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7話 死神と海

「──で、ゆきちゃん、なんかしたいことないの? あと5時間もないぐらいだけど」


 食べおえたクレープの紙をねじりながら、僕は考える。

 空を見て、落ち葉が流れる川面を見たとき、ふと、


「……海が見たいな」

 呟いてしまった。


『海! あたしも見たいっ』


 ヴィオの食いつきがすごい。

 梶君はすぐにスマホで何か調べて、立ち上がった。


「こっからなら、バスと電車で2時間ぐらい。よし、行くぞぉ」

「え? うそ? 行くの? え?」

『ゴーゴー!』


 ヴィオは頬を桃色に染めて、『海だよ、海!』と一人ではしゃいでいる。

 僕は上着のボタンをしめて、バッグにマフラーを詰めていると、待ちきれないヴィオに、引っ張られるようにして歩き出した。

 梶君のナビでバス停に向かう僕らだけれど、不安なことがある。

 ──ファントムだ。


「ね、バスのなかにファントムが乗り込んできたら、もう、ヤバくない……?」

『たしかにぃ』

「マイナーな路線バスと、ローカル電車で移動するから、人自体、乗ってないって」


 梶君はどこまでもお気楽だ。

 彼の目にかかっているところもあるのに、全くもって気にしていない。


「ありがと、梶君」

「こういうのはね、勢いと、楽観すること! オレは、そう思ってる」


 着いたバス停には誰もいなかった。時刻表を見ると、四十五分おきの路線だ。


「これは、使いづらいかも」

「でしょ? このバスに乗って、駅で電車に乗り換え。その電車も各駅停車だから、のんびり行こー。ま、もっと早いのもあるけど、それだと人が多いから無理ってことで」

「ぜんぜんいいよ。ちょっとした小旅行で、楽しいから」

『あたしも楽しいっ!』


 ヴィオが勢いよく僕に抱きついた。

 頬擦りする勢いのヴィオを僕は押しのけようとするけれど、彼女は死神だ。おかまいなく、僕にベッタリ。僕の首に腕をまわし、ヴィオは色白の顔を寄せて、ニコニコと笑っている。


『あたしさ、友達と小旅行、めっちゃ夢だったんだ。めっちゃ嬉しい! ありがと、ゆきちゃんっ』


 整理券を取って座るのは、一番後ろの座席だ。

 右側に三人並ぶけど、さすがに間をあけられないので、梶君、僕、ヴィオの順。

 だったのに、ヴィオは何故か僕の膝の上にいる。


「なんで僕の膝の上にいるの?」

『トラちゃんと会話できないじゃん』

「そうか。でもさ、」

『わぁ! バスに乗るってだけで、なんか新鮮っ』

「無視しないでよ」

「ゆきちゃん、怒らない。ヴィオちゃんは重さもないんだし、いいじゃんいいじゃん。ヴィオちゃんって、バスに乗ったことってないの?」

『一応、あるって感じかなぁ。だけど、いつもはただくっついてるだけだから、乗ってるって感じじゃなくってさぁ』


 するとヴィオは、僕の右肩と梶君の左肩に手をかけ、膝を立てると、後ろを覗きだした。


「ちょっと、」

『いいじゃん。これするの、夢だったの!』


 楽しそうに、小さなお尻がローブと一緒に揺れるけれど、これが見えているのは僕だけだ。ため息をつきかけたとき、梶君が親指を立ててきた。


「ファントムいないし、大丈夫」


 今、このバスに乗っているのは、乳児を連れたお母さんと、おじいさんが一人、年配の主婦が一人。きっとこの状況がいいために、この時間のこのバスに乗った人たちなんだろう。

