35話 これは現実なんだろうか…
目が覚めると見慣れない部屋にいた。…ここどこだ?俺はここで何を…?
…あっ、そうか。俺、ティファニーさんに無理を言って自分の体を魔獣と合成してもらうことにしたんだ。となると、ここはたぶんヴァイオレット家の屋敷だろうな。
で、目が覚めたということは、合成は無事に成功したのか?俺はレイチェルに受け入れてもらえる存在になれたのか?
ベッドから身を起こした俺は、自分の体調を確認してみた。……うーん、やたらと調子が良いこと以外は特に違和感なし。見た目も全く変わっていない。
「ダミアンの体は変わってないよ」
「…!?」
「よかった…無事に目が覚めたんだね」
そう声をかけてきたのは、なんとレイチェルだった。どうやらベッドから少し離れたところにあるソファーに座っていたけど、俺が身を起こしたのを見て急いで近くに駆け寄ってきたようだった。
えっ、なんで?なんでレイチェルがここにいるんだ…?てか、うん?俺の体が変わってない?ということは…?
…たぶん、ティファニーさんがレイチェルに連絡を入れたか、手紙を見たレイチェルが俺の思惑に気づいてヴァイオレット家の屋敷に来てくれたんだろうな。
そしてティファニーさんには最初から合成を行うつもりがなかったか、若しくはレイチェルが合成を阻止したんだ…。
…というかこれヤバいのでは?なんであんな極端なことをしたのかってめちゃくちゃ怒られそう。俺がレイチェルの立場でもたぶん怒るんだろうし…。
そう考えてお叱りを受ける心の準備をしていた俺だったが、レイチェルの言葉は全く予想外のものだった。
「…今までごめんなさい」
「…えっ?」
「私、自分のことしか考えてなかった。私の行動がどれだけダミアンを傷つけて、追い詰めていたのか気づいてませんでした。本当にごめんなさい」
「あ、いや…そんなことは…」
予想外の展開に戸惑う俺に、レイチェルはさらに衝撃的なことを言ってきた。
「…私、ダミアンのことが好き。大好き。心からあなたを愛しています。だからどうか…私と付き合ってください」
…
……
……は?今なんて?えーっと、あれか。これたぶん夢だ。それとも幻覚?
あっ、そうか!きっとまだ合成作業が終わってなくて俺は眠ったままなんだ。だからこれはやっぱり夢だよ。うん、そうに違いない。
あまりの急展開についていけず、たぶん人生で一番混乱してしまってボーッとしていた俺だったが、少し曇った表情をして無言で俺の顔を覗き込んでいるレイチェルの姿を見た瞬間なんとか我に返ることができた。
「…!?あっ、はい!もちろん喜んで!ぜひ!!」
「…ありがとう。嬉しい。これからもよろしくね」
「あっ、いえ、こっちこそ!」
「今までダミアンを苦しめた分、必ず償うからね。あなたのこと、絶対幸せにするから」
セリフがイケメン!でもそれ逆に俺があなたに言いたかったやつ!
「一緒に、幸せになろうね」
そう言いながらレイチェルは、まだ混乱状態から抜け出せず半分くらいフリーズしている俺の唇に軽く口づけをしてくれた。
…
……
……いや、そんなことされたらますます現実味がなくなるからさ。というか心臓に悪いから不意打ちやめて。下手したら死ぬぞ?俺…。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その後、レイチェルはティファニーさんとの間に何があったかを詳細に説明してくれた。…俺、もうティファニーさんには一生頭が上がらないな。
そして心の中の壁を乗り越えたレイチェルは、その日から俺が驚いて戸惑ってしまうほど過激な愛情を俺に注いでくれるようになった。
とにかく俺に甘々でベタベタ。暇さえあれば俺に愛の言葉を囁いてくれて、時々なぜか「重くてごめん」って謝ってくる。
彼女の愛情は一切見返りを求めない「無償の愛」という感じで、俺の存在そのものとあらゆる行動を全肯定してくれる。
今のレイチェルが口癖のように俺にかけてくる言葉には「もうダミアンは私の世界のすべて」とか「ダミアンのためなら私、どんなことでもする」とか「今の私はダミアンのためだけに存在してるから」といったものがあった。
……俺、今まで粋がって自分のことを「ヤンデレ王子」とか言っていたけど、今のレイチェルの方が遥かに「本物のヤンデレ」の風格が漂っている気がする。
見返りを求めず、束縛も嫉妬もしないという点では「大人のヤンデレ」とも言えるかもしれないね。
…ってどうしてここでヤンデレ評論を始めてるんだよ。そうじゃない、そうじゃなくて…!
