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氏政暴走

永禄三年(1560年)1月2日 相模国笠懸山城


 北条綱成が戦死し、あとは氏政が降伏するのを待つばかりと思っていたが、なんだか小田原城が騒がしいな。しかも、やたら強力な悪しき怨霊の力も感じ取れるな。

 うん?小田原城から兵が逃げ出しているのか。

 とりあえず、状況を確認しないことには何もできん。ということで、政虎のいる笠懸山城本丸大広間に向かうことにした。

 政虎は伝令から報告を受けていたが、その内容はというと、小田原城内に突如泥人形が大量発生し、無差別に攻撃を始めたため、城内にいる兵や民がコゾって我が軍に助けを求めているとのこと。

 これは、氏政の持つ怨霊の力が暴走したということか。そして、このまま放っておけば、氏政は生命力を吸い取られて死ぬということだな。

 そんなことを考えていると、また別の伝令が現れた。なにやら、大石氏照と松田憲秀が政虎に面会を求めているらしい。

 さらに別の伝令も現れた。今度は、北条氏康が政虎に面会を求めているとのこと。

 政虎は、北条氏康・大石氏照・松田憲秀をまとめて連れてくるよう指示を出すのであった。


 笠懸山城本丸大広間に連れてこられた北条氏康・大石氏照・松田憲秀は、政虎を見るや頭を下げ『どうか、氏政を救ってほしい』と懇願するのであった。

 政虎は目をつむり黙ってそれを聞いていたが、目を開くと視線で俺に発言を促した。

「えー、氏政の持つ怨霊の力は暴走しています。氏政を助けるのであれば、今すぐ小田原城に突入して氏政を浄化する必要があります」

 この俺の発言を聞いた政虎は、暫し考えた後に、こう口を開くのであった。

「氏政のことは、綱成にも頼まれたしな。では氏業よ、小田原城へ赴き、氏政を連れて帰ることにするか。あとは、氏康殿にもついて来ていただくとしよう。氏政相手なら、父親の呼びかけが重要となろう」

 こうして、俺と政虎と氏康の三名は、小田原城内に突入することとなった。


 小田原城内では、民が至る所で泥人形に襲われていた。

 あまりに泥人形の数が多いので、民の救出は上杉軍に任せるとして、俺・政虎・氏康は氏政の下へと向かうのだった。

「うりゃー、ウインドストーム、ウインドカッター」

 俺は、怨霊魔法で邪魔な泥人形を吹き飛ばす。久々の戦闘ということで、怨霊神業盛も現れて泥人形退治を手伝ってくれている。政虎はというと、『軍神』を発動させて泥人形を消滅させていた。ちなみに、『軍神』は周囲の味方を強化するので、俺の身体能力や怨霊魔法の威力も増しているよ。

 そんな感じで、俺たちは氏政の自室にたどり着いたのだが、部屋は強固な土壁で覆われていた。試しに刀で切りかかってみたが、傷一つ付かなかった。

 突然政虎が『どけ』と言って、土壁に殴り掛かった。

 ドゴーンという音とともに、土壁が吹き飛んだ。

 『軍神』の威力は半端ないな。

 部屋の中では、氏政が白目をむいて倒れていた。

 やべえ、今にも死にそうだ。

 俺は、すぐさま浄化の怨霊魔法を発動するが、氏政は正気に戻らない。

「氏康様、氏政に何か呼び掛けて下さい」

「そっ、そうだな・・・。氏政よ、上杉政虎相手に今までよく頑張ったな。あとはわしらに任せて、ゆっくり休むがよい」

 すると、氏政は薄っすらと目を開け、

「ち、ちちうえに、ようやく、褒めていただけた。これで、思い残す、ことはない」

 こう言い残すと、そのまま気を失った。

「氏政も正気に戻ったようです。身体に後遺症は残ると思いますが、命に別状はないでしょう」

 俺の言葉に、皆が安堵した。

 こうして、小田原の戦いは上杉軍の勝利に終わったのであった。


戦後処理(小田原城の戦い)


