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第4章 北条氏康の無茶ぶり

長野氏業:本作品の主人公。

怨霊神業盛:主人公を長野氏業に転生させた張本人。

北条氏康:後北条氏三代目当主。

北条氏政:北条氏康の嫡男。

藤:長野氏業の婚約者。大石定久の娘。

菖蒲:藤の侍女でくノ一。

第4章 北条氏康の無茶ぶり


 さて、俺が開発するよう命じられたのは、多摩川下流の横浜村周辺の地である。開発計画を立てるなら現地調査は必須だよね、ということで孫蔵・弥左衛門・平八郎の三人を連れて横浜村にやってきたよ。ちなみに、婚約者だからという理由で藤殿や侍女もついてきてしまった。侍女の名前は菖蒲といって、藤殿の護衛も兼ねさせるため、くノ一から登用したそうだ。もう、俺たちを見張っていることを隠すつもりないよね。

 海岸に着くと、いつも通り『うひゃー』と叫びながら海に飛び込む俺たちであったが、それを見た藤殿は『いったい何事ですか』と呆れ顔をしていた。そんな彼女には、『海を見た上州人は皆こうなるものだ』と説明しておいたよ。

 そんな感じで現地に来た俺たちであったが、この時代の横浜村は、釣り鐘型の入り江の入り口に突き出た長い砂州であった。関東地方でよくみられる一寒村といった感じで、対岸にある神奈川湊の方が栄えていたが、これはこれで自由に開発ができて良いかな。

 そういえば、横浜市内からは亜炭が採れるし、多摩川の上流では石灰も採れるので、亜炭で焼いた石灰を川砂に混ぜてコンクリートを大量生産すれば、近代的な港湾施設を造ることも可能なのかな。とりあえず、全長50メートルの船を補修できる造船所や大量の荷物を保管できる倉庫を備えた港町にするとしよう。そして、砂州の入り口には堀と土塁を備えた門を作り、砂州の周囲をコンクリートの壁で囲めば、鉄壁の要塞になるではないか。

 まあ、ありきたりな開発計画を立てて氏康に叩き切られるのも嫌なので、入り江は干拓して農地にすることにしよう。確か、吉田新田(吉田勘兵衛によって開墾された新田。大岡川と中村川と新横浜通りに囲まれた地区)は一〇三八石だったかな。横浜村を、陸路・海路・水路の交わる物流拠点として発展させてみるのも良いかな。北条家を裏切った後は、小田原城攻めの前線基地としても使えるしね。いずれは、明治時代みたいに横浜港から上州の生糸を輸出したいな。

 こんな感じで、未来の横浜市を参考にしながら横浜村の開発計画を練っていたが、先日見た氏康の緑の炎のことも気になったので、怨霊神業盛に意見を聞いてみることにした。

『怨霊神様、氏康は神々の加護を持つ者とみて間違いないのでしょうか』

 との問いに対する怨霊神の返答は、『そう考えて間違いなかろう』であった。

『氏康は、民のために上杉憲政を越後へ追放し、関東の地に平和をもたらしたからな。つまり、氏康は広く人々を物・心ともに豊かにし、人々を救うことのできる聖者であって、神々の加護を持つ者ということじゃ。氏康は神の力を使いこなせるであろうし、民を守るためであれば数万の兵を強化することも可能ではないか』だそうだ。

 簡単に言うと、氏康の人道主義的な行いが怨霊を鎮魂したため、氏康は怨霊魔法を使えるようになったということだ。

 ちなみに、俺が怨霊魔法を使う時は、背後に白い炎が現れるそうだ。へー、知らなかったよ。

『それよりも、おぬし監視されているぞ』と怨霊神は注意を促してきた。侍女の菖蒲も俺に同じことを言ってきたので、北条の間者ではないのだろう。武田か今川か、もしかして里見であろうか。

 里見であれば、江戸湾東岸の安房や上総が本拠地だから、船を使えば横浜ぐらいすぐ来られるかな。相手はすぐ退いたので、こちらも後追いはしなかった。なにより、藤殿の安全を確保しないとだからね。

 そんな感じで、横浜村開発計画と街道・用水路を記した地図が完成したのであった。地図には、上田銀山に加えて伊豆珪石鉱山(静岡県西伊豆町)の位置も記しておいた。珪石は、ガラス製品や火炎瓶作りに必須だからね。


 小田原に戻った俺たちは、氏康と面会するため侍女の菖蒲を使いに出した。すると、すぐさま俺一人で登城するようにとの返事があったので、俺は急いで本丸へと向かった。

 氏康は、氏政と一緒に本丸の庭園にいた。手に木刀を持っていることから、親子二人で剣の稽古でもしていたのかな。

 俺は氏康に資料を渡し、横浜村にコンクリートを使用した物流拠点を作ることと、上田銀山を開発する際に注意すべき点などを説明した。上田銀山は、尾瀬以外から入れないように、越後や会津の山道を爆破するのが良いことと、ガラス製品や陶器作りに必要な伊豆の珪石も欲しいことを伝えると、『随分と、色々なことを知っているものだな』と、氏康は感心した表情を見せる。

