ダニエラ商会
勢いに任せ、走りに走ってついつい遠くまで来てしまった。
辿り着いた町は、以前に私が働いていたダニエラ商会がある。
なので、顔馴染みのダニエラ商会の厩舎にフィオナを頼むと、お店の方へと向かった。
フィオナに美味しい林檎を買ってあげたいと思ったからだ。
ここはよく店番をしていた場所だ。
果物や野菜をモチーフに彫られた親しみやすい木製扉を開けると、見覚えのある人達が店内にいた。
「ああ!君を待っていたんだ!」
私の顔を見た途端に親しげに声をかけてくれたのは、
「こんにちは、ニックさん」
以前に取り引きがあった方だ。
私と同じくらいの歳だと思う。
前の時に一緒だった護衛の方もいる。
その護衛さんは、初めて会った時も思ったけど、どこかアレクセイ様に似ている。
このニックさんとの商談が上手くいったから、レジーナ様にお土産をたくさん持っていくことができたんだ。
「数日ほどここに通っていたんだけど、ようやく君に会えた。君をスカウトしに来たのだけど」
「スカウト、ですか?」
予期せぬ言葉をかけられて、入り口から一歩入ったところで立ち止まってしまう。
「ああ。是非、僕の力になってほしい」
にこやかに私を見つめるニックさんと、生真面目そうな顔の護衛さんを交互に見た。
このお二人と初めて会ったのは正にこの場所で、戦時中の事であった。
よりにもよって、北部に隣接する国との戦場に赴いている、アレクセイ様が率いる騎士団への食料補給が滞っていた。
とある貴族の領地でトラブルが起き、長いこと大量の物資が足止めされて、一部は腐りかけていたと聞いた。
なので、なんとか別ルートで食料を送れないかと、王太子殿下の命で奔走していたのがニックさんだった。
当時は憤慨したものだ。
戦場で命をかけている人達が空腹で戦わなければならないなど、あってはならない事だと。
それで、その時の私の提案が受け入れられて、結果、補給も上手くいって、これでアレクセイ様達が空腹の中戦わずに済むと安堵したものだ。
取り引きが上手くいって、お店の在庫を処分できた上に手数料で利益を得たダニエラ商会からも感謝されて、お礼に香水とかのお土産をもらったんだよね。
宣伝を頼まれたから、ちゃっかりしてるなぁとは思ったけど。
「君は目端が利くし、勘が良さそうだから。今は身分に関係なく人材を確保したいんだ」
ニックさんからのせっかくのお誘いだけど、たとえどんなにいい条件を提示されても、首を縦には振らないだろう。
「申し訳ないのですが……」
お断りの言葉を伝えようとすると、ニックさんと護衛さんの視線は、何故か私の後方に向けられていた。
「あれっ、君には立派なナイトがついているんだね」
その言葉に振り返ると、驚くことに、息を切らせたアレクセイ様が大きな体で戸口を塞いで立っていた。
何で、どうしてって戸惑っていると、
「ああ、君!」
パチンっと、指先を鳴らしたニックさんは、さらに私を指差して、
「誰かと思えばロウ伯爵家のリリアーヌ嬢か!」
「いや、あの」
アレクセイ様の前でバラされて、焦りと戸惑いはどうしようもないことになっていた。
オロオロと、前と後ろに視線を彷徨わせていると、
「リリアーヌお嬢様に、何か御用でしょうか。殿下」
アレクセイ様から緊張した声がかけられていた。
幾重にも渡って驚かされることになる。
殿下?
「まさか、王太子殿下ですか!?」
失礼ながらも、ニックさんの顔をマジマジと見つめた。
言われてみれば、頭はウイッグをつけているのか、でも瞳の色は、公爵家のレジーナ様と同じ、王家の血脈を受け継ぐ菫色だ。
「無理もないけど、そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。そっかー。君、あまり社交の場で見かけないから今の今まで分からなかったよ。しかし、自分の妻のことをまだお嬢様と呼んでいるんだね」
「事情は人それぞれです」
置いてけぼりの状況に、今度は混乱していた。
目の前には王太子様。
背後に立つのは、私を私と認識しているアレクセイ様。
それから、王太子様の隣の護衛の方はもしかしたら近衛騎士の方かもしれない。
とすると、侯爵家出身のアレクシス・ハーデン様?
お父様からそう教えてもらったことがある。
アレクセイ様がたたき上げなら、アレクシス・ハーデン様はエリート街道まっしぐらな騎士だ。
アレクセイ様とアレクシス様が並ぶと、やっぱり似ている。
髪と瞳の色が違うから雰囲気は異なるけど、顔立ちは似通ったものがある。
それに、名前も……
所属は違えど、お二人は顔見知りのはずで、アレクセイ様の硬い表情は、王太子殿下の前で緊張しているだけではないようだ。
ともすれば、苦しげな表情にも見えて……
それは本当に分かりにくい僅かな変化だったけど、私が見逃すことはなかった。
アレクセイ様を観察することだけは、誰にも負けない。
未だに訳がわからない状況だけれども、アレクセイ様がこの場を好ましく思っていないことは確かだ。
よしっ。
申し訳ないけど、私が優先することは決まっている。
「殿下。スカウトとの事ですが、私には身に余るものです。私は公爵家のレジーナお嬢様を精一杯お支えできることが、今は光栄なことですから。では、私達は失礼させていただきます。行きましょう、アレクセイ様」
アレクセイ様の腕を掴んで、お店から押し出すように外へと連れ出した。
ニコラス殿下は正式には名乗っていない。
ならば、あの場はまだ“ニック”としているので、あの対応でも首が飛ぶことはないでしょう。
パタンと扉が閉まっても、後を追ってくる様子はない。
「こっちで話しましょう」
何か深い事情がありそうな様子のアレクセイ様を、とにかくその場から離すべく、私が目指す目的地まで無言で引っ張り続けていったのだった。