 すぐに次のバス亭に着くけれど、誰も乗らずに移動が始まる。


「ね、ゆきちゃん、何で海なの?」


 窓を見ながら梶君が言う。僕は座席の揺れを楽しみながら、言葉を選んでいく。


「川を見てたらさ、幼馴染と、海に行こうって約束してたの、思い出したんだ……あれ以来、海に行った記憶がないし、いいかなって……」

「徹底してるねぇ」

「怖がりだからね」

「あのさ、ヴィオちゃん静かなんだけど」

「うん。なんか、大口開けて寝てる」


 すぐに後ろを見るのに飽きたヴィオは、僕をソファにように扱い、のしかかって寝だしたのだ。

 少し配慮して声を小さくしてしまうけど、しなくてもいい配慮なのかも。


 ぱっかりと口を開けて寝る姿を見ていると、ほんの少しだけヴィオの重さを意識できる。

 これが彼女の存在感なのだと思うと、まるで魂の重さのようで、守らなきゃいけない、なんて思ってしまう。

 僕が守られる側なのに。

 何回目かの停留所で、初めて乗客が乗り込んできた。でも人数は1人。お婆さんだ。


「梶君、どう?」

「ヤバい……」

「……え⁉︎」

「ファントム憑いて、ない! 驚いた?」

「やめてよ、マジビビるし……」

「お、ゆきちゃんもそんな顔するのね」

「マジ、やめてよ、ホント」


 それからの会話は本当に適当で、でも楽しかった。それこそ、先生の悪口やら、次のテストの話、梶君の友達の話とか。

 そんな他愛のないことを話しているうちにバス移動は終わってしまい、電車移動に切り替わる。

 動き出した電車だけれど、ヴィオはずっと窓の外を眺めている。再び座席に膝を立てて見入る姿は、まるで幼児。ルンルンと足を揺らしながら、僕に振り返った。


『ゆきちゃん、どんどん海が近づいてるねぇ。すっごい楽しみ!』

「のわりには、さっき寝てたじゃん。だからじゃない? いろいろ失敗するの」

『ゆきちゃん、うるさい。死神だって寝るんですぅ』

「ヴィオちゃんの夢って、どんなのなの?」


 僕と梶君の間に浮きあがると、薄紅色の唇に指を当て、考えているようだ。


『……夢は覚えてないんだ。でも、いっつも懐しくって、すごく楽しかった、って思って起きるよぉ』


 僕はなんとなく、それが僕らの見る夢とは違う雰囲気を感じる。

 この、夢という単語から、僕らの話題は広がり始めた。

 白黒の夢なのか、カラーの夢なのか、正夢とかはあるのか。

 さらには、将来の夢の話にまで──


「そうそう、オレ、バーやりたいんだよねー」

「なんで?」

「カッコよくない? 姉貴のカフェ手伝うことあってさ、夜、アルコールも出すのよ。で、やっぱ、カクテルとか作ると女子ウケめっちゃいいし、人と話すのが、マジ楽しい」

『それ、モテたいだけじゃないのぉ?』

「ヴィオちゃんは痛いとこ突いてきますな。で、ゆきちゃんは?」

「僕は全然具体的な事はなくって、ただ、大学に行きたいなって、それだけ」

「つまんなーい」

『つまんなーい』


 二人の声に僕は睨むけど、ふと思い出した。


「……昔、映画を作ってみたいって思ってたかなぁ」

「映画?」

「うん。僕、ニワカだけど、映画好きなんだ。父には、美術3じゃ無理だろって笑われたけどね。だから、僕には無理なのかなって……」

「オヤジさんのバァーカ」

「……え?」

『オヤジさんのバァーカ』

「なんで君まで?」

『人の夢を笑う奴は、馬に蹴られてピー! なんだよっ』

「ピーって何……」

「いや、マジ、ヴィオちゃんの言う通り。うちの親父も、ゆきちゃんのオヤジさんみたいな感じなんだけど、その度にうちの婆ちゃんが『子どもの夢を笑う親があるか!』って怒鳴ってくれてさ」

「いい婆ちゃんだね」

「うん! ……まぁ、親父の気持ちもわからなくはないよ。きっとさ、自分が苦労して、めっちゃ大変だったから、お前には無理だろうっていう、大人の経験値みたいのがあるんだろうなって。だけどさ、それでもさ、やってみろよ、ぐらい言って欲しいじゃん」

「確かに」


 ヴィオは腕を組むと、僕らの前にするりと浮いた。


『あたし、映画ってすごいなぁって思うの。物語がね、動いてるんだよ! あたし、シックスセンス、って映画見たとき、すっごいビックリしたし楽しかった』

「ずいぶん古い映画、見たんだねぇ。九九年の映画だよ、それ」

『へぇ……今、何年?』

「そっか。死神には関係ないか」

『あんま意識したことない』


 外を流れる景色が、だんだんと街から外れてきた雰囲気がある。

 理由は高層ビルが少なくなってきたからだ。

 住宅街の色が濃くなり、木々が増えたり、畑が見えたりすると、郊外に出てきた、そう思える。

 特にこれから向かう駅は、海沿いにある小さな町の駅になる。それだけで、いつもと違う場所に向かっていることを意識できる。


「ね、ゆきちゃんはどんな映画好きなの?」

「僕は、その、リベリオンって映画あるんだけど、その」

「え、ガンカタじゃんっ!」

「梶君、知ってるのっ?」

「オレ、アクション映画全般、なんでも見る」

「僕はアクションも見るけど、ディストピアな雰囲気の作品が大好きでさ、」

『あたしにも教えてよぉ〜』


 ヴィオにストーリーを教えながら、スマホで画像を見せつつ話をしていると、


『あ、海っ!』


 ヴィオの声に、僕らは振り返って窓を見る。

 一軒家の並びの向こうに、チラチラと光る波が見える。


「海だ……ほんとに、海だ……」

「来ちゃったよ、ゆきちゃん。海で何する? 何しちゃう?」

『砂浜でおいかけっこ!』

「お、青春してて、いいね、それ!」

「じゃ、僕、砂浜に名前、書こうかな」

『却下。もっと楽しいことしよーよ、ゆきちゃん』


 そう言われると、何が楽しいことなのかわからなくなるけれど、それでも、秋の灰色の海の景色に、僕の胸が踊っているのがわかる。


「……なんか、こんなにワクワクするの久しぶりだ……」

「やっぱ、水遊び、しちゃう? しちゃう系?」

「無理だって」

『じゃ、スイカ割り!』

「「それこそ、無理」」


 アナウンスが入り、一呼吸おいてからブレーキがかかった。

 右にひっぱられて、左に揺れてから、電車のドアが開く。出た僕らを待って、電車が通りすぎていった。

 それを見送り、冷たい電車の風を浴びながら、僕はスマホを取り出し確認する。


「……一時間ぐらい、かな」

『一時間?』

「あんまり離れたところで死んだら、親、大変だろうか」

「さっさと海に行こうぜ!」


 ぐっと押された肩が痛い。

 でも、梶君の気持ちも痛いんだと思うと、少し鼻の奥がツンとした。

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