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心の病と藤の決断

永禄二年(1559年)9月22日 武蔵国横浜城


 横浜沖の戦いから三日が経過した。

 横浜城は、今のところ問題なく防衛できている。なにしろ、この城はコンクリート製の城壁と水堀で囲まれているうえに、日本一の性能を誇る大砲や大量の鉄砲を用意しているのだから。まあ、氏政も色々と考えた末、自身の土属性の怨霊魔法を用いて土製の橋や階段を作って水堀や城壁を乗り越えようとしたようだが、俺が氏政の居場所を探知して大砲を撃ち込んでやったら大人しくなったよ。やはり、大規模な地形改変をすると、生命力が大きく削られるようだね。そして、氏政の作った土橋や階段は消滅し、その上にいた敵兵は水堀に落ちて溺れ死ぬのだった。 

 このように当初は我攻ガゼめをしていた北条軍であったが、このまま攻撃を続ければ到底見過ごせぬ被害が出るということで、一旦引いた上で城を遠巻きに包囲し、昼夜を分かたず攻撃を繰り返して、我が軍を休ませない作戦に切り替えるのだった。まあ、こちらも兵を二分して交互に休ませることにしたし、敵陣には大砲を何発も撃ち込んだから、被害は圧倒的に北条軍の方が大きいんだけどね。こんな感じで、横浜城防衛戦は順調に推移しているように見えたのだが、俺は頭痛と腹痛と寝不足でえらいことになっていた。

 いくら敵とはいえ、砲撃や銃撃で一方的に死んでいくのを見るのは物凄いストレスというか、正直耐えられんのですよ。戦国武将に転生した未来人が、自ら進んで天下取りに邁進するのは良くあることだが、やっぱり俺には無理だな、なんてことも思ったりした。

 そんなわけで、俺は自身による天下統一は目指さず、怨霊神の望みである『お家の存続と子孫繁栄』を目標に行動することを、心に決めたのであった・・・。

 おえー、気持ち悪い、頭が痛い、寝不足でくらくらする。


◇藤の視点◇

 ある日の夜、氏業様就寝後のこと。

 石油ランプの灯る大広間に、わたくし・菖蒲・重臣たちが集まっておりました。

 議題は、氏業の健康状態についてです。

 まず、弥左衛門が発言しました。

「若殿は、心を病んでおられます。それも、かなりひどい状態です。皆の前では気丈に振る舞っておりますが、今のままではいつ倒れてもおかしくありません」

 平八郎も弥左衛門の発言に同意する。両名は、氏業様が幼少の頃より傍に侍っているため、氏業様のお心は誰よりも分かるとのこと。

 続けて、菖蒲が発言しました。

「氏業様は、現在眠り薬で何とか眠っている状態です。お食事も粥しかお食べになりません。それ以外の物を食べると、吐いてしまうようです。このまま眠り薬の量が増え続けると、お身体にも悪影響が出ることでしょう」

 一方、白川五郎は

「若殿は繊細な性格ゆえ、イクサには不向きなのであろうが、箕輪長野家次期当主で現に横浜城城主でもある。今、若殿が倒れたら、敵中で孤立する我らは全滅ではないか。何とかして若殿に回復してもらうより他はないが、やはりあれしかないか・・・」

 と言って、わたくしを見るのでした。

 他の者もわたくしを見ています。いったい何なのでしょう。

 困惑するわたくしに、菖蒲はこう説明するのでした。

「皆は、姫様が寝所で氏業様をお慰めするのはどうかと言っております」

 えっと、つまり、わたくしと氏業様が真の夫婦になるということでしょうか。

「わかりました。氏業様が復活されるのであれば、わたくしに出来ることは何でもいたしましょう。あと、菖蒲も一緒に来なさい。あなたも氏業様の婚約者なのですから」

「はい、承知いたしました」

◇ ◇ ◇ ◇ ◇


永禄二年(1559年)9月22日夜 武蔵国横浜城 氏業の寝所


 うーん、さっぱり眠れん。

 身体はやたらとだるいのに、横になると色々なことが頭の中に浮かんできて、心は全く休まらない。あー、今日もたくさん人を殺してしまった。俺自身、一刻も早い天下統一のため、大砲や鉄砲で敵を殲滅することを是認していたのだが、実際に目の前で人が死ぬのを見るとその決意も揺らぐなあ。というか、これ以上人を殺したくないけれど、敵を殺さなければこっちが殺されるし、もうやるしかないのはわかっているんだけど・・・。