 永禄三年一月二日、小田原城は落城し、北条氏政は上杉政虎に降伏した。

 政虎は目が回る忙しさであろうが、俺は味方になって間もない一城主だからね。気楽なものだと思っていたら、政虎に西上作戦を立案するよう命じられてしまった。横浜城に戻ってのんびりできると思っていたのに、残念無念。


 話は変わるが、気になっている人も多いと思うので、ここで北条家のその後について触れておこう。

 結局、北条氏政・大石氏照・松田憲秀は出家し、身柄は早雲寺に預けられることとなった。

 北条家の領地は相模一国となり、氏政の後を北条氏規(氏康四男)が継ぎ、憲秀の後は松田康郷(孫次郎)が継ぐこととなった。そして、北条家は上杉家に対し乙千代丸を人質に差し出した。乙千代丸は、政虎の養子になると元服して上杉景邦と名乗り、江戸城に入ることとなった。景邦には、いずれ関東管領職と武蔵国が与えられるのだそうだ。北条家に対して随分甘いと思うかもしれんが、上杉軍は簒奪者氏政の打倒を名目として小田原城に攻め込んだわけだから、北条家を厳しく処分することができないんだよね。でも、これなら氏康も納得の結末であろう。

 あと、氏康には南蛮船でインドネシアに行って、ジャガイモやサツマイモを見つけてくるようお願いしておいたよ。以前から海外に行きたがっていたこともあって、本人は喜び勇んで大海原へと乗り出すのだった。

 まあ、北条家についてはこんな感じかな。


 小田原城の戦いが終わって間もないある日のこと、政虎はいきなり反射炉が見たいなどと言い出した。

 そんな訳で、横浜へ向かう俺と政虎と護衛たち。

 せっかく横浜まで来たので、政虎には反射炉だけでなく蒸気機関も見学させ、こういった科学技術を進歩させることで、国力増強だけでなく国民一人ひとりの持つ力も高めていきたいと俺は説明した。政虎は一通り見終わると、人払いをして俺にこう話しかけるのだった。

「おぬし、何か隠しておるであろう」

 いきなり直球が投げ込まれたけれど、これだと何を聞かれているのか分からないな。とりあえず、こんな感じに答えておこう。

「政虎様のおっしゃる意味が分かりません」

「おぬしは、神から授かった知識で反射炉や蒸気機関など様々な物を作ったと言うが、その言葉に違和感を覚えたのでな。考えてもみよ、わしほど神を篤く信仰している者はおらぬというのに、わし自身、神から知識を授かったことなど今までに一度もないからな。おぬしは、どこで、どうやってこのような奇天烈な知識を得たのか、答えよ」

 こう言って、俺に詰め寄る政虎。

 俺は、潮時かなと思ったが、一応これだけは確認しておかないとな。

「そのことについて答える前に、一つ確認しておきたいことがあります。政虎様は、以前弱き者、虐げられし者を救い、不義を働く者には、義の鉄槌を下すとおっしゃっておりましたが、今もその考えにお変わりありませんか?」

「うむ、その思いは益々強くなっておるぞ」

「私は、科学技術を進歩させることで、人間一人ひとりの力を高め、自身の望む人生を送れるようにしたいと考えております。世界中にいる全ての弱き者、虐げられし者に力を与え、不義を働く者に異議申立て出来るようにしたいのです。このことについて、もし政虎様にご協力頂けるならば、私は全ての秘密を打ち明け、政虎様に忠誠を誓いましょう」

「うむ、そなたの人を思う気持ち、いたく感銘したぞ。実に素晴らしい考えだ。わしは、常にそなたの協力者であり続けると、神に誓おう」

 ここにおいて、俺は政虎に全てを打ち明けることにしたのだった。

「信じられるかどうか分かりませんが、私は450年ほど後の時代を生きた人間です。怨霊神の力で、この時代に連れてこられました。この身体の本当の持ち主は、その怨霊神『長野業盛』なのです。未来では、全ての民が高等教育を受けており、私は教育で得た未来の知識を用いて、様々な物を作り上げたのです。神から授かった知識というのは、方便にございます」

