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第5章 長野氏業の戦国英雄伝

 数日後、今川家への進物や上総掘りの道具を用意した俺は、氏康に挨拶をしてから、いつもの三人と一緒に駿河へ向かった。藤殿も一緒に行きたがったが、今回の行き先は他国で危険なので、本で機嫌を取って、何とかあきらめてもらった。藤殿は、『氏業様は、わたくしのことを本さえあればどうにでもできる女とお思いですか』と不満げであったが、本を受け取ると『どうかご無事で』と送り出してくれたのだった。


 小田原を出発して5日、駿府に到着した俺たちは、早速今川義元から呼び出しをうけた。

 本来は、まず宴会や連歌の会に参加すべきところなのだが、俺はまだ子供ということで免除してくれたらしい。

 取り急ぎ今川館に参上した俺は、義元の面前で平伏して挨拶を述べた。

「北条左京大夫氏康が家臣長野新五郎氏業でございます。この度は、貴重なお時間をいただきまして、誠にありがとうございます。こちらは、小田原から持参いたしました進物にございます。お納めいただければ幸いにございます」

 ちなみに、進物はいつもの石鹸・ガラス製品・干椎茸・蒸留酒に加えて、古事記・万葉集等の書物も入っている。

 えーと、これで良いのだろうか。氏康が気さくな分、どうにも勝手がわからんな。

 何はともあれ、こんな感じで臭水掘削についての交渉が始まった。

 義元は、俺の顔を見るや『氏康殿は息災か』と聞いてきたので、『氏康様は過ちなきようにと努めておりますが、まだまだできていないと慎み、努力しております』と答えた。

「ふん、一分の隙もない見事な回答であるが、論語(憲問第十四の二十六)ぐらいわしにもわかるわ」

 と義元は言い、周囲の者からは笑いがこぼれる。よしよし、場が和んできたな。

 氏康からの手紙を読んだ義元は、周囲の者に『相良で臭水が採れることを聞いたことがあるか』と確認するが、誰も知らないとのこと。

 『今川の者でも知らぬことを、なぜ北条家が知っている』という義元の問いに対しては、『神の啓示』と答え、ついでに身体強化の怨霊魔法も発動してみた。

 神の加護を持つという今川義元であれば、これでわかるはずなんだけど、なんか反応がないなあ。

 思っていた反応が得られずモヤモヤしている俺に対し、義元は『臭水を何に使う』と聞いてきた。

 ここで馬鹿正直に兵器を作るなんて言えば、大問題になるよね。臭水の平和利用について考えないと。何かないのか・・・。そうだ、石油ランプだ。

「蠟燭よりも安価で明るい、石油ランプの燃料に使いたいと思っております」

 と、俺は答えた。また余計な仕事が増えてしまったが、我ながら完璧な回答だ。

 だが、義元は『本当にそれだけか。何か、変なことを企んでいるのではないだろうな』と言い、俺に疑いの目を向ける。うー、なんか怖いな。

 俺は、『何も企んでイマセン』と答えて、義元の追及をかわそうとする。

 義元は俺をにらみつける。その目力はあまりに強く、冷や汗が流れた。

 義元と対峙すること数秒、急に義元の圧が弱まった。

「このくらいで、勘弁してやろう。臭水掘削については、氏康殿たっての頼みということだからな。相良に行き、好きなだけ掘ってくるがよい」

 こんな感じで、何とか義元から臭水掘削の許可を得ることができた。

 本当は、義元と今川仮名目録の話とかしたかったのだが、元服したての子供では相手にされないのもしょうがないかな。

 まあ、当初の目的は達したということで、この場から立ち去ろうとすると、

「先ほど、氏康殿は息災かと聞いた時のお主の答えに、噓偽りはないか」

 と、義元が俺に問う。

「関東の地に平穏をもたらすため、氏康様が日々努力しているのは間違いありません」

 という俺の答えに対し、義元は

「氏康殿は、世のため人のために日々努力しているということか。立派なものだ」

 とつぶやくと、後は何も話さなかった。

 義元の顔が少し寂しげに見えたのは、俺の気のせいだろうか。

 こうして、今川義元との会談は終了した。

 それにしても、さすが今川義元。いかにもワンマン社長といった感じで、すごい迫力だったよ。


◇今川義元の見解◇

 最近、関東で売り出し中の長野新五郎氏業が、北条氏康の名代として駿府にやってきた。

 なにやら、臭水掘削の許可を取りに来たそうだが、油田の位置は神に教えられたのだそうだ。 

