第12章 永禄二年桶狭間の戦い
主な登場人物
長野右京進氏業(16歳):本作品の主人公。怨霊魔法の属性は風。
怨霊神業盛:主人公を長野氏業に転生させた張本人。
藤(14歳):長野氏業の婚約者その1。大石定久の娘。
菖蒲(26歳):長野氏業の婚約者その2。藤の侍女でくのいち。
長野信濃守業政(69歳):上野国箕輪城主。長野氏業の父。別名、上州の黄斑
藤井孫蔵忠安(20代前半):長野氏業の側近その1。石鹸担当。
青柳弥左衛門忠勝(20代前半):長野氏業の側近その2。ガラス担当。
牛尾平八郎忠教(20代前半):長野氏業の側近その3。硝石担当。
正木左近大夫時忠(39歳):軍事訓練及び水軍担当
堀口新兵衛:長野家の御用商人。
宇野家治:小田原商人。当主の指示で、箕輪城と横浜城に支店を出している。
守重・守次・守行(20歳前後):横浜城下の鍛冶職人。成重の甥。
権田政重(20代):横浜城下にやってきた権田鍛冶の代表
北条氏康(45歳):後北条家第三代当主。
北条氏政(22歳):北条氏康の嫡男。優柔不断。
大石氏照(18歳):北条氏康の三男。武闘派。
北条氏規(15歳):北条氏康の四男。現在は今川家に滞在中。
北条乙千代丸(氏邦)(12歳):北条氏康の五男。外交派で長野氏業と仲が良い。
松田孫次郎康郷(20歳):長野氏業と仲が良い。
武田晴信→信玄(39歳):甲斐武田家第十九代当主。別名、甲斐の虎。
小幡信貞(20歳):長野氏業の甥。怨霊魔法の属性は雷。
今川義元(41歳):今川家第十一代当主。別名、海道一の弓取り。
今川氏真(22歳):長野氏業と仲が良い。
松平元康→家康(17歳):安祥松平家第9代当主。戦国三英傑の一人。
織田信長(26歳):織田弾正忠家当主。戦国三英傑の一人。
長尾景虎(30歳):山内上杉家第十六代当主(予定)。別名、越後の龍。
年が明けて永禄二年となり、俺も一つ歳を取って16歳となった。
もし、史実通りであれば、今年は冷害で米が大凶作になるので、米の代わりにヒエを蒔かなければならないのだが、ヒエで喜ぶのは端柴稗吉(ハシバヒエヨシ:柴の半端な部分を取って生活していて、ヒエが実ると喜ぶようなつまらぬ男)だけだからな。氏康も、『ヒエなど鳥の餌』くらいにしか考えておるまい。あらかじめ、ヒエの美味しい食べ方を説明しておかないといかんか。
ということで、俺はミニチュア版反射炉で造った鉄砲と一緒に、ヒエの美味しい食べ方をまとめた瓦版を氏康に献上して、大凶作に備えるのであった。
ヒエの美味しい食べ方(例)
①糠は除かずに、ヒエ1斗につき小麦4~5升を入れて、水車で挽いてふるいにかけて団子にする
②ヨモギの若葉を入れると、味が良くなり食べやすくなる
(引用:二宮尊徳の生涯と業績 大貫章著 (株)幻冬舎ルネッサンス)
えー、そんな感じで過ごしていると、ついに横浜で建造中の原寸大反射炉が完成したので、今まで以上のペースで鉄砲を増産したり、密かに鉄製大砲を鋳造したりしていたのだが、武田家から大量の米を融通して欲しいという要請が来たのにはびっくりしたね。まあ、去年から飢饉に備えて米を買い占めていたから、売ること自体は問題ないのだが、それほど甲斐・信濃の飢饉はひどい状態なのだろうか・・・。
こうして、武田信玄(最近出家したらしい)に米を売ったり、鉄砲や大砲を造ったり、瓦版を刷ったりして過ごしていると、季節は巡って五月になった。
まだ梅雨前のはずなのに、やたらとジメジメした日が続くなあ。やはり、今年は冷夏になるのだろうか、などと思っていると、いきなり氏康から呼び出しがかかった。
俺は、取り急ぎ小田原城へと向かったのだが、なんか三の丸だけじゃなくて、大外郭の工事まで始まっているよ。まだ永禄も始まったばかりなのに、天正期の小田原城になってしまった。
まあそれは置いといて、肝心の氏康の要件は、『二百の兵を率いて今川家に向かえ』というものであった。なにやら、今川家による尾張侵攻が正式決定したので、北条家も北条幻庵を大将に援軍二千を出すことになったのだが、それに俺も参加しろということらしい。どうも、俺の参戦については、今川氏真の強い要望に加えて氏政の推薦もあったそうだよ。まあ、氏真については、こまめに本を贈っていたし、連絡も取り合っていたからわかるけど、何故氏政が俺を推薦するのか、意味が分からんな。
