていると確信して、ニタリと笑う母の影を見た気がした。


 そして、母と同じ菫色の瞳をもつ方々にお会いして、人の幸せを呪うあの人が作られた事を知った。


 俺を生んでくれた事に、感謝しようと思ったこともあった。


 母に同情すべき感情もあった。


 幼い頃に、守ろうとした想いを忘れてはいない。


 ただ、あの人の存在を、恨言を吐いて死んでいった男達と一緒に思い出さないようにしていた。


 まともな教養が無い俺に、騎士としての振る舞いを教えてくれたのは、王都で出会ったロウ伯爵だった。


 ただの、一介の見習い騎士に、どうしてここまでよくしてくださるのか疑問もあったが、ロウ伯爵のおかげで王都で過ごす日々は穏やかだと言えるものだった。


 常に身の危険に晒される生活だったとしても、人間らしい生活が送れていると感じさせるものだった。


 その平和な10年余りの年月が、今まで学んだ事を風化させていた。


 母は、自分に傾倒するバカな男の幸せを壊す事を考えていたが、家族がいながらも、それを裏切り、蔑ろにする男のことを恨んでいた。




“あんたも所詮は、あのバカな男達と同じだ”




 そんな母の声が聞こえた気がした。











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