 俺の言葉を聞いた政虎はひとこと『信じよう』と答えると、俺を相談役・助言者・軍師的な地位に任命するのであった。俺は、いついかなる時でも、政虎に面会を求め、意見を述べることが許されることになった。

 謙信の軍師、長野氏業が誕生した瞬間であった。

 そんな訳で、俺は自身の知るかぎりの歴史、特に後の天下人である信長・秀吉・家康について、政虎に詳しい説明をすることになったのだが、気になるのは、俺の知る歴史と今の歴史との間にかなりずれが生じていることである。思わぬところから思わぬ人物が飛び出す可能性もあるのだろうな。今後、政虎が上洛して俺の知識を活用した政権運営を始めたとしたら、それを見て色々と学んでしまう大名が出てくるかもしれない。もし、未来の統治方法を学んだ信玄が政虎より長生きしたら、信玄が天下を取って私利私欲に基づく弱肉強食の世界を創り上げることもあり得るのだろうか・・・。

 いや、考えすぎだな。


 余談だが、この時政虎は『世界中の民に力を与えるのは良いが、民がその力を私利私欲のために使う危険性はないか』と問うてきたので、俺は『草偃風従(論語顔淵第十二の十九)』と答えるのだった。草がなびいて風に従うように、政虎が徳を以って政治を行えば、民も自然とその方になびくということだね。無道の政治家が出た時に、民が異議申し立て出来るようになっているのがベストかな。やはり、何か事が起きた時に、民が自身で正否を判断できるだけの知性を持っていることが重要だよね。ということで、俺は改めて教育の重要性を認識するのだった。

 

 こうして、政虎に全てを打ち明けておいて、最も親しい人たちには秘密にしておくというのは道理に合わない。ということで、俺は政虎の了解を得た上で、自身が未来人であることを、孫蔵・弥左衛門・平八郎に加えて婚約者の藤殿・菖蒲にも打ち明けることにしたのだった。

 石鹸・ガラス製品・硝石に始まり、石油ランプ・南蛮船・大砲・蒸気機関などの発明品は、神から教わったのではなく全て未来の知識で創ったものである。未来で勉強し、資料を集め、博物館等で実物を見ていたから、この時代でも再現することができたのだと伝えると、皆は却って納得した様子であった。

「蒸気機関や反射炉など、いくら神に説明されたところで、実物を見ない限り作れやしませんよ」とは孫蔵の言である。

「つまり、氏業様は頂いた本に良く出てくる転生者なのでしょうか。未来人が事故に遭って、気付いたら戦国武将に転生していたとか、そのような理解でよろしいですか」

 そう問いかける藤殿には、『大体そんな感じです』と答えておいた。まあ、俺が戦国時代に来たのは、事故でなく怨霊のせいだけどね。藤殿は、さらに質問を続けた。

「未来の日ノ本は、どのような国ですか」

「戦争の無い平和で豊かな国です。殺人などめったにありません」

「だから、氏業様はあれほど人を殺すのを嫌っていたのですね」

 と、藤殿は納得するのであった。

「これ以上皆に秘密にしておくのは耐えられなかったので打ち明けてしまったが、迷惑だったかな」

 俺の問いに対し、皆は

「「とんでもございません。氏業様と秘密を共有できて、嬉しく思います」」

 こう答えるのだった。

「では、もっと未来のことを話そうかな。未来では、国民全員が教育と医療を受ける権利を有しています。あと、一夫一婦制です。それから・・・」

 こうして、俺たちはいつまでも未来のことについて語り合うのだった。


第15章 完

戦争:小田原城の戦い

年月日:永禄二年(1559年)九月三十日~永禄三年(1560年)一月二日

場所:相模国小田原城

結果:上杉軍の勝利


上杉軍指導者・指揮官

上杉政虎、直江実綱、太田資正、佐竹義重、那須資胤、小山秀綱、成田長泰、小田氏治、長野氏業など

戦力:約110000

戦死:数百名


北条軍指導者・指揮官

北条氏政、大石氏照、北条綱成、北条幻庵、小幡信貞など

戦力:約30000

戦死:約3000(北条綱成討死)

逃亡:約10000(小幡信貞逃亡)

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