 氏康直々の要請であるから黙っていたのであろうが、家臣達は随分とふざけた話だと思ったに違いない。

 だが、わしには思い当たるものがあった。

 そう、今川仮名目録追加21条を制定した時や甲相駿三国同盟を結成した時は、確かに人知を超えた神の力というべきものが、わしにはあった。

 あの頃のわしは、同じような裁判において強い者が勝ち、弱い者が負けるといった不公平をなくし、身分の高下や力の有無によるえこひいきの無い裁判の基準を作ろうと、日々努力をしていたと思う。優秀な家臣たちの諫言は煩わしかったが、それで民が安寧を得られるのであれば、むしろ積極的に諫言するよう家臣に命じたものであった。

 しかし、今川家が大きくなるにつれてわしに諫言できるものは少なくなり、昨年(1555年)雪斎が亡くなると、わしの行動を妨げることができる者は誰もいなくなった。

 その頃からであろうか、わしに神の力が感じられなくなったのは。

 わしは、これから三河兵を今川軍の先鋒に据え、尾張へと侵攻する予定だ。

 この戦いで三河兵をすり減らし、後釜に今川家譜代の者を充て、三河の統治を盤石なものとする。このやり方に間違いはないはずだが、わしは本当に過ちなきようにと努めておるのであろうか。まだまだできていないと慎み、努力しておるのであろうか。誰でもよい、わしに教えてくれ。


 義元との会談は終わったけど、俺にはまだまだやることがあるんだよね。

 まずは、今川家にいる北条家の関係者に挨拶に行かないとな。

 ということで、早川殿(氏康長女)や北条氏規(氏康四男)等へ挨拶回りをしていると、いたよ松平次郎三郎元信(徳川家康)が。英雄二人目の登場である。今川家に来たのであれば、徳川家康の顔を拝むのは当然だよね。

 この頃の元信は、随分と鬱屈した日々を送っていたようで、俺が名を名乗ると、『自由にふるまえる貴殿がうらやましい』などと言ってきた。

 うーん、俺だって氏康に振り回されて厄介ごとを押し付けられているし、決して自由にふるまえているわけではないのだが、元信には俺が能力を発揮して大活躍しているように見えるらしい。

 当然のことながら、元信に神の力は感じられない。

 まあ、松平元信がこれから様々な経験を積んで努力した結果、徳川家康になるってことだよね。ヒトは生まれながらにして人ではなく、人道を学ぶことで人になるというように。

 そう、俺は『人は生まれながらにして自由で平等な権利を持つ』という考えに否定的なんだよね。ヒトを人たらしむるのは、種ではなく、その者の行動ではないかな。であれば、ホモ・サピエンスであっても、人の道を外れた(反社会的な)者の人権は制限されるべきだと思うんだけど、どうかな・・・。

 少々脱線したので、話を元に戻そう。

 元信は、他人の意見を聞いたり学んだりすることを好むらしく、俺にも『日々、どのようなことを心掛けて過ごしていますか』と尋ねてきたので、『飯と汁 古い着物は 身を助く その余は我を 責むるのみなり』と回答した。意味は、粗衣粗食に慣れてそれを不足に思わないようならば、為すこと全て成就する、である。二宮金次郎の言い方だと、古い着物ではなく木綿着物なのだが、戦国時代の木綿は貴重品なので、古着にしてみたよ。

 また、初陣の際の心構えについても尋ねられたので、小説やマンガでよく出てくる『死生命無く死中生有り』と答えておいた。この言葉は、窮地に陥ったら、逃げずに敵に突撃しろ、ということだと俺は思っている。まあ、人は案外しぶとく生き残るものだし、いくさで命を落としたとしても、死んでもともとということだね。

 それを聞いた元信は、俺の意図を理解できたようで、実に奥深いと感心していた。やはり、若き日の徳川家康だけあって、頭が切れるね。例えるなら、一隅を示せば、直ちに残りの三隅を類推するといった感じかな。

 だが、ここで俺には一つの懸念があった。

 まだ長尾景虎になるか北条氏康になるかは分からんが、桶狭間の戦いの後に松平元信(と織田信長)を叩いて上洛する予定だから、必要以上に元信と仲良くなるのはまずいかな。

 そんなことを考えていると、三条西実澄(実枝)が俺と元信の会話に乱入してきた。進物の古事記と万葉集について、質問があるそうだ。こんな感じで、元信との会話は終了となった。

 俺としては、本は亜相様(三条西実枝)に好評だったし、徳川家康に会うこともできたので、まあ良しとするかな。

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