 横浜村で里見家の間者とおぼしき者に遭遇した件については、海岸の警備を強化することで対応するそうだ。俺は、つい『それだけ?』という表情をしてしまったが、氏康には『おぬしの領地をおぬし自身で守るのは当然であろう』と言われてしまった。まあ、そんなもんか。箕輪城から、火炎瓶・火縄銃・クロスボウを持ってこないといかんな。

 一方、氏政は話についていけないようで空返事を繰り返している。

 一通りの説明が終わったところで、氏康は俺に話しかけてきた。

「ところで、おぬしとは元服の翌日に大広間で話をしたが、その時わしの背後に何を見たか、言ってみるがよい」

「えーと、おっしゃることの意味がよく分かりませんが・・・」

「ふむ、あくまでしらを通す気か。これを受け取れ」

 そう言って、氏康は俺に木刀を投げた。

「見ての通り、氏政には頼りない所がある。そこで、異能を持つおぬしが氏政の側近となり、氏政の足りぬところを補ってほしいのじゃ」

「異能だなんて、そのような力は私にはありません」

「ふん、そのようなこと確かめてみればすぐにわかるわ。わしの攻撃を本気で受け止めよ。さもなくば、死ぬぞ」

 氏康の背後に、緑の炎が燃え上がる。俺も覚悟を決め、身体強化の怨霊魔法を発動した。


 氏康は強烈な踏み込みと共に上段からの一撃を放ってきたので、横に受け流してそのまま回転して攻撃するが、それは受け止められて足蹴りをされる。

 俺は、自ら飛ぶことでダメージを回避するとともに、足場にした庭石を蹴って、逆に突きを喰らわせようとする。しかし、氏康はそれを読んでいたようで、木刀を手放して俺の腕をつかみ、そのまま本丸の城壁まで投げ飛ばす。俺は、かろうじて受け身を取るが、壁にたたきつけられた体は悲鳴を上げる。それでも反撃せねばと俺は起き上がろうとするが、気付いた時にはすでに、喉元に木刀を突きつけられていた。その間1秒ぐらいであろうか。

 氏政は状況についていけず、目を白黒させている。

「やはり、異能を持っているではないか」

 氏康は、予想通りといった顔をしている。

「おぬしが北条家に心服していないことはわかっているが、そんなに北条家は頼りないのか。上杉家は、おぬしが仕えるにふさわしい家といえるのか。北条家であれば、おぬしの活躍する場とふさわしい地位を用意できるぞ」

 実際、上杉憲政は頼りないし、長尾景虎は顔を見たことも話をしたこともない。長尾景虎に臣従したところで、受け入れられる保証はないんだよね。そして、俺の計画は全て長尾景虎が関東に侵攻するという前提で立てられている。もし、その関東侵攻がなかったとしたら、関東の民は平和を享受できるし、俺も北条家にいられるではないか。そうだ、それがよい。

 俺は、氏康にすべてを話すことにした。

「私には、身体強化以外にも神から授かった知識があります。上田銀山だけでなく、伊豆の土肥や修善寺にもまだ発見されていない金山があります。氏政様は、そこで採掘された金銀を用いて、上杉憲政を擁する長尾景虎の関東侵攻を防いでください。氏政様のお力で関東の平和が守られるのであれば、どうして私が北条家にお味方しないなどということがありましょうか」

「なにやら随分と言葉を選んでいるようだが、結論を言えば、氏政が長尾景虎の関東侵攻を防げるわけがないから、もっともらしい理由をつけて上杉家に寝返るということではないか。氏政、これはわしらにとって分が悪い。氏業の話を真に受ける必要はないぞ」

 と、氏康は否定的な意見を言う。

 俺は、『さすが北条氏康。するどいな』などと考えていたが、当の氏政は父親の思惑に反して俺の挑発に乗ってきた。

「父上は、いつまでも私を子ども扱いしないでいただきたい。そして、氏業殿はもちろん私の手伝いをしていただけるのですよね。私は、長尾景虎の関東侵攻を防ぎ、関東の地に平和をもたらして見せましょう。いずれにせよ、金銀が採れてからの話ですがね」

 ということで、早速上田銀山・土肥金山・修善寺金山に金山衆を派遣することになった。

 俺は、横浜村に港湾施設を造りながら、鉱山開発を手伝い、必要に応じて氏政の相談にも乗ることになった。ちょっと忙しすぎじゃないかな。


◇ 北条氏政の見解

 私は北条家の次期当主であるから、皆は私を大切にするし、私の機嫌を取ろうと耳障りの良いことしか言わない。しかし、裏では優柔不断だの、井の中の蛙だの、弟たちの方が優秀だのと言われていることは私も知っている。常々、北条家の次期当主として力を示したいと思っていた私にとって、今回のことは渡りに船であった。

 父は、私が長尾景虎の関東侵攻を防げるはずがないと思っているようだが、私とていつまでも子供ではない。

 ありとあらゆる手を用いて長尾景虎を痛めつけ、私こそが北条家の跡取りとしてふさわしいと、天下に知らしめてくれよう。


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[一言] 歴史物からファンタジー物に成ってきたな。
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