決戦 みかじりの戦い
安中忠成率いる一千の軍勢が後閑城に攻めかかるのとほぼ同時に、鉄仮面率いる千五百の山賊軍団も城から出撃した。すぐさま両軍は入り乱れ、鉦、太鼓、法螺貝の音や、武者押しの声が戦場に満ちた。
「どうやら始まったようじゃの」
俺に声をかけたのは、久々に現れた怨霊神業盛であった。
「我は、争いや破壊、混沌が大好物だからの。戦争ともなれば、こうして現れるのは当然のことであろう。ところで、おぬし気付いておるか?後閑城の方向に見える、あの邪悪な気配を」
そう怨霊神が言うので、目を凝らして後閑城の方を見ると、確かに黒い靄のようなものが見える。こいつはつまり、
「そうじゃ。あの山賊軍団は怨霊の力で強化されておるぞ」
ふん、おかしいと思ったんだよ。普通、正規兵より山賊の方が強いことなんて、ありえないからね。それにしても怨霊の力か。えーと、鉄砲って怨霊の力に通用するのか?そんなことを考えていると、怨霊神曰く
「多分通用すると思うぞ。怨霊の力は人々の思いを糧としておるが、弾丸は人々の思いなど関係なしに撃ち抜くであろうが」
だそうだ。まあ、既に賽は投げられているわけだし、この期に及んでジタバタしたところでどうにもなるまい。俺は、ただひたすら決戦の時が訪れるのを待つのであった。
先鋒隊は、かねてからの打ち合わせ通り、敗勢のふりをして撤退を始めた。それを見た鉄仮面は、周囲の者が止めるのも聞かずに、先鋒隊の追撃を開始した。
「敵は罠にかかった。敵を二十八間(50メートル)まで引き付けてから、銃撃を開始する」
俺は鉄砲隊に指示を出すと、あとは敵が近づいて来るのを待ち構えた。
安中忠成率いる先鋒隊は、所定の位置まで戻ると、左右二つに分かれた。
その奥に見える山賊軍は、先鋒隊のことなど見向きもせずに、真っすぐ鉄砲隊に向かって突撃してくる。
「業政、氏業、覚悟」
なんて声も聞こえるが、俺たち親子が目標であれば、敵自ら鉄砲隊に近づいてくるということで、かえって好都合だ。
敵が50メートルまで迫ったのを確認すると、俺は鉄砲隊に射撃の合図をした。
後から考えると、まさにこの時この瞬間が時代の転換点であった。そう、銃火器時代の到来という意味でね。
「鉄砲隊、第一列、放て」
ダダダダーン
敵先頭の騎馬隊は、銃撃によって次々と倒れていく。だが、大将の鉄仮面は南蛮鎧を身にまとった上で身体強化もしているらしく、あまりダメージを受けていないようだ。まあ、進軍は止まったけどね。
「続けて、第二列、放て」
ダダダダーン
「第三列、放て」
ダダダダーン
「第一列、弾込めは済んでいるな。では、放て」
ダダダダーン
先頭の鉄仮面は、襲撃の合間に突撃しろと命令しているようだが、周囲の者は既に逃げ始めている。
あれ、なんか鉄仮面の黒炎が濃くなったと思ったら、血を吐いて倒れやがった。
『じゃあ、鉄仮面を捕らえて山賊軍の追撃に移ろうか』と思ったら、既に氏照が追撃を始めていた。ちなみに、安中忠成の先鋒隊は、真っ先に逃げ出した山賊たちを追撃しているよ。
氏照が鉄仮面を捕らえようとしたまさにその時、一陣の風と共に仮面の騎馬武者十二騎が現れた。その内の一騎は、鉄仮面を馬上に担ぎ上げると、すぐさま信濃方面へと逃走した。
敵大将を逃がしてなるものかと、氏照軍も追撃を試みるが、わずか十一騎の騎馬武者にいいようにあしらわれる。ちっ、氏照軍が邪魔で、援護射撃ができぬではないか。父業政は、後詰の五百の兵に氏照軍への加勢を命じている。あっ、やたらと長い刀を持った騎馬武者が、氏照に襲い掛かった。やばい、氏照がやられる。
その瞬間、上州軍の動きに隙が生じた。もちろん、敵がその隙を見逃すはずもなく、騎馬武者たちは信濃方面への逃走に成功したのであった。
