34話 どんな手を使ってでも止めてみせます
ダミアンからの手紙を読んだ瞬間、全身の血の気が引く感じがした。たぶん今の私は「顔面蒼白」という表現がぴったりの顔をしていると思う。
私は慌てて走り出した。目的地は、王城のすぐ近くにあるヴァイオレット家の屋敷。
ダミアンの手紙には、私と出会ってからの彼の毎日が最高に幸せだったこと、私との出会いに深く感謝していること、そして私のことを心から愛しているということがストレートで情熱的な言葉で綴られていた。
それだけならよかったんだけど…手紙の最後には、彼が私との未来を手に入れるために決めた「あること」についても書かれていた。
私をパニック状態に陥れたのは、その「あること」の部分だった。具体的に何をどうするつもりなのかは書かれてなかったけど、手紙の文面から私は彼が何をしようとしているかを推測することができた。
手紙に書かれていた「あること」に関する内容…。
それは『レイチェルが自分のことを人間と異なる存在と思い込んでいることが俺と一緒になれない理由なら、俺もレイチェルと同じ存在になる。レイチェルに受け入れてもらえる存在になってから戻るから、少し待っていてほしい』というものだった。
私は彼に自分の体の状態については伝えたけど、今の状態になってしまった経緯までは詳しく説明していなかった。
でも彼のことだから、きっと私の体の状態を知ってから私の怪我のことを詳しく調べたんだろう。となると、私の命を助けたのが誰で、その方法がどんなものだったかを突き止めていてもおかしくはない。
そう考えると彼が今やろうとしていることはおそらく…!
ヴァイオレット家の屋敷に到着した私を出迎えてくれたのは、顔なじみのベテランメイドさんだった。
彼女は事前連絡もなく突然やってきた私を見ても全く驚く様子はなく、まるで約束の時間通りに客人が現れたかのように「お待ちしておりました」と言って私を屋敷の中に招き入れてくれた。
ほぼ無言のまま私を案内してくれるメイドさん。黙って彼女の後についていった私がたどり着いたのは、予想通りの場所…私が人生のどん底を味わった、ヴァイオレット公爵家の地下にある研究室だった。
メイドさんは、研究室のドアの前で私に黙礼して静かに立ち去っていった。そして私は絶望や恐怖、そして緊張から来る息苦しさに感じながら、重い研究室の扉を開けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
研究室の中の光景は、私が予想していた通りのものだった。どうか自分の予想が外れていてほしいと心から願っていたのに…。
そこには何本ものチューブにつながれた状態で巨大な水槽に入れられ、全身が培養液に浸かっているダミアンの姿があった。そう、10年前の私と同じように…。
そして研究室の床には複数の魔法陣が描かれていて、研究室の主であるティファニーがダミアンの姿を見上げながらいくつかの魔法陣に魔力を注いでいた。
「…来たのね」
ティファニーは私の方を振り向くこともせず、淡々とした口調で声をかけてきた。一方私は、目の前の状況に対する絶望と恐怖で目の前が真っ暗になり、背筋が凍って鳥肌が立っていた。
「ねぇ、ティファニー、あなたまさか…」
「……」
「何やってんの?…冗談だよね?まさか自分の家族を化け物にするつもりじゃないよね!?」
「……」
「…何か言ってよ!嘘だよね?ねえ、何考えてんの?頭おかしくなっちゃったの!?ねえ!!」
「……こうなったのはレイチェルのせいだよ」
「はあ?」
「…レイチェルさ、自分がどれだけ殿下に愛されてるか分かってる?」
「分かってるよ!でもそれとこれとは…!」
「へぇ、分かってるんだ?本当に?本当に分かってたらさ、あなたに何度も何度も拒絶された殿下が、追い詰められて極端な選択をする可能性があるのも理解できそうなものなんだけどね?」
「……」
それからティファニーは今の状況に至った経緯を説明してくれた。
以前からダミアンは、私とのことをティファニーによく相談していたらしい。元々王国内の誰よりも私と仲が良かったのがティファニーだし、私とティファニーが同年代だということもあって相談相手としてはベストだったんだろうと。
そんなダミアンが先日切羽詰まった様子でティファニーのところにやってきて、彼が私と同じ体にならない限り私は彼を受け入れてくれないだろうと思っていて、私に受け入れてもらえないなら自分は生きている意味がないと断言してきたとのことだった。
そして「レイチェルを特殊な方法で治療したのがティファニーさんだってことは分かっている。俺をレイチェルと同じ体にしてくれ。でなければ俺はこの場で死ぬ」と言いながら、自分の首に短剣を押し当ててティファニーを脅してきたらしい。
ティファニーは最初、なんとかダミアンを説得しようとしたんだけど、実際に首から出血するまで短剣を押し込むダミアンの姿を見て慌ててダミアンの言うことを聞くことにしたとのこと。
ダミアンが本気だということは見ていて明らかだったから、彼の要求を断ることができなかったと。
……ティファニーの言う通り、これ、全部私のせいだ。明らかに私が悪い。ダミアンを追い込んだのも、ティファニーに悲しい選択をさせたのも私。
私がもっと早くダミアンの前から消えていれば…。というか私さえいなければ、こんなことにはならなかったはず。
どうしようこれ。私どうすれば良いの?もう消えてなくなりたい。私がここで自害すればすべて丸く収まるのかな…?もしそうなら今すぐにでもそうするけど。
あまりに深い後悔と絶望で気が狂いそう。
…
……
……いやダメだ。このまま諦めちゃいけない。諦めるわけにはいかない。ティファニーを止めなきゃ。何が何でも止めなきゃ。どんな手を使ってでも止めなきゃ…!
