胸騒ぎ
私とアレクセイ様との連絡が途絶えて数日。
エクトルさんによれば、翌日の早朝に戻ってきたアレクセイ様は、普段と変わらない様子で騎士団でお勤めされているそうだ。
一向にアレクセイ様から連絡がくる様子はない。
今は、公爵家にロウ家の騎士が最低一人は常駐しており、間接的には状況を知る事はできる。
アレクセイ様は何を知り、何を考えているのか、お父様が戻れば何かが動くのか。
よくわからない不安で、胸がざわざわするのは当然のことだ。
これ以上、モヤモヤとした想いを抱えたまま過ごすのは性に合わない。
集中力も欠けて、周りに迷惑をかけてしまう。
こうなったら、次のお休みの時にアレクセイ様を問い詰めて、何を自分の胸に秘めているのか、私を信頼できないから言えないのか、別の理由があるからなのかはっきりさせてやると意気込んでいた。
そんな決意をした直後に、何の因果か、
「アレクセイ様からの伝言ですか?」
“ロウ伯爵に相談しました。私の事情を話します。その上で、判断を貴女に委ねようと思っています”
今日、仕事が終わった後に会いたいとの手紙を、ロウ家の騎士が届けに来た。
待ち合わせ場所と言っても、公爵家の門の前で待っていてくださるそうだ。
私の方は、今日はこれからレジーナお嬢様とお城に行く。
いつもの王妃教育を受ける為だ。
レジーナお嬢様を何かに巻き込んでしまう可能性があるからと、一度は登城を辞退したのだけど、お嬢様から公爵家と城の往復だけなら大丈夫と言われ、レジーナお嬢様に付き添う事を決めた。
今はレジーナお嬢様のサポートに集中して、今日の務めが終わったら、伯爵家でアレクセイ様から事情を聞いて、どうしても判断に迷うようだったら、お姉様にも相談に乗ってもらう。
「やっぱり、親しんだ侍女がそばにいると、慣れない城でも自信を持って振る舞えるわ」
「立派でしたよ、お嬢様」
「ほんとです。自慢のお嬢様です」
優雅な微笑みを浮かべるお嬢様を、シンシアさんとサラさんが褒め称えている。
「レジーナお嬢様が王太子妃になった姿が目に浮かぶようです」
私も、少しの間悩みを忘れて、愛らしいお嬢様が立派な淑女へと成長した姿を喜んでいた。
品位を損なわない程度に、にこやかに笑いながら歩いている私達一行の元に、
「リリアーヌ嬢!」
一人の騎士が走って近づいて来ていたなどと、直前まで気付かなかった。
最低限の礼儀を守っていたものの、とても急いでやって来た様子の彼女は、いつか見かけた背の高い女性騎士さんだった。
アレクセイ様にすり寄っていた姿を思い出して、一瞬不快になりかけたけど、何かあったのか、その表情は青褪めており、酷く慌てた様子だ。
「団長が郊外での任務中に襲撃されて、重傷です!一緒に来てください!」
それを聞いてしまった直後から自分が冷静でいられなくなっていた。
「どうして、アレクセイ様の容態は」
それを尋ねる唇は震え、体を支える足も力が抜けそうだった。
「今はまだ手当を受けておりますが、予断を許さない状況です」
「れ、レジーナお嬢様、おそばを離れてもよろしいでしょうか」
「ええ、当然よ。でも、ロウ家の騎士にも伝えるから、リルはまだ馬車で待ってて。サラ、急いで伝えて来て」
「も、申し訳ありません、お手数をおかけします……」
ロウ家直属の騎士は、王宮に入る許可を得ていないから、わざわざ外で待機している騎士に、サラさんが伝えに行ってくれたのだ。
「こちらへ。使用人出入り口に騎士団の馬車を待たせてあります」
女性騎士さんの後を追って、走り出す。
「治療院へ運ばれていますので、ご案内します」
アレクセイ様は大丈夫だと、自分に言い聞かす。
長い通路の終わりに、騎士団の紋章が描かれた馬車が停まっているのが目についた。
馭者が待機しており、初めて会う騎士が一人立っていた。
あまり意識を向ける余裕はなかったけど、騎士団の馬車の向こう側で別の馬車の車輪が外れたようで、人だかりができている。
だから、もう少し人通りがあるはずのこの場が空いており、全速力で走っても人にぶつかる事はなかった。
「さぁ、お嬢様は馬車に」
女性騎士さんが差し出した手を取り、一歩、踏み台に足をかける。
直後に、背後から口と鼻をヒンヤリとした何かで覆われていた。
布らしきものから滲み出たものが、口からわずかに入ってきて、ピリリとした刺激をうむ。
それから、馬車の中へ突き飛ばされた時には手足が痺れて思うように動かなくなっていた。
受け身も取れずに、床板に肩と側頭部を打ち付け、そして背後ではドアがバタンと閉められる。
何事もなかったかのように走りだした馬車は、すぐにスピードをあげ、馬車の中には、無様に転がっている私だけで、閉ざされたカーテンの隙間からは外の様子はわからない。
まさか、王宮から直接拉致されることになるとは思わなかった。
予期せぬ大胆な犯行に、油断した。
完全に冷静さを無くした私の落ち度だ。
せめて、ロウ家の騎士がこれに追いついてくれたらいいけど。
そんな願いも虚しく、馬車は一度どこかに止まり、外から聞こえた声に、ますますまずい状況になったことを知った。
「ロウ家の騎士は、上手く陽動に食らい付いてくれた」
聞いたことがない、男性の声だ。
「では私は、その辺の木に頭を打ちつけて横になっています。御命令通りにしましたので、近衛騎士への推薦の件。忘れないで下さいよ。ハーデン卿」
今度は、あの女性騎士の声。
「分かっている」
ハーデン卿……
「バカな奥様。野蛮な公国の異教徒が奥様を攫って行ったとお伝えしてあげる。団長様は、私がお慰めしてあげるから」
最後に、せせら笑う女性騎士の声だけが、いつまでも耳に残っていた。




