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箕輪城への帰還

弘治三年(1557年)3月10日 上野国箕輪城大広間


 箕輪城の大広間では、俺・氏政たち一行、父業政、藤井・青柳・下田等長野家の重臣たちが宴を囲んでいた。一応主君の嫡男ということで、氏政が上座に座っているね。父業政は、その氏政にしきりに酒を進めているようだが、まあこの辺はお約束といったとこかな。

 とりあえず、氏政の相手は父に任せるとして、俺は料理を楽しむとするか。

 ぱっと見たところ、塩分控えめで、干し椎茸等の出汁を用いた味付けにしているようだ。俺が以前進言した内容が守られているようで、何よりだ。

 あっ、芋串があるじゃん。俺は前世でも芋串が大好物で、伊香保に行く途中にある古民家風の食事処で、良く買って食べたものだ。ちなみに、芋串とは蒸した里芋に味噌ダレをつけて炭火で焼いたものだよ。ねっとりとした里芋の食感と、炭火で焦げた味噌ダレの相性が良く、実に美味である。芋串美味し。

 そして、隣の小皿にあるのは、毎度おなじみの梅干か。俺は、前世も今世も高崎出身ということになるのだが、梅干ってあまり好きじゃないんだよね(梅の生産量は、群馬県が全国二位で、市町村別にみると高崎市が全国三位(東日本では一位)となる)などと思いつつ梅干を箸でつまむと、これは梅干しの柔らかさではない。こいつはもしかして・・・

「そうじゃよ。それは、おぬしが小田原に行く前、料理人に作り方を教えたカリカリ梅じゃ」

 いつの間にか、父業政が隣に座っていた。

「父上、氏政様はどうされましたか」

「氏政殿は酔いつぶれて、お付きの者たちと厠に行っておるぞ。そんなことより、そなたはわしに何か言いたいことがあるのではないか。お目付け役が不在の今のうちに話すがよい」

 さすが父上、話が早い。ということで、父業政に懸案事項を話すことにした。

「まず、小幡家が武田家に通じているという噂については、武田家の仕業で間違いないと思います。武田家は、近い将来上野国にちょっかいを出してくることでしょう。今のうちに、武器・弾薬・兵糧を準備しておく必要がありますが、現在箕輪城に火縄銃は何挺ありますか?」

 一応、念のために言っておくと、横浜城の火縄銃は、鍛冶職人に作らせたり購入したりで三百挺まで増えているよ。

「うむ、百挺くらいかな。ところで、おぬしはいったい火縄銃を何挺揃えるつもりなのか?」

「できれば、三千挺揃えたいです。千人ずつ三組の鉄砲隊を作って、入れ違いに発砲させて、戦場には常時千の弾丸が飛び交う状態にしたいと思っております」

「うっ、三千挺の火縄銃を用いた三段撃ちだと。おぬしは、何と恐ろしいことを考えつくのじゃ。・・・わかった、できるだけ多くの火縄銃を揃えることにしよう」

「それと、箕輪城が直接攻撃されることも想定されるので、今のうちに城下町ごと竹筋コンクリートの城壁で囲んで、箕輪城を総構えの城にしてしまいましょう」

「今の箕輪城の防備では、心許ないと申すか。わかった、この件についても早めに取り掛かるとしよう」

「あとは、今更なのですが、氏政に無用な警戒心を持たせたくありません。そこで、私は無類の女好きという風を装いたいと思います」

「なんじゃ、結婚もまだなのに、気になるおなごができたというのか。おぬしもやるのう。別に、元服したのだから側室の一人や二人増やしたところで問題なかろう」

「いえ、今回は婚約者である藤殿の侍女をしている、菖蒲という忍びを側室にすることを考えています。菖蒲は、氏康様が送り込んだ間者なのですが、藤殿と仲が良く、小田原で人質になっている母親を引き取ることができれば、長野家に忠誠を尽くすと言っております。菖蒲を側室にすれば、小田原にいる菖蒲の母親は、私にとって義母になります。義母に孝行を尽くすという口実で、菖蒲の母親を横浜城に引き取りたいと思います」

「なんとも面倒臭いことを考えておるの。まあ、おぬしがそうしたいというのであれば、わしは反対せぬが、その二人と結婚すると決めたのであれば、必ず二人とも幸せにするのじゃぞ」

