謝罪
とにかく、そこに着くまで私達に会話はなかった。
いつも利用しているわけではないけど、今は必要があったから少しお高いレストランの個室に入った。
アレクセイ様は部屋の隅に柱のように立ち、椅子に座ろうとはしない。
とりあえずお茶を頼むと、それが揃い次第、給仕の方にはすぐに下がってもらった。
扉がパタンと閉められた瞬間だった。
「申し訳ありませんでした」
体の大きな方が、精一杯、体を小さくして床板に額をつけ、ピカピカに磨き上げられてはいる床をさらに磨きあげるのではないかというほど擦り付けている。
驚いて、反射的に声をあげていた。
「やめてください、アレクセイ様!貴方がそんな風に謝るだなんて」
「いえ。私は、貴女に不誠実なことをしました。最初にまず、こうやって謝罪すべきでした。それなのに、舞踏会では自分の欲を先行させてしまい」
「国を守ってくださったアレクセイ様に、そんなことをさせたくありません。顔を上げてください!椅子に座って、話をしましょう!」
そう言っても動こうとはしてくれない。
微動だにせずに、頭を床に押し付けたままだ。
「椅子に座って、顔を合わせないのなら私は話をしません!」
最早、座りなさい!といった勢いで、アレクセイ様を立たせて、着座してもらった。
いざ対面してみても、何から話せばいいのかわからなかったものの、目の前で肩を落として気落ちしている人の姿は、イタズラをしてしまった後に、叱られることが分かっている子犬のようだ。
失礼ながら、アレクセイ様だと大型犬なのだけど。
アレクセイ様がカッコよくて真面目で、時々可愛らしい面もある方だと知っているけど、不器用であることも知っている。
完璧な人ではない。
当たり前のことであり、それは私も同じだ。
なので、まずは自分が一番嫌だと思った正直な気持ちを伝えることにした。
「正直に言えば、あの時に待っている人がいないと言われて悲しかったです。私は、待っていました。アレクセイ様が、無事にお帰りになることを。それに、手紙にも何の返事もなくて……」
「手紙?」
思いもよらないといったお顔を見せたので、私の中にも疑問は生まれた。
「お嬢様が、私に、手紙を送ってくださったのですか?」
「受け取られていないのですか?」
ちゃんと特別便で送ったのでそんなはずはないと、でも、
「実は、お嬢様のお父上には報告したのですが」
そこで私も、思いもよらない事実を知ることになる。
「そんな、“汚らわしい者“だなんて、そんな事、私は書きません!」
“汚らわしい者”だなんて、酷い言葉に血の気が引き、すぐに怒りで煮えたぎっていた。
「偽り、成りすまして手紙を送りつけた上に、アレクセイ様を汚らわしい者だなんて!」
「その手紙を鵜呑みにした私をお許しください」
また謝罪を口にしたアレクセイ様を見て冷静になり、声を荒げてしまったと恥ずかしくなった。
気持ちを落ち着かせる。
とても異常な事が起きていたのだと、今更ながらに知り、
「……アレクセイ様は、私のことをご存知なかったので仕方のないことです」
もっと早くに話し合えばよかったと後悔した。
「もしやと思ったのですが、お嬢様は私からの手紙も受け取っていませんか?」
「えっ、アレクセイ様が私に手紙を出してくださったのですか?何も、受け取っていません」
「そうですか……このことも、お嬢様のお父上に報告したいと思います」
一体、何が起きていたのか。
戦時中、アレクセイ様達が命をかけて国を守ってくれていた最中に。
そこで、自分がとても早まった事をしてしまったと思い出し、
「申請書は今、どうなっているのでしょうか?」
「お父上に預かってもらっています。お嬢様にまずはお会いしたかったので」
それを聞いて、安心した。
まだ、取り返しのつかない後悔はしなくてすむ。
「伯爵様はおそらく、私が受け取った手紙の件で、すでに何かはご存知のようですが、あえて知らせてはもらえないようです」
「どう言うことでしょうか?」
「…………何か、事情があるのかと。私も、多少のことは把握しているのですが」
やはり一度、お父様に話を聞いた方がいいのかもしれない。
「…………」
「…………」
一度無言になると、気不味い雰囲気になりかけてしまった。
「ええっと、あ、あの、食事、食事をしませんか?お腹すいていませんか?」
「お嬢様が同席をお許しいただけるのなら」
アレクセイ様の返事を聞き、すぐに食事を注文した。
う、うわっ、考えてみれば、アレクセイ様と初めて一緒に食事をする。
運ばれてきた湯気の立つ料理を前に、バクバクと鳴り出した胸を押さえる。
ちゃんと味がわかるかな?
「美味しそうですね!いただきましょう!」
私が食べ始めると、アレクセイ様も一口だけ口に運ぶ。
でも、それを飲み込んでしまえば、ナイフとフォークをお皿に置いた。
お口に合わなかったのかと心配してしまう。
「私が、貴女に一目惚れしたのは本当です。貴女のように美しく、気高く、それでいて繊細な方にお会いした事がない」
ごくんっと飲み込んだものが、変な所でつかえて、一瞬息がつまった。
「私は、貴女を失いたくありません。どうすれば、罪を償えるでしょうか。いえ、罪が赦されるとは思っていませんが、貴女の夫である事を赦していただけますか?」
「アレクセイ様こそ、立派な方で、私なんかには勿体ないです」
「お嬢様は、誰が見ても魅力的な女性です。何故そのように思うのですか?」
「笑われるかもしれませんが、子供の頃に領地にいた男の子に、お人形のように可愛らしいお姉様達に比べて、お前は泥人形のようだと言われて、髪を引っ張られたりして」
瞬時にアレクセイ様が怒りを表す様に殺気を放ったので、
「その時は、思わずビンタで反撃しました!」
ううっ。
これでは手が早い乱暴な女だと思われてしまう。
「お嬢様はその程度で許すなど、優しすぎます。子供は、好きな子には意地悪を言うものですが、領地の子供とは、騎士見習いではないですか?」
「まぁ、そうでした」
「今、その子供が成長して騎士になっているのなら、私がシメましょうか?」
「いえいえ、結局登用試験で落ちて、今はどこでどうしているのか」
「では尚のこと、そのような小者の言葉など引きずる必要はありません。我慢なりません。お嬢様は、お美しいです。大聖堂にある絵画の、豊穣の女神のようです」
「あの、もういいですから!ごちそうさまです!」
「まだ、全然食事が減っていませんよ」
「そうではなくて、そうではないのです」
「お嬢様と食事ができて、私は今、この上なく幸せです。生きている事が実感できます」
真面目な表情を崩さないアレクセイ様を前にして、今まで何に怒り、悲しみ、意固地になっていたのか、何だかもう、些細な悩みのように思えてしまっていた。




