9話 嚙まれてしまいました
ダミアンやアーロンくんとの出会いから半年が経とうとしていた。最初の「3か月のお試し期間」という話は、3か月を待たずに二人が実戦経験不足を全く感じさせないレベルに成長したことによって自然消滅した。
というか、パーティー結成3か月の時点ですでにアーロンくんとクリスが正式に交際していたから「やっぱり不合格だから解散」という話になるはずがなかったんだよね。
ちなみにアーロンくんとクリスが交際するようになったのは、ある日突然アーロンくんがクリスだけを呼び捨てにするようになったことですぐに察することができた。
たぶんその日の前日あたりに、クリスはアーロンくんに「俺が名前を呼び捨てにするのは、お前だけだよ」とか言われながらキスでも迫られたんだろうな…。
おめでとう、クリス。末永くお幸せに。
一応クリスの名誉のために言っておくと、彼女は決してチョロいタイプではない。むしろどちらかというと警戒心強いし、ガード固いし、理想も高い子なんだ。
あっという間にアーロンくんと交際するようになったのは、二人の相性があまりにも良かったから。
私がアーロンくんを初めて見た時の感想は「えっ、このイケメンものすごくクリスのタイプじゃない?」というものだったし、ダミアンによるとアーロンくんもクリスに一目惚れしていたらしい。
…運命の出会いってあるものなんだね。お互いが完璧にタイプの男女が二人ともパートナーがいない状態で出会い、毎日顔を合わせるようになる。そりゃ恋に落ちるよね。てかもう結婚不可避じゃん、そんなの。
そしてアーロンくんとクリスが交際するようになってどんなことが起きたかというと、私とダミアンが二人で行動することがますます増えた。
4人組のパーティーでそのメンバーのうち二人が付き合いたてのカップルになったわけだからね。もう四六時中いちゃついてるわけだからね。そりゃ自然と残りの二人が一緒に行動する時間も増えるよね…。
そのダミアンはどうしているかというと、相変わらず私への愛情表現が本業になっているような感じ。アーロンくんとクリスの交際によって私と二人で過ごす時間が増えたことが心底嬉しい様子だった。
ちなみにあの後も2回告白されたし、毎日過剰に褒められたり、特に理由もなく感謝されたりする状態も続いている。戦闘時の過保護もね。…このままだと元々大したことない私の剣の腕がますます鈍ってしまう。
優しく諭しても、冷たく突き放しても彼は全く動じなかった。彼の気持ちを受け入れないのは私の自由だけど、それでも諦めずに私を想い続けるのは彼の自由だって断言してた。
そこまで言われたらこっちとしてはもう何も言えないよね…。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
冒険者は毎日が命がけの職業である。仕事中に怪我をするのは当たり前で、むしろ最初から怪我をすることも死ぬこともあり得るということを前提に、報酬がそれに見合う金額に設定されているかを確認したうえでクエストを受注すべきだ。
どんなに実績を積んだ有名冒険者でもそれは変わらない。世界トップ5に入る魔導士だと評価されるレイチェル・オーモンドロイドでもそう。
仕事中に一瞬でも気を抜いたら次の瞬間には故人になっているはずだし、そうでなくても何らかの理由で怪我をすることは普通にある。
はい、そうです。私、レイチェル・オーモンドロイドは、残念ながら業務中に怪我をしてしまいました。具体的にいうとケルベロスに左腕を噛まれました。
…まあ、「噛まれた」というより「噛ませた」といった方が正しいかもしれないけどね。
噛まれた経緯はこうだった。
ダミアンが討ち取ったと思い込んだケルベロスが、実はただのケルベロスではなく、ケルベロスのゾンビという世にも珍しい種類のモンスターだった。