「もちろん、心得ております。あと他に言っておくことは・・・、えーと、父上は己の信じる道をお進みください。私への遠慮は無用にございます」

「ふん、親に対して随分と偉そうな言い草だな。おぬしこそ、わしへの遠慮は無用ぞ。おっと、ちょうど氏政も厠から戻ってきたようだな。では、またな」

 そう言うと、父業政は元の席へと戻っていった。

 俺は、父業政と話をして、改めて自身のしがらみとか責任といったものが増していくのを感じた。正直そういうの嫌なんだけど、頑張るしかないか。

 カリカリ梅を食べながら、俺はそんなことを思っていたのだが、ふと、長尾景虎の酒の肴は梅干だったことを思い出した。であれば、景虎への土産にカリカリ梅を追加した方が良いかな。梅干が好物であれば、きっとカリカリ梅も気に入るであろう。 


◇北条氏政の見解◇

 氏業とともに四日ほど鎌倉街道を北上すると、最初の目的地の箕輪城に到着した。

 田舎の山城と思っていたが、意外と活気があるな。商人の数も多いようだ。

 城下町に入ると、妙な猫の置物のある大きな建物が目に入ってきた。

 孫蔵に確認すると、その建物は旅籠を兼ねた温泉施設とのこと。

 やはり、私にはわからない材質を用いているようだな。あとで、氏業から情報を引き出さないといかんな。

 それにしても招き猫温泉か。このような建物を作れば、物流が活発化して、運上(営業税)も増えるであろうな。

 あと気になったのは、城下町がすごく清潔に保たれていることだ。横浜城もそうであったが、住民に石鹸が行き届いているということか。これなら、疫病も退散するであろうな・・・。

 私たちは、城下町を北に進み、搦手口から箕輪城に入城したのだが、そこで我らを出迎えたのは長野業政殿本人であった。

 さすが、歴戦の古強者といった感じで迫力があるな。だが、何より度肝を抜かれたのは、氏業に対していきなり故事を問い掛けてきたことだ。私は、当初業政殿が何を言っているのか分からなかったのだが、よくよく考えると、庭訓の教えだということがわかった。

 それにしても、いきなり故事が出てくる業政殿も凄いが、それに対応できる氏業はもっと凄いな。そして、二人よりはるかに頭の回転の遅い自身のことを思うと、もう笑うしかないな。

 

 翌日、父業政と母おふく御前に見送られた俺たちは、二日酔いで辛そうな氏政を連れて、東山道を信濃方面へと進んだ。碓氷峠を越えて信濃国に入ると、今度は北国街道に移って越後方面へと進む。

 途中、善光寺(長野県長野市)を参拝して、なおも北国街道を北上すること五日、俺たちはついに春日山城に到着した。道中にはまだ雪が残っていて、結構進むのが大変だったよ。


弘治三年(1557年)3月15日 越後国春日山城


 春日山城下に到着した俺たち一行を出迎えてくれたのは、長尾家の重臣、直江実綱であった。直江実綱と言えば、直江兼続の義父として有名だね。

 それにしても、いくら朝廷の口添えがあるとはいえ、敵国の若造二人の出迎えに重臣を出してくるとは、長尾景虎も思い切ったことをするものだな。朝廷の威光も侮れないということなのか、それとも景虎自身が商業の重要性を認識していて、今後臭水を販売することで越後にもたらされる利益を考えれば、この程度のことは当然と考えてのことなのだろうか。

 俺たちは実綱と共に春日山城を登ったのだが、これはもう登山だよね。本丸に行くだけで、今日の仕事は終了といった感じだ。

 本丸御殿に到着すると、実綱は俺たちを小部屋に連れて行き、そこで装束を改めるよう促した。この後、着替えたら御実城様(長尾景虎)の下へ案内するというので、俺と氏政はささっと着替えて、実綱と共に景虎の待つ大広間へと向かったのであった。


 大広間では、長尾家の家臣たちが平伏して、俺と氏政を待ち構えていた。上座には、敷物が三つ並べられていた。ここに、景虎・氏政・俺が座って会談することになるかな、などと思っていると、またもや異様な圧迫感を感じ取った。そう、北条氏康・織田信長・武田晴信と会った時に感じ取った、例のアレである。平伏している長尾家の家臣たちの方を見ると、20代後半と思われる武将の背後に、白い炎が燃え上がっていた。

 俺はその武将の傍に座り、こう声をかけた。

「弾正少弼(長尾景虎)様ですね」

「氏業殿か。その方であれば、必ずやわしの正体を見抜くと信じておったぞ」

 顔を上げた景虎は、ニヤリと笑うと、上座へと移動した。

 俺も、景虎と共に上座へと移動したのだが、先に着座していた氏政は気まずそうにしていた。普通、国主が家臣の席に座っているなんてことは無いから、別に氏政が気に病む必要はないんだけどね。

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