 その点、仕事は天が与えるものという天命説は、俺にとって都合が良いかもしれん。今、俺がここで北条軍を砲撃するのは、自分の意志ではなく天の意思によるものだとすれば、少しは罪悪感も消えるのだろうか・・・。

 内村鑑三(高崎藩士内村宜之の子、キリスト教思想家、文学者)は、『他人の嫌がる仕事を率先してやれ』と言っていたが、これは余程心の強い人でないと実行できないんじゃないかな。鑑三の言うことを真に受けて、皆が嫌な仕事ばかりしていたら、逆に病人が増えて社会保障給付費も増加するのではないか?そんなことにでもなれば、それこそ本末転倒だ。別に、塙保己一(江戸時代の国学者、視覚障害者で埼玉県本庄市出身)みたいに『按摩・鍼・音曲などできない、学問をやらせろ』と自殺騒ぎを起こして、自分の好きな道に進めばいいんじゃないかな、とも思うね・・・。

 ふん、いくら考えたところで今の俺には意味のないことだ。しょうがないので、眠り薬を飲んでさっさと寝るとしよう。

 うん、誰かが俺の部屋に近づいて来るね。これは、藤殿と菖蒲かな。

 二人が俺の部屋の前まで来ると、俺にこう尋ねるのだった。

「氏業様、藤と菖蒲にございます。お部屋に入ってもよろしいですか」

 俺が『どうぞ』と答えると、二人はすぐ部屋に入ってきた。

 何だか、二人とも頬が少し赤くなっているね。

「氏業様は大層お疲れの御様子。そして、氏業様の疲れを癒すのは、妻(予定)であるわたくしたち二人の役目。早く横になって下さい。ちなみに、これは重臣たちとの合議で決めたことなので、氏業様に拒否権はありません」

 二人はこんなことを言いながら、俺を押し倒すのであった。

「いやいや、大丈夫だから。二人とも落ち着いて」

 こう言う俺に対し、

「全然大丈夫ではありません。立場上、家臣たちに弱い姿を見せられないことは分かりますが、わたくしたちには弱音ぐらい吐いて欲しいのです。だって、これから家族になるのですから」

 藤殿はそう言って、俺に抱きつくのであった。菖蒲も頷きながら、俺と藤殿をギュッと抱きしめるのだった。

(そういえば、こんな風に女性に抱きしめられたのって、いつ以来だろうか。それにしても、二人からは甘酸っぱい良い匂いがするな。安心できる匂いだ)

「私が、からりとした性格であれば問題なかったのだろうが、皆に面倒をかけて申し訳ない」

「いえ、良いのですよ。わたくしたちは、そのままの氏業様を受け入れます」

「ありがとう・・・」

 二人の香りに包まれた俺は、久しぶりにぐっすりと眠ることができたのだった。


 翌日の朝、久々に熟睡できた俺は、皆の前でこう宣言するのであった。

「皆に心配をかけてしまい申し訳ない。これからは自分一人で全てを抱え込まず、皆と相談しながら物事を進めることにするよ。至らぬ所も多いと思うが、これからも俺を支えて欲しい」

皆は、『『『ははッ!!』』』と答え、平伏するのだった。


 そうそう、どれほど辛く苦しい仕事であっても、信頼できる上司・同僚・部下がいれば何とかなるんだよね。この、困った時にいつでも相談できる人がいるというのが特に重要で、心の健康を保つことにも繋がるのである。もし、『心の病になるような奴は心が弱いんだから、仕事を辞めてしまえ』などという精神論を振りかざす奴がいたら、そいつは人事担当に通報すると良いよ。人間は、自分一人で生きているわけでなく、多くの人に支えられながら生きているのである。にもかかわらず、組織内に『困っている人を見て、後ろからとどめを刺すような奴』が結構いるのは、大問題だと俺は思うよ。繰り返し言うが、俺が問題にしているのは、『心の弱い奴はどの部署に行っても役に立たないから、さっさと辞めさせろ』と言っている奴らのことね。あと、俺としては『誰一人取り残さない』ことが重要と考えているので、パワハラに対しては法令等できちんと罰則を設けて、厳格な運用をすべきだと思うよ。やはり、パワハラとは何なのか、具体例で示すことも必要かな。

 そんなわけで、皆から戦う力を得た俺は、以前よりも前向きな気持ちになれたのだった。

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