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第11章 不気味な平穏

弘治三年(1557年)10月下旬 武蔵国横浜城


 横浜城に帰ってきた俺たちは、みかじりの戦いの後と同様に藤殿や家臣たちの出迎えを受け、すぐさま宴会場へと案内されたのであった。またも、城内の人や村人たちも含めて、皆でどんちゃん騒ぎをすることになったのだが、今回の料理には麦芽糖を用いたどら焼きやホットケーキ等の菓子類も加わっていた。乙千代丸と孫次郎は、唐揚げや天ぷらにたいそう驚き、藤殿に作り方を教わっていた。菓子類も、『これは甘い。甘いぞー』などと言いながら、夢中になって食べている。まあ、この当時の砂糖は高価で、なかなか手に入らない物であったしね。そんな感じで宴会の翌日、乙千代丸と孫次郎には孫蔵を案内役に付けて横浜城の視察をさせておくとして、俺は家臣たちを集めて今後の方針について話し合いをすることにしたのであった。


 まず、状況確認ということで、今回の三浦三崎の戦いで北条水軍が圧勝したことによって、里見家がいよいよ追い詰められたことを皆に説明した。下野の宇都宮広綱は、氏康の支援で宇都宮城を回復したわけだから当然北条家の味方であるし、広綱は佐竹義昭の二女を妻に迎えることになっているため、宇都宮家を挟んで北条家と佐竹家は同盟関係にあるともいえる。

 つまり、この関東の地には、安房の里見家しか北条家の敵はいないということだ。

「ということは、里見が降れば、いよいよ北条家の天下取りが始まるということですね」

 声を上げた弥左衛門は、興奮しているせいか鼻息が荒かった。

 俺は、弥左衛門を落ち着かせてから、話を続けた。

「と思うところだが、話はそう単純ではない。里見義堯は、長尾景虎が援軍をよこすまで、何年でも籠城を続けるであろうな。一方、景虎は関東侵攻の正当性を得るために上洛し、将軍から関東管領就任の許可を貰うことになるのではないかな。それに、今川義元殿も天下に大望をお持ちと伺っている。北条家が関東平定間近となれば、今川家も上洛に向けて朝廷や将軍家への働きかけを強めるであろうな。そうであれば、この1~2年は来たるべき大戦オオイクサに向けて、諸大名が外交合戦を繰り広げることになるであろう」

 なんか、俺に対して家臣たちが物凄い尊敬の念を向けてくるね。さすが、『麒麟児』や『上州の孔明』と呼ばれるだけのことはある、なんて声も聞こえる。弥左衛門や平八郎は、『一生若殿についていきます』といった感じで、忠犬みたいになっているなあ。本当は、家臣たちにも自分で考えて判断する力を身に着けて欲しいのだが、下手に家臣に任せて史実通りに長野家滅亡なんてことになっても困るしな。まあ、俺の怨霊魔法の威力も増すので、良いことなのか?うーん、『崇拝者すなわち自身で考えることを放棄した人間が増えると英雄の力が増す』、もしくは、『恨み・妬み・嫉妬などの負の感情が社会に蔓延すると、怨霊の力に魅入られた人間が本人もろとも周囲を破壊し尽くして世の中をリセットする』という仕組み(俺は、これを『怨霊・御霊システム』と呼ぶことにしたよ)は、本当に世の中のためになっているのだろうか。なんかね、怨霊・御霊システムは人々の絶望とか無力感が生み出した現実逃避のシステムに思えて仕方がないのだが、今のところは使えるものは全て使って戦国の世を生き抜くことにするよ。

 話を元に戻そう。

 今後の方針について、しばらく大戦は無いわけだから、内政の充実と軍事力強化に注力するのはどうかと、俺は皆に提案した。

 せっかく南蛮船二隻が手に入って伊豆諸島の探索も認められたので、軍事力強化のため、青銅砲を船に積み込んで南の無人島でその威力を確認してきて欲しいことを伝えると、時忠は『ついに、あの大筒を打つことができるのですな。実に興味深いことです』と大乗り気で、すぐにでも出航しそうな勢いであった。

