第1章 長野業盛に転生してしまった
長野成氏→長野松代丸:本作品の主人公。アラフォー公務員長野成氏は、怨霊の力で9歳の長野松代丸(業盛)に転生させられる。
怨霊神業盛:非業の死を遂げ、怨霊化した長野業盛。主人公を9歳の長野松代丸(業盛)に転生させた張本人。
長野業政:上野国箕輪城主(群馬県高崎市箕郷町)。長野松代丸(業盛)の父。業政は、主君上杉憲政と同じ「政」の字を使うのは恐れ多いということで、業政から業正に改名したと言われています。本小説では、当初の業政で統一します。
藤井孫蔵忠安:松代丸の側近その1。石鹸担当。
青柳弥左衛門忠勝:松代丸の側近その2。ガラス担当。
牛尾平八郎忠教:松代丸の側近その3。硝石担当。
堀口新兵衛:長野家の御用商人。
プロローグ
時は永禄九年(1566年)9月29日、ここ上野国箕輪城は、武田信玄率いる2万の軍勢に攻められ、今まさに落城の時を迎えようとしていた。
箕輪城主長野右京進業盛、最後の戦いをせんと上泉伊勢守秀綱とともに二百の兵で武田軍に突撃し、たちどころに敵二十八騎を討ち取った。
その時、業盛の白糸威鎧は、敵兵の血で真っ赤に染まっていたと言われている。
武田軍に一泡吹かせたと見るや、業盛は速やかに城内へと戻った。
もはやこれまでと、上泉秀綱に礼を述べた業盛は、御前曲輪の持仏堂に入り、父業政の位牌を三拝して、一族郎党とともに自害したのであった。
『業盛辞世の句』 春風に 梅も桜も 散りはてて 名のみぞ残る みのわの山里
第1章 長野業盛に転生してしまった
令和2年(2020年)5月26日
気が付くと、そこは一面真っ白な世界であった。
俺はいったいどうしてこんな所にいるのだろう。
俺の名前は長野成氏。吹けば飛ぶような、しがないアラフォー公務員である。
ちなみに、出身大学は地学系で、地質・地理・気候が専門である。
元来勉強好きで、大学時代から気象予報士やら火薬類取扱責任者などの資格を取得していたことをPRした結果か、就職超氷河期と言われた時代でも、何とか地方公務員の職を得ることができた。
刺激はないけど、安定した、あまり変わり映えのしない日々を送っている。
一応、戦国時代の西群馬でトップクラスの実力を誇った箕輪城主長野家(群馬県高崎市箕郷町)の末裔ということになっているが、本当のところは分からない。
まあ、実家に長野家関係の古文書があったり、地元のまつりに参加すると甲冑を着せられて喜ばれる程度である。
今日も、感染症対策で箕輪城のトイレや手すり、ベンチをアルコール消毒していたはずだったのだが・・・。
どうしたものかと途方に暮れていると、どこからともなく黒いもやもやしたものが現れ、俺に話しかけてきた。
「成氏よ。我は長野右京進業盛、怨霊神である。我は、箕輪長野家が我の代で武田信玄に滅ぼされたことが口惜しゅうてならぬ故、怨霊と化してしまった。我が望みは、箕輪長野家を滅亡から救い、子孫を繁栄させること。その為に、おぬしを長野業盛に転生させ、滅びの運命を回避させることにしたのだ。おぬしが目覚めるとき、そこはおぬしの大好きな戦国時代であるぞ。さあ、おのれの職務を全うするがよい」
ビシッという音とともにポーズを決めた怨霊神業盛が目に浮かぶようだが、それはそれとして、
長野業盛(1544~1566)、上野国(群馬県)の戦国武将。在五中将(在原業平)の後裔と称する。父は長野業政。兄・吉業が河越城の戦い(1546年)で戦死したため、業政の死後家督を継ぐ。武田信玄の侵攻を一度は防ぐが、衆寡敵せず、箕輪城落城時に一族郎党とともに死亡。享年23。
その業盛が、歴史を変えるために俺を戦国時代に転生させる、と言っている。
「あのー、怨霊神様。いきなり戦国時代に転生と言われましても、今私はどんな状態になっているのでしょうか?」
怨霊神業盛にこう尋ねると、
「おぬしはいわゆる神隠しにあった状態じゃな」
とのこと。
衝撃の事実発覚!神隠しは怨霊の仕業であった。