そしてそのゾンビ犬は、賢いことにダミアンに斬られてから一度死んだふりをして、彼が通り過ぎてから背後からダミアンの首筋に向かって襲い掛かった。
その時ちょうどダミアンの後ろにいた私は「魔法での支援は無理。剣を抜くのもたぶん間に合わない」と判断し、ダミアンの命を守るために自分の左腕を差し出して噛ませる方法を選択した。
我ながら咄嗟の判断でもっとも合理的な方法を選択できたと考えている。
その後ケルベロスはアーロンくんの聖属性魔法で浄化されたので、何事もなかったかのようにこの話は終わりにしたかったのだけど…。
案の定、ゾンビ犬の浄化作業を終えたアーロンくんが慌てて私の方に駆け寄ってきた。
「見せてください!」
「…何を?」
「…?傷口です。怪我をされていますよね?」
「あー、うん、いや、大丈夫だよ。かすり傷だから」
「…??」
「えっ、何言ってんの!?ケルベロスに噛まれたんだよ?かすり傷なわけねーじゃん!早く治療受けなよ!」
私の不可解な言葉に対し、「アンタ何言ってるの?」ということを顔で主張してくるアーロンくんと、言葉で直接伝えてくるダミアン。
そしてその直後からダミアンは魂が抜けたような顔で「俺のせいだ…ごめん、本当にごめん」といった感じのセリフを連発するようになってしまった。
あー、いや、別にダミアンのせいじゃないし、そもそも冒険者に怪我は付き物だし。この程度の怪我でそんなに落ち込まれるとこちらとしては大変やりにくいのですが…。
私の事情を知っているクリスは、気まずそうな顔でこちらの様子をうかがっていた。私はそんなクリスにアイコンタクトをしてダミアンのフォローをお願いした。
すぐに私の意図を理解したのか、ダミアンに近づいて彼に声をかけてくれるクリス。
さすがクリスだよ。言葉がなくても通じ合えるって素晴らしい。本当、助かるよ。いつもありがとう。
「はぁ…仕方ないな。わかりました。…治療はあちらでお願いしようかな」
「…?はい」
ダミアンやクリスと少し離れたところに移動した私は、左腕のロンググローブを外してアーロンくんに傷口を見てもらった。
「……!?」
私の腕を見た瞬間、アーロンくんの目が一瞬見開いたのを私は見逃さなかった。ふふ、アーロンくんでも驚くことがあるんだね。
驚いて当然だと思う。正直、私の怪我はケルベロスの鋭い牙が腕を貫通するほどの重傷だったので、間違いなく傷口は非常に深いはずだった。
それなのにすでに血はとまっていて、あり得ないスピードで傷の自然治癒が行われ、少しずつ傷口がふさがりつつあったのだから。
『リカバリー』
少しの間無言になっていたアーロンくんは、思い出したかのように私の腕に回復魔法をかけてくれた。しばらくして私の腕は完全に回復して元通りの状態になった。
「……」
「…ご質問、どうぞ」
案の定、少し気まずい空気になってしまった私たち。そりゃなるよね。明らかに異常な光景だったもんね…。
はぁ、見られた以上は仕方ない。全部はお話できないけどある程度なら…。
「特にありません。レイチェルさんのお怪我は、僕が魔法で治しました」
「…!」
「行きましょうか」
「……ありがとう」
やだイケメン。クリス、あなた本当に素敵な人とお付き合いしてるんだね。…よかった、お姉さん改めて安心したよ。
ダミアンとクリスのところに戻ったら、クリス先輩によるダミアンのメンタルケアも問題なく終了したらしく、ダミアンは比較的落ち着いた様子だった。
しかし、その日からダミアンの私に対する口説き文句に「あなたは俺の命の恩人」というパターンが追加されてしまった。
転んでもただでは起きない子だね、ダミアンは…。
『優しく諭しても、冷たく突き放しても作者は全く動じなかった。ブックマークも☆評価もしないのは読者様の自由だけど、それでも諦めずに土下座しておねだりし続けるのは作者の自由だって断言してた』