 とりあえず、乙千代丸と孫次郎の隙を見て青銅砲を南蛮船に積み込んだ上で、準備ができ次第南蛮船を出航することにしたのであった。もちろん、伊豆鳥島までアホウドリを捕まえに行くという名目でね。乗組員は、水夫・常備兵の一部と正木時忠・青柳弥左衛門・牛尾平八郎たちで、伊豆・小笠原諸島の地図や方位磁針も持たせておいたよ。

 とにかく、海上で難破または漂流して、船と人間が横浜に帰ってこれなくなることだけは避けて欲しいね。ちなみに、方位磁針については、中小坂鉄山(群馬県下仁田町)の磁鉄鉱に鉄製の針をくっつけておいたら、簡単にできたよ。

 あとは、大戦に備えて食糧を増産したり、横浜港に集まる商人を使って様々な地域の情報を収集するのも良いのではないかな。そうやって集めた情報を用いて瓦版を作れば、領民の識字率向上にも役立つしね。こんな感じで、これからも出来そうなことにはどんどん挑戦していくことにするよ・・・。


 また話が脱線したので元に戻すよ。

 ひとまず青銅砲は時忠たちに任せるとして、乙千代丸と孫次郎の相手は、やはり俺がしないといけないのだろうな、ということで探知の怨霊魔法で彼らの居場所を探ると、横浜港にいるのが分かった。現在、横浜港は入港船舶数の増大に対応するため拡張工事が行われているのだが、二人は工事現場の見学をしているようであった。そこで、早速現場に赴くと、二人は孫蔵にコンクリートについて質問をしている所だった。孫蔵は、どこまで教えて良いものか困っているようなので、俺が孫蔵に代わって二人に説明することにしたのであった。

「このコンクリートですが、生石灰(酸化カルシウム:CaO)と川砂を水で混ぜて作ったものでして、見ての通り流動的で素早く固まるので、型に流し込めば箱型以外の建物を建てることもできます。コンクリートは圧縮力に強く、引張力に弱いという性質を持ちますが、中に竹筋を入れることで引っ張りに対する強さを強化しています。ちなみに、生石灰は山から掘り出してきた石灰岩を窯で焼いて製造しますが、人体に悪影響を及ぼすので取り扱いには注意してください。肌に触れれば炎症が生じ、吸い込めば呼吸困難になり、目に入れば失明します。あと、この辺りの川砂には富士山や箱根山の火山灰が混ざっているのですが、その火山灰にはコンクリートを緻密にする作用があるようです」


 ここで川砂についてひとこと。箕輪城ではコンクリートを作る際に榛名白川の川砂を使用しているが、これにも火山灰が大量に含まれているよ。その原因としては、6世紀に榛名山が度々大規模噴火を起こして、箕郷町方面に火砕流が流れたためなのだが、このことは未来の箕郷町がコンクリート産業で発展することにも繋がるのであった。

 

 閑話休題。こんな感じで、俺は二人にコンクリートについて説明をしたのだが、乙千代丸と孫次郎は『どうか、コンクリートの製造方法をご教授願いたい』と、土下座をせんばかりの勢いで俺に頼み込んできたのであった。

(これは、実際にコンクリートの製造方法を知りたいのは氏政であって、この両者は氏政に頼まれて横浜城まで来たといったところか。コンクリートについて知りたければ、氏政が直接俺に尋ねれば良いものを。やはり、『俺を殺す宣言』した手前、俺に頼みごとをするのは気が引けるということかな)

 まあ、小心者の氏政に振り回される両者に罪は無いし、氏政との関係悪化も避けたいということで、二人に石灰の産地と石灰窯について教えることにしたのであった。

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