59ー侯爵到着
「ティシュトリア公爵、公爵夫人、先達ては娘を助けて頂き感謝しております。此度は急にお邪魔して申し訳ございません」
「クロノス侯爵、ジュノー嬢、お気になさいますな。気が済む迄ゆっくりなさって下さい。何もありませんが、ティシュトリア領の自然が癒してくれる事でしょう」
「ティシュトリア公爵、有難うございます」
「有難うございます」
侯爵様と一緒にジュノー様も頭を下げられます。
「さ、どうぞ中へお入り下さい。お疲れになったでしょう。先ずはお部屋に案内させますわ」
お母様の言葉を合図に、メイドや使用人達が一斉に動き出しました。
「ルルーシュア様、先日は有難うございました」
「ジュノー様、よくお越し下さいました。慣れない旅程で大変でしたでしょう。ゆっくりなさって下さいな」
「有難うございます」
お二人が中へ入られました。
「父上、少しお話が」
「ジュード、どうした? 執務室に移動するか?」
「はい、ルルも」
お父様、お母様、そしてジュード兄様とお父様の執務室にいます。ジュード兄様が何かお話があるそうで……。
「父上、母上、実はクロノス侯爵をお迎えにあがった時の事を話しておきたいのです」
「ジュード、何かあったのか?」
「はい、兄貴とレオンは?」
「ああ、二人は魔物の素材が必要なので、討伐に出ている。夕食迄には戻るハズだが?」
「そうですか。一緒に聞いてほしかったのですが、仕方ありません」
「ジュード、どうしたの?」
「父上、母上。俺がクロノス侯爵一行を、遠目で確認出来たのが街道が森の縁に差し掛かる前でした。魔物に襲われる前で良かったと一安心したのですが、近付くにつれ異変がハッキリと見てとれる様になったのです」
「ジュード、異変とは?」
「一行は魔物ではなく、盗賊に襲われていたのです」
「何!? 盗賊だと!?」
お父様もお母様も私も驚きで息が止まりそうでした。何故なら……
「父上、お分かりでしょう。街道のあの場所で盗賊など、万に一でもあり得ない事です」
「ああ。街道のあの地域は、森のすぐ横を通っている故に魔物が多い。我々の様に魔物の出る領地で住み、常に魔物と向き合っている者ならば脅威ではないが、普通は恐怖心が勝ってしまうだろう。そんな場所で盗賊など。盗賊の命の方が危険と言うものだ」
「そうです。幸い俺達が間に合い討伐する事ができました。しかし不自然な場所でしたので、生かして捕らえ尋問するつもりだったのです」
「拘束出来なかったのか?」
「いえ父上。殺さず捕らえた者全て自害したのです」
「なんだとっ!」
「しかも、予め用意していたと思われる毒薬でです」
「何!? それで、その盗賊達の死体はどうした?」
「はい、運んで参りました。ディアナに毒薬の判定を頼みたいと思います。俺の方は、所持品等の調べをしようと思います」
「そうだな、そうしてくれ」
「でも、ジュード。ご挨拶した時はクロノス侯爵方に異変はありませんでしたよ?」
「はい。クロノス侯爵はこの地の事情をご存知ありませんので、偶々盗賊に襲われたのだと思っておられます」
「あの地で偶々など、あり得んな」
「はい。裏があるかと思います」
「ジュード、調べを任せられるか?」
「はい」
「では、ハッキリした事が分かるまでは、皆事に触れるでないぞ。勿論、ジュードもだ。ラウとレオンが戻ったら話は通しておこう」
「分かりました、父上」
「しかし、お父様。侯爵は職も辞されておりますし、ジュノー様も既に第2王子の婚約者ではありません。襲われる理由が私には分かりません」
職を辞された方と婚約破棄になった令嬢を襲ってどうなるの?
「そうだな」
「ルル、だからこそ今なのかも知れません」
「お母様?」
「仕掛けられた襲撃であったのなら、再び追手があるやも知れん。警備を強化しよう。そして、出来るだけクロノス侯爵とジュノー嬢を一人にしてはいかんな」
「「「はいっ」」」
私はリアンカと一緒に、ジュノー様のお部屋の前に来ています。
――コンコン
「ジュノー様、ルルーシュアです」
「どうぞ、お入り下さい」
ジュノー様の侍女がドアを開けてくれました。リアンカを連れて入ります。リアンカはそのまま侍女にお部屋の設備と備品の説明をしに行きました。
「ジュノー様、お疲れではありませんか?」
「ルルーシュア様、どうぞお掛けください。有難うございます。ジュード様が迎えに来て下さって助かりました」
「そうですか、それは良かったです」
「王都からは遠い道程でしたでしょう?」
「はい。私、こんなに長く旅をしたのは生まれて初めてです」
会話をしながらジュノー様の様子を観察する。流石に疲れはあるみたいね。
「我が家は慣れておりますが、ジュノー様は大変でしたでしょう。夕食までまだ時間があります。ゆっくり湯船にでも浸かられたら如何ですか?」
「湯船ですか?」
「リアンカ、お湯を張って差し上げてちょうだい」
「はい、ルル様」
リアンカが侍女を連れて浴室へ向かう。
「ルル様。あの、湯に浸かるのですか」
王都に湯浴みの習慣はあっても、身体や髪を洗う事で所謂沐浴に近い。それに比べて我が家は、湯にゆっくり浸かれる浴槽がある。家族各部屋に、勿論ジュノー様が滞在される客室にも。
それに王都にはないシャワー完備。魔力を流しながら、蛇口を捻るとお湯が出る魔石を設置してある。
多分、私が言い出したんだろうなぁ、と思うけど。湯船に薬草や香草を浮かべるのはきっとディアナが考えたんだと思う。
「浴室で身体や髪を洗うだけでなく、我が家では浴槽にお湯を入れて浸かれる様になってます。浴室に備え付けのハーブオイルを少量入れてゆっくり入ると疲れが癒えますよ。リアンカ、後は説明してくれた?」
浴室から戻ってきたリアンカに聞きます。
「はい、ルル様。シャワーとソープの説明もさせて頂きました」
「では、大丈夫ね。旅の疲れを癒やして下さいな。ああ、それからドライの魔法はご存知かしら?」
「ドライ、ですか? いえ、存じません」
「魔力を込めながら、頭から風を纏うイメージでドライと言ってみて下さい。髪も身体も直ぐに乾きますよ。ではジュノー様、また夕食の時に。失礼致しますわ」
「はい、ルル様。有難うございます」
ジュノー様も侍女も戸惑っている? いや、侍女はびっくりしてる顔かしら? 我が家自慢のお風呂を堪能して欲しいわ。




