サイドストーリー2 逃げ場なし
イアン視点です。
「今日も一人で飲んでるんですね」
そう言いながら当たり前のように俺の隣の席に腰を掛けてきたのは、淡いピンク色の艶やかなロングヘアが印象的な優しそうな顔立ちのお姉さんだった。
…隣に座っていいって言ってないのにな。
「…無茶な飲み方はしてませんよ」
「知ってます。…でも一人で飲むのって寂しくないですか」
「いえ、全く」
「…そう」
ぶっきらぼうな返事になってしまったけど、これは本音。元々俺は他人と関わるのがあまり好きじゃないんだ。
だからお酒も一人で飲んだ方が落ち着くし、一人でのお酒が寂しいと思ったことは一度もない。
「でも私に見つかったからには、一人にはさせませんからね」
「でしょうね…」
「はい♪ふふ、何飲もうかな」
楽しそうにメニューを覗いているこの強引なお姉さんの名前は、ソフィア・ローレンス。
…彼女の優しそうなゆるふわ系の外見に騙されてはいけない。彼女の正体はなんと、あの世界屈指の大商会であるローレンス商会の若き会長。
しかも彼女が就任するまではかつての勢いを失ったとされていたローレンス商会をわずか数年で立て直した辣腕の経営者である。
実は彼女、外見や言動のイメージとは真逆の性格で、徹底的な合理主義で実力主義なんだよね。敵にも使えない味方にも容赦ない「冷血系のゆるふわさん」なんだ…。
「そろそろ立ち直ってもいい頃じゃないですか」
しばらくして、他愛もない話をしていた彼女が真剣な顔になってそんなことを言ってきた。
「…もうある程度は立ち直ってるかなと、自分では思ってますけど」
もうレイチェルに未練はないわけだから、立ち直っているといえば立ち直っていると思うんだよね。
…まあ、レイチェルのことを忘れられたかというとそんなことはないから、完全に立ち直ったとは言えないのは認めるけど。
「そう?それならよかった。じゃあ、早速明日から結婚の準備を始めても大丈夫ですか」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
また始まった。なんだよ、明日から結婚の準備って…。
彼女のドライな性格の唯一の例外。それは俺に関することだった。
彼女が言うには、普段は常に冷静・客観的・合理的な自分でいないといけないわけだから、せめて恋愛だけは感情と本能に身を任せて燃えるような恋がしたいんだそうで…。
その相手がなぜか俺なんだよな…。
「いやなぜそうなる…というか、前から不思議だったんですけど、なんで俺なんですか。ソフィアさんに相応しい相手は他にいるでしょうに…」
「前も似たようなこと聞かれて、ちゃんと説明したと思うんですけど…まあいいや、きっと何度も私の気持ちを確かめたいんですよね?わかった。では…」
「あっ、いや…」
そういう意味じゃなくて、と言おうとしたけど間に合わなかった。そこから彼女は俺の好きなところを一つずつ列挙してしまった。
全部説明するのは相当恥ずかしいので省略するけど、まとめると外見も内面も好みのタイプで、実力も申し分なくまた何度か命を守ってもらったこともあるのに好きにならない方が逆におかしいということだった。
…いや、本当、ありがたい話なんだけどさ。
「それに、最近もう一つ見つけたんですよ、イアンさんの素敵なところ」
「…まだあるんですか」
「ええ。いくらでもありますよ。ほら、イアンさんってこないだやっと重い腰をあげて大好きな元カノさんに会いに行ったわけじゃないですか。…前からずーっと会いに行きたかったくせに、勇気が出なくて何年もウジウジ悩んでたんですよね?」
「……」
ああ、そうだよ。でもそれって「素敵なところ」じゃねーだろ、どう考えても。
「それで、やっと会えた元カノさんにあっさり振られて、帰ってきてからはこうやって毎日寂しそうに一人でお酒を飲んでるわけです」
「…一人で飲んでるのは前からです」
「まあそうかもしれないけど。とにかく!そういうところ、可愛くないですか!?」
「いやごめん、ちょっと意味がわからない」
「考えてみて。天下無双とか世界一の戦士とか言われてる人なんですよ?イアン・テイラーは」
「…はあ」
「それにこーんなにもイケメンさん。女に困ったことなんて一度もなさそうな人なのに」
「……」
「そんな人がですよ?何年も何年も悩んでやっと勇気を出して会いに行った元カノさんに門前払いされて、激しく落ち込んで帰ってきてるんです。…大事なところだからもう一回言うね。可愛くないですか!?」
「…いやわかんねーよ」
…何なんだこの女は。
心底楽しそうな表情で目の前のお酒を飲み干すソフィアさん。そして次の瞬間、真剣な顔になった彼女はまたとんでもないことを言い出した。
「…でもよかった」
「何がですか。俺が振られたことが?」
「ええ。そうです。…おかげさまでレイチェル・オーモンドロイドのような恐ろしい魔導士を敵に回さずに済んだからね。彼女には感謝しないとね」
「…!?」
は?なんで俺の元カノの名前を…?本当に何なんだこの女は!?
「そんな驚かなくてもいいじゃん。あなたも元カノさんも有名人なんだから、少し調べたらそれくらいの情報は入ってきますよ。まだ私、本格的なストーカーにはなってないから安心して」
「…そうですか」
…なんだろう。微塵も安心できねぇ。
「あっ、でも誤解しないでね。もし元カノさんがあなたのことを受け入れていたら、私はどんな手を使ってでもあなたを奪い返してましたよ」
「…はい?」
「だから、私の気持ちがレイチェル・オーモンドロイドと戦わないといけなくなるくらいで諦めちゃうような軽いものだと思わないでねってこと。あなたを手に入れるためなら私、誰とでも戦えるし、手段も選びませんから」
「……」
今度は俺が目の前のお酒をごくごくと飲み干した。…誰かを「恐ろしい」と思ったのは久しぶりかもしれない。
「ということで、結婚の準備というのは半分冗談だけど、そろそろちゃんと立ち直って私に振り向いてくださいね」
「…善処します」
「念のために言っておきますけど、「元カノのことは諦めたけど、俺は彼女以外の誰とも一緒になる気はない」とかそういうことは言わないでくださいね。私、それ言われたら悲しすぎてちょっと自分をコントロールできなくなると思うので」
「……はい」
いや、ここまで誰かに想ってもらえるって嬉しいことだとは思うけど、なんだろう、やっぱ恐ろしいわ。見えない縄で体を雁字搦めにされている感じ。少しずつ逃げ場がなくなっていく…。
「よろしい♪ふふ、今、逃げ場がなくなっていくとか思っていませんか」
「…えっ!?あ、いや…」
「図星か。ふふ、でもそれは誤解ですよ。段々逃げ場がなくなってきたわけじゃなくて、最初からイアンさんに逃げ場なんかなかったんです」
「……」
「私、自分が欲しいと思ったものを手に入れられなかったことは、今まで一度もありませんからね」
「…そうですか」
その後もソフィアさんは終始ご機嫌だった。そっか…最初から俺に逃げ場はなかったのか。まあ、それなら仕方ないね。
てかもう、逃げる必要もないわけだしな…。
『あなたのブックマークや☆評価を手に入れるためなら私、誰とでも戦えるし、手段も選びませんから』