怨霊は自らの無念を晴らすため、波長の合う人間を未来からさらって、人生のやり直しをさせているらしい。
俺は、長野家の一族で、業盛と波長があったため、転生者に選ばれたらしい。
えーと・・・、「怨霊神の願いを叶えれば元の時代に戻れるのか」「よくある転生特典はないのか」など、怨霊神にいろいろ質問してみたのだが、
「ええい、ごちゃごちゃうるさい。我は知っておるぞ、おぬしが異世界転生物を好むことを。ひそかに、古い技術で未来の品を再現できないか実験していることもな。退屈な現実に飽き飽きしていたのであろう?おぬしの大好物である戦国時代に転生できるのだから、むしろ我に感謝するがよい」
そして、俺の意識は闇の中へと沈んでいったが、最後に頭の中に浮かんだのは、異世界転生物より日常系アニメやマンガの方が好きとか、どうでもいいことであった。
意識が途切れる間際、怨霊神は俺の耳元でささやいた。
「もし我との対話を望むなら、頭の中で念じるがよい。気が向いたら応えてやらんこともないぞ。ではまたな。」
「・・・・・」
「松代丸、松代丸・・・」
俺を呼ぶ声が聞こえる。
意識が覚醒していく。
眼を開くと、古民家のような見慣れない天井が見えた。
「松代丸、良かった。目が覚めたのですね」
枕元に、心底ほっとした表情の女性が見えた。
この30代後半のふくよかな女性は・・・。
顔を見ると同時に記憶がよみがえった。この身体の持ち主の母、おふく御前だ。
松代丸?業盛の幼名であろうか。
身体を起こすと、ずいぶんと身長が低いことがわかった。まだ子供の体である。
「母上、ここはどこで、今は何年ですか」
「まあ、頭を打って記憶が混濁しているのですね。ここは上野国箕輪城。今は天文21年ですよ」
天文二十一年と聞いてすぐ西暦に直せるのは、戦国時代が専門の歴史学者ぐらいであろう。
まあ、1550年代といったところかな。
そんなことより、戦国時代の箕輪城である。
感情表現が乏しいといわれる俺でも、さすがにワクワクしてきた。
「母上、ちょっと外の風にあたってきます」
目覚めたばかりなのだからおとなしく寝ていなさい、と押しとどめる母を振り切り、俺は外に飛び出した。
吹く風はまだ冷たさを感じるものの、日差しには力強さを感じる。
今が盛りと咲き誇る梅の花からは、梅の香が漂っている。
地形と上毛三山の位置からここが箕輪城であるのは間違いないが、未来と違うのは人々の様子である。
あの鬱蒼とした森の中を観光客が歩いている箕輪城ではない。
武士や城勤めの人々でごった返した、生きた箕輪城の姿がここにあった。
「すげー。本物の戦国時代の箕輪城だ」
梅の花咲き誇る春の良き日に、俺は長野業盛に転生してしまった。
業政あらわる
えーと・・・、部屋に戻った俺はこれからのことを考えた。
今後、未来の知識でチートするにしても、父である長野業政の協力は絶対に必要である。
まさか、あなたが死んで5年後に長野家は滅びるので、売れそうな新商品を開発して金をためて、最新の武器・防具を揃えましょう、なんて言えるわけもないし・・・。
未来のことを口走って、狐憑きとか言われて切られるのは避けたいなあ、なんて考えていると、廊下が騒がしくなり、襖が勢いよく開いた。
「松代丸、少々頭を打ったぐらいで気を失うとは何事だ」
背は低いが、眼光鋭い老人が話しかけてきた。
この人は・・・。目にした瞬間確信した。
長野信濃守業政、今世の父親である。
長野業政(1491~1561)、上野国箕輪城主。上州一揆の旗頭として西上州の国人衆をまとめ、箕輪長野家の全盛期を築き上げた知勇兼備の名将。武田信玄をして、「業政ひとりが上野にいる限り、上野を攻め取ることはできぬ」と言わしめたことで有名。またの名を上州の黄斑(虎)。某戦国シミュレーションゲームでも武力が90を超えているなど、とにかく戦争に強い武将として知名度が高い(と思う)。