敵大将を逃したのは痛いが、まあ過ぎたことは仕方ない。騎馬武者との戦いで気を失った氏照は、父業政に安中城まで運んでもらうことにした。父上が目を光らせていれば、氏照も我が儘を言わないんじゃないかな。
しばらくすると、山賊軍を追撃していた安中忠成と先鋒隊も戻ってきた。山賊軍の半数を討ち取ったようで、忠成は『これで、父や後閑長門も浮かばれるというものです』なんて言っている。
では、気を取り直して、後閑城の接収に向かうとするか。
ということで、安中忠成の先鋒隊と俺の鉄砲隊は後閑城へと進軍したのだが、後閑城の兵千五百に戦う意思はなく、俺達を見るとすぐさま降伏した。
後閑城に残っていたのは、周辺の村から集められた村人たちであったが、『おらたちは、家族を人質に取られていたから、仕方なく山賊に従っただけだよ』『どうか殺さねーでくれ』などと言っている。まあ、脅されていたという理由はあるが、実際略奪等の犯罪行為に加担しているからね。判断は、各領主に任せることになるのだろうな。
こんな感じで、西上州は多大な被害を被ったものの、みかじりの戦いは我々の大勝利に終わったのであった。
怨霊神業盛もこの戦いに満足したようで、『なかなか良いものを見せてもらったぞ。ではまたな』といって消滅した。
鉄砲の三段撃ちという新戦法は、瞬く間に全国へと広まった。壬生・佐竹・里見は、鉄砲隊に攻撃されたらたまらないと思ったのであろうか。すぐさま兵を引き、自領へと逃げ帰ったのであった。
小幡家が武田家に通じているという噂もいつの間にか消えていたので、おそらく山賊どもが上州に攻め込むにあたって、国人同士を離間させるために噂を流したのだろうという結論に至り、小幡家と周辺国人衆との不和も解消されたのであった。小幡家の疑いも晴れて、『めでたしめでたし』といったところかな。
こうして、関東一円に巻き起こった一連の争いは終結したのであった。
◇真田信綱視点◇
私は、内藤昌豊殿と共に軍監として小幡信貞の陣に赴いたのだが、それはあくまでも表向きの名目である。御屋形様は、今回の上州侵攻は威力偵察と位置付けており、私と昌豊殿には上州諸城の偵察と、いくさに敗れた際に信貞を無事に撤退させることが命じられていた。
上州に侵攻した我々は、早速吾妻郡・群馬郡・甘楽郡などの城を見て回ったのだが、攻めにくさでは国峰城に劣るが、活気という点で見れば、やはり箕輪城が一番だな。
私は、幼い頃箕輪城に住んでいたことがあるのだが、その頃と比べると、各段に城下町が広がっているな。やたらと大きな建物も建っているし、高い城壁は攻めるのに苦労しそうだ。
それらも脅威といえるが、なにより城内から響く銃声の数に驚いた。鉄砲の数は、少なく見積もっても百挺以上あるに違いない。箕輪城攻めはかなりの苦戦を強いられると、御屋形様に報告せねばいかんな。
そんな感じで偵察を続けていると、信貞から『敵軍に攻勢の気配あり』との報告を受けた。
あれだけ負けが続いているというのに、まだ攻める気力があるというのか。それとも、何か策でもあるのだろうか・・・。
翌日、安中忠成が一千の兵を率いて後閑城に攻め寄せてきたが、明らかにまともに戦う気がないのが見て取れた。戦いが始まってしばらくすると、安中忠成は敗走を始めた。
『これは罠だ』と思い、信貞に兵を引くよう提案するが、信貞は『長野業政と氏業が戦場に出てきている今攻めずして、いったいいつ攻めるというのだ』と言って、私の言うことを聞かない。結局、信貞は私の発言を無視して、追撃を開始した。
『こいつは危ない』と思い、昌豊殿と共に信貞を追うが、信貞の山賊軍は鉄砲隊の銃撃を受けて、早くも敗走し始めていた。
信貞は、怨霊の力で山賊軍の立て直しを試みたようだが、一度崩れた軍勢を立て直すのは、どんな名将であっても難しいことである。案の定、信貞の体は怨霊の力に耐えられず、信貞自身は血を吐きながら落馬してしまった。
