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長野氏業、尼瀬で臭水を精製する

 翌日、景虎と俺たちは、ランビキと臭水掘削に必要な道具を持って、一日半かけて尼瀬(新潟県出雲崎町)へと向かった。せっかくの機会なので、道中景虎の人となりを見させてもらうことにしたのだが、氏政が昨日からずっと大人しくしているのは気になるな。景虎に苦手意識でも持ってしまったのだろうか。でも、氏政も二十歳で立派な大人なのだから、心配するのは却って失礼かと思い直し、俺は景虎の観察に専念することにした。

 景虎は、幼いころ林泉寺(曹洞宗)に入門していただけあって、やはり自力の人と言うべきであろうか。であれば、絶対他力の浄土宗や浄土真宗は認められぬであろうし、相容れない関係になるのもしょうがないかな。実際、あやつら(浄土宗や浄土真宗)は菩提心(悟りを求める心や世の人々を救おうとする心)を否定し、聖道門(自力で悟りを開こうとすること)を不当に排除している、なんてぼやいていたしね。

 ただ、俺的には、宗教なんて社会の安定装置ぐらいにしか思っていないから、社会が安定するのであれば聖道門(自力修行を認める)でも浄土門(他力本願しか認めない)でもどちらでも良いと思っている。というか、バランス(儒教的に言えば中庸)が重要ではないかな。

 つまり、人々の心に余裕がない戦国乱世では他力(浄土門)寄りにして、戦乱が収まって人々に余裕が出てきたら自力(聖道門)の割合を増やすのがいいと思うんだけど、どうだろうか。

 あと景虎を見ていて気になったのは、大酒飲みで、やたら塩辛いものを好むことだ。

 今は若いから良いけれど、このままの食生活を続ければ、血圧が高くなって、史実通り脳卒中で早死にするだろうね。そこで、食生活の改善を提案してみたのだが、『好んで早死にするつもりはないが、死ぬときは死ぬ、ただそれだけではないのか。好物を我慢してまで、生に執着するつもりはない』なんて言われてしまった。まあ、これも一つの生き方だ。俺にとやかく言う資格はない。ただ、景虎は国主である。背負うものが大きければ大きいほど、影響を受ける人々も多くなるのだから、自身の健康管理をないがしろにすべきでないことを主張すると、その考え方にも一理あるか、と思い直してもらえたようであった。尤も、食生活改善を受け入れてもらえるかはわからないけどね。

 その他、景虎は自分にも他人にも厳しく、理想が高いため、真の意味で人の弱さとか欲深さ(どうしようもなさ)を理解していないのではないかな、と思った。この辺りは、景虎の人間性が今少し丸くなることに期待するとしよう、なんて考え方は少し偉そうかな。


弘治三年(1557年)3月17日 越後国山東郡尼瀬(三島郡出雲崎町)


 景虎に案内されて尼瀬に着いた俺たちは、早速油井に案内された。

 越後の臭水は、相良のものと違って重質油で、不純物が多いんだよね。だから、石油ランプに使うと、油煙が多く、臭気も甚だしくなるわけだ。

 そして、臭水を採取する手掘り井戸は、海岸・畑地・丘陵等至るところに確認できた。越後人は、随分と仕事が早いね。まだ井戸を掘り始めたばかりだから、浅い所から簡単に臭水を採取しているけど、いずれ井戸が深くなると、坑壁の崩壊を防いだり、坑夫を昇降させたり、抗夫のためにふいごで新鮮な空気を送らなければならないので、いろいろ面倒臭くなるんだよな。とりあえず、手掘り井戸の問題点や改良点、あと上総掘りについて説明しておくとするか。

 そして、肝心要の臭水精製であるが、俺は早速ランビキを用意し、油田開発に携わっている村人を集めて、実際に臭水精製をする様子を実演して見せたのであった。


 えー、今まで酒や臭水の蒸留で度々利用してきたランビキ(兜釜式焼酎蒸留器)であるが、説明がまだだったので、ここで簡単に解説してみたいと思う。

 ネットで調べると、ランビキとは「熱水蒸留法」のための三段構造の装置と書かれている。

 最下段に原料と水を入れて加熱すると、ランビキ内部を水蒸気と揮発成分が上昇し、それが冷水の入った最上段の底に触れて冷やされると露になり、内壁を伝って中段の樋に溜まった露を、中段から外に突き出ている管を通じて容器などで回収する流れになる。

 簡単に言うと、原料を熱して気化させた揮発成分を冷やして露にして、それを回収するといったところかな。

 分かりにくい説明で申し訳ないが、大間々町(群馬県みどり市大間々町)にある博物館で実物を見たときは、『こいつは凄い』と衝撃を受けたものであったよ。

 周囲の村人たちも、『あの黒い液体が無色透明になるとは』と驚いていた。

 実際に、精製した臭水を石油ランプで使用してみたが、品質は相良のものと同等で、煙も臭いも気にならなかった。

 とりあえず、ランビキをいくつか置いていくので、あとは村人に任せれば良いかなと思っていると、何か問題が発生したのであろうか、村人の一部が景虎の家臣に何かを訴えている。

景虎の家臣は、景虎に近寄ると、その内容を説明した。

 なにやら、村人たちは臭水で汚染された畑や井戸を浄化して欲しいと、景虎に訴えているらしい。そりゃあ、臭水を掘っていれば周囲が汚染されるのは当然と言えるが、景虎はどうやってこの問題を解決するのかな?そんなことを考えていると、景虎は俺にも現場までついて来るよう言い出しやがった。まあしょうがない、俺(と氏政と護衛たち)も景虎と一緒に現場に向かうのであった。

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