箕郷町で生まれ育った人であれば、誰もが知る有名人の登場である。
テンションが上がるのを何とか抑え、居住まいを正し、
「父上、母上、ご心配をおかけして申し訳ございません」
と頭を下げた。
転生云々について話す・話さないも含め、業政への協力要請はしばらく様子を見てからすることにした。いわゆる問題先送りであるが、優柔不断じゃないよ。
業政は、しばらく鍛錬を止め、座学を中心に行うよう指示をした後、未だ軍議の途中である旨を伝え去っていった。
俺の長野業政の第一印象は、厳しくも優しい人といった感じであった。
そういえば、業盛は永禄六年(1566年)に二十三歳で死亡するのだから、年齢から西暦がわかるではないか。早速、母親のおふく御前に確認すると、俺の年齢は九歳とのこと。
だとすると、俺に残された時間はあと十四年か。
滅びの運命を回避するために与えられた武器は、現状己の知識のみ。だけれど、
「現代知識で、武田信玄や北条氏康をきりきり舞いさせてくれよう」
俺は、ワクワクする気持ちを抑えきれないのであった。
◇長野業政の見解◇
松代丸が目覚めたとの報告を受け、部屋で顔を見たとき、少々違和感を覚えた。
以前は、暇さえあれば野山を駆けずり回り、遊ぶことしか考えていなかったはずだが、目の前の息子からはずいぶんと落ち着いた印象を受ける。
おふくはたいそうおっとりした性格故、気にもしないであろうが、箕輪長野家の嫡男としての自覚が出てきたのなら良いことである。
わしも、もう六十歳を超えた。いつ死んでもおかしくない歳である。
もしもの時のためにも、松代丸を厳しく育て上げねば・・・。
天文二十一年(1552年)3月
早速、翌日から講義が始まった。
家庭教師は、長純寺の僧法如である。
母は、数日休ませればよいのにと言っていたが、俺としては現状把握もできるし、むしろ好都合である。
法如からは、論語や史記、孫子などの授業を受けたが、俺も中国の古典は読み込んでおり、一家言をもっている。専門家との議論は楽しいなあ、なんて考えながら自分なりの解釈を述べていると、法如は驚きの表情をしていた。やべー、言い過ぎたか。
法如以外では、家老兼傅役の藤井友忠や母おふく御前にも話を聞いてみた。
すると、つい先日、関東管領上杉憲政の居城である平井城(群馬県藤岡市)が北条氏康に落とされ、上州は大混乱していることがわかった。どうりで、父業政も忙しそうにしているわけだ。
上杉憲政は、嫡男をほったらかしにして、さっさと沼田方面に逃げてしまったため、関東管領山内上杉家の威信は、だだ下がりだそうだ。
ここで、業政の取ることのできる選択肢は三つ存在する。『①上杉家に与して北条・武田家と戦う』、『②北条家に与する』、『③武田家に与する』である。
①は事実上不可能であろう。上州の国人衆が混乱し、組織的に防衛できない状況下で上杉家に義理立てしたとしても、平井城を落として勢いに乗る北条軍と武田軍に挟み撃ちにされて、あっという間に長野家は滅亡である。
後世の軍記物だと、業政は一貫して上杉方の武将として北条や武田の侵攻を度々防いだとあるが、実際は周囲の国人衆と共に北条家に属していたようである。だとすると、②が現実的なのだろうか。
③についても考える。結局箕輪城は武田信玄に落とされるのだから、今のうちに国峰城(群馬県甘楽町)の小幡家と共に武田家に属するのも悪くないかもしれん。ただ、1582年に武田家が滅亡することを考慮するとやはり北条家か、などと考えていると、急に気分が悪くなり、冷や汗が流れてきた。
転生前に感じた怨霊神の圧を感じる。
だめだ、武田家の家臣になると怨霊神に呪い殺される。
そもそも、上杉憲政に出していた平井城の人質を北条方に押さえられた時点で、北条家に属する以外の選択肢はなかったよ。
間もなく、長野家が北条家に服属することになったことを、業政本人から聞いた。
長野家が上杉家を見限ることに思うところはないのか、と問われたので、