ある意味、御屋形様の予想通りと言うべきであろうか。私は、昌豊殿に信貞を任せると、騎馬武者十騎と共に追手の大石氏照軍三百を迎え撃つことにした。
今回の目的は、あくまで信貞と我々が無事信濃に撤退することだからな。私は、攻撃目標を氏照に定めると、三尺三寸の「青江の太刀」で氏照に襲い掛かった。それなりには鍛えているが、常在戦場の我々と戦うには、今少し力不足のようだな。私は、氏照を落馬させて戦闘不能にすると、氏照軍が混乱したその隙を突いて、信濃方面へと逃げることに成功した。
他の騎馬武者も、無事信濃に逃走できたようで、なによりだ。
それにしても、鉄砲を多数揃えて連続撃ちさせると、このような破壊力を持つことになるとは。早速御屋形様に報告し、判断を仰がないといかんな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇小幡信貞視点◇
気が付くと、オレは何故か甲斐の躑躅が崎館にいた。
どういうことだ。オレは上州で戦っていたのではないのか。みかじりで、鉄砲隊の銃撃を受けてからの記憶が抜けているな。オレが、こうして躑躅が崎館にいるということは、やはり氏業の鉄砲隊に敗北したということなのか。
しばらくすると、御屋形様から呼び出しを受けたため、新しい着物に着替えて大広間へと向かった。
『どうせ叱責を受けるのであれば、先に謝ろう』ということで、御屋形様の御前に参るや否や、土下座にて謝罪した。
「此度は、御屋形様のご期待に沿えず、誠に申し訳ございません」
すると、御屋形様が言うには『敗戦の叱責ではなく、恩賞を渡すために呼んだ』とのこと。
「それは、どういうことでしょうか」
とオレが尋ねると、御屋形様は『氏業の新戦法である鉄砲の三段撃ちを引き出せたのは、おぬしの上州での働きがあってこそだ。礼を言うぞ』と答えた。
そして、オレは『景清の太刀』を拝領したのであるが、結局オレは氏業の引き立て役でしかなかったということではないか。この太刀が、御屋形様お抱えの名工によって怨霊の力を注ぎこまれた逸品であることも、オレをより一層惨めな気持ちにさせたのであった。
おのれ、氏業め。この屈辱は生涯忘れん。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇大石氏照視点◇
氏業の新戦法である鉄砲の三段撃ちを初めて見た時の印象は、『こんなふざけた戦があってたまるか』であった。
わずか数日射撃訓練をしただけの鉄砲足軽が、歴戦の強者たちの命を奪っていくのである。おそらく、これからの戦いは鉄砲足軽が主役になるのであろうが、それを認めたら、立派な武人になるために幼い頃から日々鍛錬に明け暮れていた私の人生そのものが否定されてしまうではないか。
その恐怖心が、私を追撃へと駆り立てた。
少しでも多くの敵を討ち取って、父上に私の存在価値を知らしめねばならぬ。
しかし、私は突如現れた大太刀を持った騎馬武者にいいようにあしらわれ、気がつくと安中城の布団の中にいたのであった。
くそっ、むざむざと生き恥をさらしてしまうとは。このままでは、父上に合わす顔がないではないか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
第8章 完
戦争:みかじりの戦い
年月日:弘治三年(1557年)四月十五日~四月二十三日
場所:上野国碓氷郡みかじり
結果:上州軍(北条軍)の勝利
上州軍(北条軍)指導者・指揮官
前哨戦:安中忠政、安中忠成、後閑長門
本戦:大石氏照、安中忠成、長野業政、長野氏業
戦力:約3100
戦死:約500(安中忠政、後閑長門討死)
山賊軍(武田軍)指導者・指揮官
鉄仮面(小幡信貞)、内藤昌豊、真田信綱
戦力:約3000
戦死:約750
降伏:約1500