それにしても、今川義元による尾張侵攻って、あれじゃね。あの有名な、『桶狭間の戦い』がついに始まるということなのか。この戦いで今川義元は戦死して、今川家の名声は地に落ち、甲相駿三国同盟もおかしくなって、長尾景虎の小田原包囲戦につながっていくわけだが、うーん今川義元が死ぬのを分かっていて見殺しにするってどうなのだろうか。もちろん、必ずしも史実通りになるとは限らないが、何も手を打たないのは人道に反するというか、俺自身罪悪感で耐えられないのですよ。ただ、俺は他家の人間だから、今川家のやり方に口出しできるわけないし。まあ、氏真に俺の見解を伝えておいて、俺の考えが杞憂に終わるのを願うといったところかな。
一応念のために言っておくが、俺は今回の戦いでは騎兵を用いることにしたよ。まあ、機動力を優先したかったからなのだが、理由は聞かずとも分かるよね。それに、これから梅雨の季節になるので、鉄砲も使えなくなるしね。
そうそう、氏康には冷害対策をきちんとするよう、念を押しておいたよ。すると、
「おぬしには去年助けられているからな。この件についてはわしに任せ、おぬしは援軍のことだけを考えるがよい」
そう、氏康は答えるのであった。
◇北条氏政視点◇
長野氏業を排除するため、今日も弟の氏照や松田憲秀らと話し合いを続けていたが、容易に結論は出なかった。奴を罠に引っ掛けようとしても、何だかんだで上手く切り抜けてしまうからな。
そんなある日のこと、ついに今川義元による尾張侵攻が始まるとの報を受けた。
「これは好機ですぞ。尾張攻めに氏業を巻き込みましょう。今川軍は、大軍といえども補給に難あり。一方、うつけと評判の信長は、少し調べれば分かりますが、かなりの戦上手にございます。もし、今川家が敗れるようなことになれば、奴の常勝という戦歴に傷をつけることができます。勝ち戦だとしても、所詮他家の戦にございます。奴が武勲を上げる機会などありますまい」
この松田憲秀の発言に対し、
(他に名案があるわけでもないし、そうするより他あるまい)
そう思った私は、氏業の参戦を進言するため、父氏康のいる大広間へと向かうのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇小幡信貞視点◇
一向宗の寺で食糧を配り始めてから5ヶ月が経過した。
今では、三河の民・土豪・国人のほとんどが一向宗に改宗し、三河はさながら本願寺の持ちたる国といったところか。
オレ自身、一向宗の坊主や三河の武将たちと顔を合わす機会が多くなったのだが、奴らは事あるごとに今川家への不平・不満を訴え、松平元康が唯一の希望であるが、駿府に人質を取られている限り独立は不可能、と愚痴をこぼすのであった。
ふむ、駿府にいる人質を逃がせば、三河は独立できるということか・・・。
この間、本多正信という武将と懇意になったのだが、こやつは三河武士というよりは根っからの一向門徒だな。かなり頭の切れる奴で、こいつに三河を独立させて本願寺の持ちたる国にするのはどうかと提案すると、嬉々として策を巡らし始めたわ。
そうして過ごしていると、ついに今川家の尾張侵攻が開始するとの情報が、御屋形様からもたらされた。
それでは、怨霊の種を植え付けたカラスを多数放って、今川軍の進路を探るとするか。今川義元本隊が尾張に侵入したら、その情報を梁田政綱に伝えて、信長本隊に義元本陣を衝かせることにしよう。もし、信長が奇襲に失敗したとしても、御屋形様にお墨付きを頂いたオレの雷撃で・・・フフフ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
本作品では、羽柴秀吉の語源を『端柴売りのヒエヨシ』としています。
戦国時代のような身分制社会で出世をする人にとっては、能力を発揮して仕事を成功させることと同じくらい、出世に対する他者の悪意や反感をいかに封じるかが重要となります。
羽柴秀吉とは、『私は皆さまとは違う、卑しい身分の者です』という意味であって、秀吉流の護身術なのだそうです。
参考:逆説の日本史11戦国乱世編 井沢元彦著 小学館文庫