「父上が熟慮して決めたことに、どうして私ごときがとやかく言うことができましょうか」
と、できるだけ言葉を選んで回答した。父に意見するにしても、実績を積んで信頼関係を得てからでなければ、父のやり方をなじったと勘違いされてしまうからね。
いずれにせよ、これで1560年まで八年弱の、つかの間の平和を得ることができた。
この間に、新商品・武器・防具等の開発を進めなければならないが、業政にどのように話を持って行けばよいのだろうか?そんなことを考えていると、当の業政から呼び出しを受けた。
「父上、お呼びでしょうか」
「松代丸、この父に何か言いたいことがあるのではないか?親子なのだから遠慮は無用ぞ」
うーん、さすが父上。俺が何か考えていることなどお見通しということか。
ここまでお膳立てされているならと覚悟を決めた。
「父上、先日気を失ったときに恐ろしい夢を見ました。父上の亡き後、武田晴信に箕輪城を攻め落とされ、私は自刃して長野家が滅亡する夢です。私は早死にしたくありません。未来を変えたいのです」
さらに、夢の中で様々な知識を伝授されたことも付け加えた。
「箕輪城下の特産品として、(数多の戦国時代転生者と同様に)石鹸や硝子の碗を生産し、金を稼ぎましょう。その金で火縄銃や国崩しを揃えましょう。硝石を安定供給する仕組みは確立できていますか?できていないなら硝石の大量生産も始めましょう。培養法や硝石丘法で生産するにしても4~5年かかるので、今すぐ始めましょう」
などと、調子に乗ってぺらぺらと話していると、業政がおもむろに口を開いた。
「何か言いたげな様子だったので呼んでみれば、新たな特産品の生産と火器の調達に硝石の安定供給か。もしそれが可能なら、武田晴信率いる数万の軍勢も撃退できるであろうな。ちなみに、お前に知識を伝授したのは何者か?」
「元湯彦命と名乗っておりました」
業政がにやりと薄ら笑いを浮かべる。
「ふむ、榛名神社の御祭神か。悪霊の間違いではないのか?わしが、そのような与太話を信じるとでも思っておったのか」
業政が刀を抜き放ち、俺の首元に刃を突きつける。
「わしの殺気を前にして、泣きもせず、随分落ち着いているな。このような事態も想定していたということか。いずれにせよ、九歳の子供の振る舞いではない。お前は何者だ」
「私は、父上が我が家門に利益をもたらす可能性のある者をいきなり殺すような、不合理な行動はとらないと信じております。私が大人びて見えるのは、夢の中で十数年の時を過ごしたからです」
ここが正念場と、あくまで冷静を装い業政の目を見続ける。
「よく分からぬことも多いが、とりあえず合格点をやろう。金と人を用意してやる。作業場は、三の丸の屋敷を使え。明日から、石鹸・硝子の碗・硝石の生産を始めるがよい」
そう言うと、業政は刀を鞘に納めた。
やべー、死ぬところだった。
でも、業政の協力を得ることができた。大成功といっても過言ではあるまい。
明日から忙しくなるぞ。頑張ろう。
◇法如の見解◇
士別れて三日なれば、即ち更に刮目して相待すべし、という故事成語は、将に若様のためにあると言っても過言ではあるまい。
あれほど勉強嫌いで、授業から逃げ回っていた若様が、頭を打って気を失ってからというもの、まるで別人のように勉学に励んでいる。
いつの間にか、和漢の古典を読破していたようだが、特に儒教に造詣が深く、天道・人道の違いについて指摘されたときは、とっさには回答できなかった。
私は、天道即ち天の意思に従って生きることが、この国の平和に繋がると考えていたが、若様が言うには、天道とはあくまでも自然界の法則であって、人間社会を平和に導くには、人々は人道に従って生きなければならないそうだ。ちなみに、人道とは天道に従いながらも、その中で人の身に便利なものを善とし、不要なもの悪とすることである。分かりやすく言うと、稲を育てるのに天(日光)の力は必要だが、天は稲も雑草も平等に育ててしまうので、我々は天の意思に反して雑草を抜かねばならない、こういうことだそうだ。
