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見つめる先には

 お姉様が言った通りに、手を、繋いで帰らなければならない?


 チラリと横を見上げると、


「馬が……」


 アレクセイ様は、閉ざされた門を見つめて途方に暮れていた。


「早駆けされたのでしたら、もう少し休ませてあげたほうがいいので、エクトルさんが世話をしてくれるはずです」


「お嬢様は、歩きでも構いませんか?」


「はい」


「では、帰りましょうか。公爵家までお送りします」


 先に私が歩き出すと、アレクセイ様は半歩後ろをついて来る。


 気にしていたのは私だけで、アレクセイ様はお姉様の言葉を実行するつもりはないようだ。


 仮面舞踏会の時の手の感触を思い出し、ちょっとだけ残念に思うとともに寂しくもあった。


 アレクセイ様に、“貴方を許しますのでちゃんとした夫婦になりましょう”と、言ってしまえば簡単な事なのかもしれない。


 妻がいる身で他の女性に求婚したのも、誰かの悪意が起こしたすれ違いが原因ではあったことだし、知らずに妻に一目惚れしたなど、他人から見れば酒の席での笑い話にされそうな事だ。


 自分の中で、怒り、悲しんでいた思いは消化されつつある。


 アレクセイ様は、私を失いたくないと言ってくれた。


 どこかに小さな家を用意して、二人で生活を始めて、あとは言葉だけではないと、アレクセイ様の態度で示してもらえばいいのだろうか。


 と、二人での生活を想像した所で、あらぬ妄想にまで及んでしまい、ボンっ!一気に顔が赤面した。


 何を考えているの!


「お嬢様?大丈夫ですか?どこか具合が悪いのでは?」


 その、妄想の中にいた端正なお顔が、心配そうに間近で覗き込んできたものだから、足をもつれさせながら離れる。


「大丈夫ですか?」


「だ、だ、大丈夫です。何でもありません!」


 うるさく鳴る胸を手で押さえ、前を向いて歩き出す。


 変な事を考えてしまったけど、二人で生活を始める事を、アレクセイ様はどう考えるか聞いてみるのもいい。


 そう思って、振り返ろうとした矢先、突然、後ろから強い力で腕を掴まれて引き寄せられていた。


 「アレクセイ様?」


 どうしたのか、驚いて見上げると、表情を強張らせ、そして真っ青な顔で前方を見つめていた。


 私を守るように抱き寄せているから、体を震わせているのが直に伝わってくる。


 幾つもの危機的状況を経験してきたはずの方が、汗をにじませ、こんなに動揺した姿を見せるだなんて。


 アレクセイ様の視線の先を追うと、離れた場所に一人の女性が立っているのが見えた。


 血のような、と表現したくなる赤い髪がよく目立ち、ここからでもよくわかるほどの鮮やかな菫色の瞳がこちらに向けられている。


 ただし、その目で見つめられたら背筋が凍りつきそうで、そしてゾッとするほど綺麗な顔で、笑っていた。


 怖い。


 真っ先に芽生えた感情だ。


 ただ笑っているだけの女性を見ただけで、これほどまでに恐怖心を覚えるなどあり得ない。


 ただならぬ雰囲気に気圧され、思わずアレクセイ様の胸に縋り付いていた。


「アレクセイ様、お知り合いですか?」


 あの女性は明らかにこっちを見ており、アレクセイ様もあの女性を見て動揺している。


「……やはり、帰りの護衛はエクトルに頼みます。お嬢様、一旦屋敷へ」


 手を引かれ、私の返事も待たずに屋敷へと連れ戻され、緊急事態だと門を開けさせた所で、アレクセイ様はまだ私を離そうとはしない。


 有無を言わせない行動にでるアレクセイ様など、初めてのことだ。


「エクトル!」


 様子を見に屋敷から出てきたエクトルさんに、アレクセイ様が声をかける。


 鋭く、とても緊張を帯びた声に、エクトルさんも瞬時に引き締まった顔つきになっていた。


「ロウ家の騎士に伝えてくれ。これより、リリアーヌお嬢様を24時間体制で護衛するようにと。エクトル、お嬢様を頼む」


 伝える事を伝え、指示する事を指示すると、アレクセイ様はすぐにお一人で出ていこうとされたので、呼び止める。


「アレクセイ様、先程の女性は?何か、今までの事と関係あるのですか?」


「申し訳ありません。私はあの女を追わなければならないので、行かせてもらいます。必ず、全て説明します」


 詳細を尋ねられる事を明らかに拒み、あからさまに顔を逸らして、そして踵を返して早歩きで行ってしまわれた。


 厩舎へと向かい、連れてきた子とは別の馬に乗って去って行くのを見送るしかない。


「お嬢様、こちらへ。馬車でお送りします。詳細は俺も分かりませんが、団長なら大丈夫ですから」


 エクトルさんに促されても、アレクセイ様が向かった方向が気になって仕方がなく、あの女の人は誰なのかと、どのような関係なのかと、何がまた起ころうとしているのかと、不安に乗り潰された頭は、女性の恐ろしいまでに綺麗な顔を、いつまでも忘れる事ができない。


 必ず説明すると言ったアレクセイ様を、今は待つしかなかった。







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