レイチェルが俺に愛情を注いでくれるのはもちろん死ぬほど嬉しいし、俺も負けじと今まで以上に深い愛情で応えているつもりだけど…。正直お付き合いするようになってからのレイチェルの言動には少し危うさも感じていた。
彼女、まさに「恋に盲目になっている」という感じで、まるで俺を神のように崇拝しているようにさえ見えるんだよね。いや、今までの自分の行動を振り返ってから物を言えって話なのはわかってるけどさ。
でも彼女があの様子だと、俺が少しでも選択を間違えたら彼女は極端な行動をとってしまいそうな気がするんだ。…いや、これも実際に極端な行動をしたお前が言うなって話だけどさ…。
……そうだね。これ自業自得というか、仕方のないことだね。たぶん今のレイチェルは、レイチェルと付き合うまでの俺と同じような感じなんだ。
だから今俺がレイチェルの言動から感じる危うさを、レイチェルは今までずっと俺から感じていたのかもしれない。そう考えるともう、俺が日々の行動に細心の注意を払って彼女を暴走させないように頑張るしかないな。
幸い俺も24時間レイチェルのことを見張っていたいタイプだから、彼女が少しでも怪しい動きをしようとしたら未然に防げるだろう。
…うん、そうだね。今の状態で何の問題もない。余計な心配はしないで、レイチェルとの幸せな日々を楽しもう。
盲目でいいじゃん。ヤンデレ彼女でいいじゃん。最愛の人が深くて重い愛情を俺に注いでくれているんだ。めちゃくちゃ幸せじゃん…!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
レイチェルとお付き合いするようになって約1か月が経った。レイチェルは変わらず毎日俺に深い愛情を注いでくれている。
いやもう最高。最高すぎる。俺の人生、本当にすべてを成し遂げた感があるな。ここが天国で、ここが楽園だわ。
でも、正直レイチェルがよく俺にかけてくれる言葉の中に一つだけすごく気に入らないものがあった。それは「ダミアンが飽きるまで、私と一緒にいてね」というものだった。
…まるで俺がいつか心変わりするのが確定事項になっているかのようなセリフで、すごく寂しいんだよね。
もしかしたら「飽きるまで」のところを俺に否定してほしくて言っているのかもしれないし、毎回そうしているんだけどさ。でもやっぱり寂しい。
そして今日、ピロートーク中にレイチェルがまたそのセリフを言ってきたから、ちょっと我慢できなくなった俺は思い切って自分の気持ちをレイチェルに伝えてみた。
「ごめんなさい、もう二度と言いません」
「あっ、いや、別にそこまで謝ってほしかったわけでは…」
「ううん、私、ダミアンに少しも寂しい思いをしてほしくないから。ごめんね?」
「…うん、ありがとう」
「でもあの言葉で私が伝えたかったことは、もしかしたらダミアンが思っている内容とは少しだけニュアンスが違うかもしれない。説明してもいい?」
「もちろん」
「ありがとう。…ダミアンが飽きるまで私と一緒にいてねという言葉の本当の意味はね…?」
それからレイチェルは、彼女がその言葉で俺に伝えたかった真意について丁寧に説明してくれた。
レイチェルはいつか俺が彼女に飽きると決めつけて、今からそれを覚悟して心の準備をしている訳ではないとのことだった。
逆にレイチェルは俺がいつまでも自分のことを愛してくれると信じていて、そんな不幸な未来がやってくる可能性はほとんどないと考えていると。
ただ、彼女にとって何よりも大事なのは俺の幸せだから、万が一俺が彼女に飽きたり他に好きな人ができたりしたら、彼女に対して少しも申し訳ないとは思わずに俺にとって一番幸せな道を選んでほしいと思っているらしい。
そしてもし俺の心が変わって俺たちが別れることになってもレイチェルは一切俺を怨まないし、極端な選択も絶対にしないと断言していた。
もう彼女は一生幸せに生きていけるだけの思い出をもらったし、いつかまた俺が彼女に会いたいと思ってくれる可能性もゼロじゃないから、その可能性を信じてどこかで静かに暮らしていくつもりだと。
彼女の「あなたが飽きるまで、私と一緒にいてね」という言葉は、かみ砕いて説明するとそういう意味らしい。
……うん、やっぱり俺よりも覚醒したレイチェルの方がヤンデレ適性が高いかもしれないね。でも「極端な選択はしない」という彼女の言葉を聞いて少し安心した。
もちろん、俺の心が変わることはあり得ないけど、俺が病死したり事故死したりすることは考えられるからね。
…あれ?でも俺が死んだら「いつかまた俺が彼女に会いたいと思う可能性」も消えるわけだからそれとこれとはまた話が別なのか…?
あ、ちなみに俺は万が一レイチェルに捨てられたり、何らかの理由で彼女が俺より先に死んだりしたらほぼ確実に極端な選択をすると思います。
…えっ、やっぱり何だかんだ言って俺の方がタチ悪い?
……そう?
王子がヤンデレとは言いましたが、女騎士の方がヤンデレじゃないとは言っていません。
作者は双方向ヤンデレを書くことができて大変満足しております。
ブックマークや☆評価よろしくお願いします…!