ちなみに、人道に従うというのは世の中の役に立つ人間になるということであって、これは神道・仏教・儒教に限らず、ありとあらゆる教えの共通の目的なのだそうだ。そう、どの登山口から山に登ったとしても、終着点は同じ山頂だというように・・・。
若様は、二宮金次郎(1787~1856)という方の言葉を引用しただけだというが、この考え方には驚きを隠せなかった。二宮金次郎とは、いったい何者だ?唐土の孔子にも匹敵する思想家ではないのか。若様が言うには、200年以上前に生まれた人物だそうだが、これほどの人物が無名であるはずがない。もしかしたら、若様ご自身が考えついた事柄ではなかろうか。
このことは、早速業政殿に報告せねば。
一応、補足説明で一言。読者様もお分かりのこととは思うが、何故『世の中の役に立つ人間になる』ことが人生の目的になるかといえば、それは人間が自分一人の力だけで生きることはできないからである。つまり、人間は生まれながらに社会から様々な支援を受けているのだから、私利私欲のため自分勝手に生きて、社会を混乱させることは許されないということだ。世の中の役に立つとは、社会の安定や発展のために力を尽くす事だと、俺は思っている。
◇長野業政の見解◇
松代丸の様子がおかしいとの報告を受けたのは、わしの竹馬の友、法如からであった。
法如が言うには、息子は和漢の古典に通じ、儒教の知識は法如のはるか上をいくそうだ。
法如は、『長野家の将来は安泰ですな』などと言っているが、わしは素直には喜べなかった。つまり、わずか九歳の子供の知識が、専門家のそれを越えているということではないか。
そんなこと、あり得るはずがない。
家老兼傅役の藤井友忠にも確認したところ、やはり人が変わったように思われるとのこと。次男の藤井孫蔵忠安を側仕えとし、若様の様子を探らせるのはどうか、との提案を受けた。
何か悪いものに憑りつかれているなら叩き切ってやろうと思い、部屋に呼び出して話を聞くと、さらに斜め上のことを言われた。
石鹸・硝子の碗・硝石の生産も驚いたが、特に衝撃を受けたのが、わしの死後数年で箕輪長野家が滅亡するということ。
息子が言うには、八年後、越後の長尾景虎が上杉憲政公を擁して関東の地に攻め込み、わしは周囲の国人衆と共に長尾家に応じるとのこと。長尾景虎は、十万余の大軍で小田原城を包囲するも、攻め落とすこと能わず、越後に兵を引く。その後の上州は、長尾・武田・北条の草刈り場となり、その混乱のさなか、箕輪城は武田晴信に攻め落とされるという。
そこには、ただの夢物語として切り捨てられない信憑性があった。
もしこの話が現実になれば、上州はいくさで荒れ果てた不毛の地と化してしまう。
それだけは、何としても避けねばならぬ。
悪霊であれ何であれ、益がある限りは役に立ってもらうぞ、松代丸。
現代知識を活用して特産品を作ろう その1
次の日の朝、大殿(業政)の命ということで、早速3人の若者がやってきた。
藤井孫蔵、青柳弥左衛門、牛尾平八郎である。
「箕輪の特産品開発のため、我ら三名身を粉にして働く所存にございます。秘密厳守についても重々心得ております。若様におかれましては、元湯彦大神に伝授された知識を遠慮なく、我々にお示し下され。もし、情報が洩れるようなことがあれば、いつでもこの命を投げ出す覚悟はできております」
どうやら、俺の知る未知の知識・技術については、一切疑問を持つなと厳命されているようだ。さすが父上、有能である。
「情報漏洩は注意してほしいけど、いちいち死ななくてよいからね。そもそも、皆の命を守るために商品開発をするのだから」
と言うと、若様はなんと慈悲深い、といった感じで皆が感動の涙を流している。
これでは、いつまで経っても話が進まないので、早速仕事を割り振ることにした。
「藤井孫蔵は石鹸の製造をお願いします。菜種油・青倉(群馬県甘楽郡下仁田町青倉)の石灰・木の灰・酒を用意してください」
「青柳弥左衛門はガラスの碗や皿の製造です。陶器生産で使われている珪砂(釉薬の原料)を集めてください。下野の鹿沼・尾張の瀬戸・伊豆の宇久須などで産出される白い砂で、踏めばキュッと音が鳴るよ。水晶を砕いたものでも代用できるので、入手しやすい方を用意してください」
ちなみに、藤井孫蔵と青柳弥左衛門は、最後まで業盛の傍にいて、箕輪城落城後は業盛の子を抱いて吾妻方面へ落ちていったと軍記物には書かれている。なんだか、忠誠心がすごそうだ。
そして、残りの硝石生産は、牛尾平八郎にお願いした。
「建物の中に穴を掘り、土と干し草(ヨモギが一番良い)と蚕糞を交互に入れて4~5年発酵させると、塩硝土ができます。このやり方は時間がかかるので、当面は古民家の床下の土を集めて、硝石を生産します。臭くて汚い仕事をすることになるけど、ごめんね。あと、硫黄と木炭の用意もよろしく」
と言うと、平八郎曰く
「汚れ仕事でもなんでも、拙者にお任せください」
とのこと。こいつは、業盛の命を助けるためにあえて武田信玄と通じたぐらいだから、本当に汚れ仕事もしかねんな。ちなみに、武田との内通がばれた平八郎は、業政の墓前で腹を切っている。
「それから、石鹸・ガラス・硝石を生産するには大量の燃料が必要になるので、皆で乗附村(高崎市乗附町)の燃石(もえいし・高崎炭田の亜炭)を掘りに行きましょう」
ひとまず説明は終わりにして、続けて道具探しをすることとした。
ある転生者は、紙作りに必要な道具を作るための道具がないと騒いでいたが、城主の嫡男である俺は、その点有利である。
とりあえず、使っていない鍋・桶・石臼などは全て引き取り、作業場に放り込んでおいた。薬研(鉱石をすりつぶす道具)・秤・ふいご・ランビキ(兜釜式焼酎蒸留器)は、商人に注文しておけばよいかな。
あと、シャベルやつるはし、ガラス加工に使うハサミ・金ごて・ピンセット・ヤットコ・吹き竿なども欲しいけど、設計図を書いて鍛冶師に特注しなければならないなあ。まあ、試作品ができてからおいおい作っていけばよいか、なんてことを考えながら城内を彷徨っていると、黒鍬が見つかった。亜炭掘りについては、当面の間これを使うことにしよう。
こんな感じで、1カ月が経過した。
孫蔵は、御用商人の堀口新兵衛から菜種油と木の灰と酒を入手したそうだ。後で、俺も紹介してもらおう。石灰は、青倉川(群馬県甘楽郡下仁田町)の河原で拾ってきたとのこと。
弥左衛門も、商人から珪砂を得ようとしたが、この辺りでは取り扱っていないらしい。他国から輸入するにしても時間がかかるので、甘楽郡の村々を回って水晶を集めてきたそうだ。なにげに甘楽郡すごいな。
平八郎は、三の丸作業場の穴掘りや干し草作りをする一方、床下土を集めるために民家を回っている。やはり、シャベルは早めに作った方がよさそうだ。あと、木炭は城で使っているものを拝借し、硫黄は草津白根(群馬県草津町)で採れたものを入手した。
こうして、徐々に材料も集まり、俺の戦国転生ライフは順風満帆。史実では不幸な人生を送った孫蔵・弥左衛門・平八郎の三名も、今回は幸せな人生を歩めるんじゃないかな・・・、なんて思っていた時期が、俺にもありました。
「怨霊神様、怨霊神様、緊急事態です。助けてください」
天文二十一年(1552年)4月
「怨霊神様、怨霊神様、どうか返事をしてください」
俺は、頭の中で怨霊神業盛に呼びかける。すると、黒炎をまとった怨霊神が現れ、面倒くさそうに返事をした。
「まったくもってうるさいのう。いったい何事じゃ?」
「石鹸・ガラス・硝石の大雑把な作り方はわかるのですが、肝心の詳細な部分を覚えていません。父業政からは、試行錯誤できるだけの予算は頂いていないので、このままでは大法螺吹きとして首を刎ねられてしまいます」
そもそも、転生者がちょっと知識を披露しただけで、次々に新しい製品ができる方がおかしいんだよ。それこそ、映像記憶能力保持者でもない限り、ネットも資料もない戦国時代で新商品開発などできるものか、などとひとり憤っていると、怨霊神曰く、
「忘れた記憶を呼び戻すことなら、できるぞ」
とのこと。それではと、石鹸の作り方についてお願いすると、確かに情報が頭の中に浮かび上がってきた。そうだよ、これだよ。こうでなければ、未来の知識で生産系チートなんかできるわけがない。
「さすが怨霊神様。日ノ本の最高神!」
などと怨霊神をおだててみたら、まんざらでもないご様子。今こそ怨霊の秘密を探るチャンス。ということで、いろいろと質問してみると、新事実が判明した。
怨霊は、人々の恨みや憎しみ、嫉妬などの負の感情を糧にして、この世に災いをもたらす存在であるが、怨霊神業盛によると、天候を操作して災害を引き起こすことができるとのこと。
日本周辺の降水域や雲分布も分かるというので、それを頭の中で見せてもらうと、なんとGMS画像(静止気象衛星の可視画像)であった。思いがけず、怨霊気象衛星をゲットしてしまった。
天候の操作については、既に降ったり吹いたりしている雨風を強くすることはできるが、水蒸気がない状態で雨を降らせたり、気圧傾度なしで風を吹かせることはできないらしい。
つまり、西高東低の冬型の気圧配置時に南風を吹かせたり、高気圧の真下で雨を降らせることはできないということだ。
その他、怨霊に憑りつかれた人間は、記憶を呼び戻す魔法(俺は、ひそかに怨霊魔法リコールと名付けた)だけでなく、身体強化系の魔法も使えるようになるそうだ。
なんだよ、転生特典あるじゃんと思ったが、ここで気になったのは、怨霊の力を使うことで何か代償を差し出す必要があるのではないか、ということ。例えば、寿命が減るとか、自身が怨霊と化してしまうとか。その点について怨霊神に尋ねると、
「私利私欲で怨霊の力を使い続けると怨霊化する可能性があるが、おぬしは我のために力を使うのだから問題あるまい。まあ、多少疲れるくらいじゃ」
とのこと。そもそも、日本は八百万の神々に護られし国なのだから、特段苦労をせずとも世の中は丸く治まるはずである。しかし、この世には戦乱や自然災害を起こして世の中を乱す存在がおり、昔の人はそれが怨霊によるものだと考えた。かくして、日本の政治は怨霊の鎮魂こそが最重要とされるようになり、仏教や儒教の導入・祭りの開催・和歌を詠んだり物語を書くなどの様々な手段を通じて、怨霊の悪しき力を聖なる力に変換する試みがなされてきたのである。その点、怨霊神業盛の願いをかなえるために行動することは、まさに怨霊を鎮魂する手段そのものといえよう。俺は、怨霊神の聖なる力を用いて怨霊魔法を使うのだから、全く問題ないということだね。
閑話休題。今までいろいろと怨霊について考察してきたが、怨霊神業盛には、むしろ人の手による暗殺を注意すべきだと言われた。
「史実と異なる動きをして歴史を曲げると、思わぬところで思いもよらぬ人から恨みを買うものじゃ。それに、怨霊よりも生きている人間の方がよほど恐ろしいぞ」
だそうだ。いずれにせよ、代償が不要なら何も問題はない。早速孫蔵を呼び、石鹸の生産から始めることにした。
さて、転生者がいかにも簡単そうに作る石鹸であるが、原料は植物油と海藻灰を使っていることが多い。『油に灰を入れてひたすら掻き混ぜると、簡単に石鹸ができる』と本に書かれているが、これこそ『大雑把な作り方はわかるが、肝心の詳細な部分がわからない』の実例である。例えば、海藻灰といっても何という海藻なのかとか、油何グラムと灰何グラムを何時間掻き混ぜればよいのか、など。それに、油と水酸化カリウム(アルカリ)をいくら掻き混ぜても、白い泡が発生するだけで全く石鹸にならなかったぞ。どう考えても、高濃度のエタノールが必要でしょう。
とりあえず、海藻灰は不明な点が多く入手も困難なので、今回は木の灰を用いたカリウム石鹸を作ることにした。材料は菜種油と水と水酸化カリウムとエタノールで、質量比は10:5:2:3とした。
ここで一番難しいのが水酸化カリウムの製造であるが、木の灰に水を入れ攪拌してできた上澄みに、亜炭で熱した石灰(酸化カルシウム)を加えるやり方で、水酸化カリウム溶液を作ってみた。一方、エタノールについては、ランビキで酒を蒸留してエタノール濃度を濃くしてみたのだが、実に面倒くさかった。
あとは、菜種油に水酸化カリウム溶液と高濃度のエタノールを加えて攪拌し、ある程度硬くなったら石鹸の完成である。クリームのような柔らかめの石鹸になってしまったが、木箱に詰めて軟膏みたいにして使えば良いかな。
早速、試作品の石鹸を業政に持っていくと、
「まさか、話を聞いてから1カ月そこらでできるとは思わなかったぞ。おぬし、実は麒麟児だったのか?」
と言うので、
「いえ、私は少々口を出しただけで、実際に材料を用意して作ったのは孫蔵です」
と答えた。謙虚さは美徳。
なおも褒め続ける業政に対し、
「私が作り方を発見したわけでもないのに、そのように褒められますと罪悪感で腹が痛くなります。勘弁してください」
と言うと、業政は『本当に謙虚なのだな。別に、自分の手柄にしたところで、誰からも文句は言われないだろうに』とあきれ顔であった。
そんなやり取りの後、業政はおふく御前と女衆を呼び、早速石鹸で手洗いや洗濯をさせてみた。すると、普段使っている灰とは比べ物にならないくらい汚れが落ちるというので、皆がわいわい騒いでいる。
女衆の様子を見て、売り物になるのを確信したのであろう。ここからの業政は実に早かった。城の一部を改造して石鹸工場とし、御用商人の堀口新兵衛を呼んで販売計画を立てさせた。さらに、家臣の家族で口の堅い者を数名選び、孫蔵の下で石鹸づくりの手伝いをさせることも決めた。欲しいものがあるならついでに注文するがよい、と業政が言うので、シャベル・つるはし・ルツボや、ガラス加工に必要な道具も注文した。絵図面も渡したから、多分作れるんじゃないかな。
「石灰を焼く窯も必要だったな。それも用意してやろう。そういえば、小幡領の青倉で石灰が採れると聞いたが、それならば小幡の連中に話を通しておく必要もあるか。松代丸、今から出かけるぞ。行き先は国峰城(群馬県甘楽町)だ」
「承知いたしました」
父親の命令は絶対である。俺に拒否権などあるわけないのであった。まあ、国峰城の小幡憲重・信貞親子とは一度会っておきたかったので、ちょうど良かったかなと思い直したりもした。
◇堀口新兵衛の見解◇
今日、大殿からの呼び出しを受けた。
話を聞くと、若様が石鹸の製造方法を解明したので、販売面で手を貸してほしいということであった。南蛮から伝来してまだ数年しか経っていない石鹸を作ってしまうとは、もしかして若様は天才か?
石鹸とは別に、道具の注文も受けた。いずれも、今まで見たことの無い代物である。なにやら、ものすごい金儲けのネタを掴んだ気がする。よし、鍛冶職人の成重に頼んで大至急道具を完成させ、若様の信頼を得て、新たな金儲けのネタを教えていただくことにしよう。
◇長野業政の見解◇
最近、松代丸の評判が実に良い。
毎日勉学や読書に励んで仕事熱心という以上に、人との接し方が素晴らしいとのこと。あくまで行動は謙虚で、いたずらに他者を責めず、常に自らの行動を顧みているなど、古の聖人君子そのものではないか、と言われている。特に、藤井孫蔵は松代丸に心酔しており、若様であれば戦乱の世に終止符を打つことができるのではないか、と言って憚らない。
実際、政治や外交のことを話題に振っても、出てくる意見はしっかりしたものであり、断じて九歳の子供のものではない。
そうこうしているうちに、遂に石鹸が完成したとの報告を受けた。この調子であれば、ガラスの碗や硝石も間もなくできそうだ。その後は、商品開発に限らず、もっと多くのことに役立ってもらうぞ、松代丸。
第一章 完