「ごめん。本当にごめんなさい。ティファニーの言うとおりだよ。私が悪い。全部私が悪かった。でも…」
「……」
「だからと言ってこんなことを許す訳にはいかない」
私から殺気のこもった視線をぶつけられてもティファニーは全く表情を変えず、ただ無言で私の方を見つめていた。
「今すぐ合成をやめて。じゃなければ私たち、ここで殺し合いをすることになるよ」
そう。これは紛れもない私の本音。薄情で恩知らずなのは分かっているけど、ダミアンを守るためなら私は何でもする。
そのために学生時代からの親友で、命の恩人でもあるティファニーと戦わなければならないとしたら、私はそうする。
「やめてどうするの?このままレイチェルに受け入れてもらえなかったら、殿下は本気で自害でもなんでもすると思うよ。私は殿下を失いたくないの」
「とにかくやめて!お願いだからやめて。私が説得するから。絶対に彼を失いたくないのは私も一緒だから!」
「ふーん、それって殿下の気持ちを受け入れるってこと?」
「…!……そうだよ!!ここまでされてこれ以上拒めるはずがないじゃん!!だから今すぐやめて!!やめてよ!!」
そう叫びながら、私は右腕に魔力を溜め始めた。ティファニーにやめるつもりがないなら、力尽くで止めるまで。どうかまだ本格的な合成が始まっていませんように…!
「はぁ…世話がかかるわね」
大きいため息をついて、なぜか苦笑いを浮かべたティファニーは、そこでやっと合成作業を中止してくれたらしい。部屋中に設置された魔法陣の動きが止まり、光が消えた。
「最初から合成するつもりなんかなかったよ。少し考えればわかることでしょ?」
「…えっ?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それからティファニーは落ち着いた様子で真相を語ってくれた。ダミアンが短剣を自分の首に押し付けながら自らを合成獣にしてほしいと迫ってきたところまでは事実とのことだった。
彼に本当に自害でもされたら困るので、ティファニーは仕方なく彼の言うことを聞くフリしてまずは彼を眠らせた。次の対策は彼に眠ってもらってから考えれば良いと判断して。
そしてその「次の対策」として思いついたのが、彼女が「ちょっとしたお芝居」をして私とダミアンの仲を進展させるというものだった。
私とダミアンの仲を今のままにしておくとダミアンがいつまた極端な選択をするか分からないし、見た感じ私もダミアンに好意を抱いている様子だったので、ここは私たちのために一肌脱ぐことにしたと。
ということで、眠ったままのダミアンにはそれっぽい感じで培養液に浸かってもらっているけど、チューブからは栄養しか送っていないし、魔法陣も合成とは全く関係のないものとのことだった。
「というかこの部屋の魔法陣、全部闇属性と無属性の適当なものなんだから、落ち着いてよく見れば魔獣召喚とか人魔合成のためのものじゃないってことくらい分かるはずなんだけどね」
そう言われて改めて魔法陣をよく見てみると、確かにほとんどのものが私も知っている魔法陣で、禁忌の黒魔法とは無関係なものだった。
「よほど焦ってたのね、レイチェル」
「…っ!そりゃ焦るよ!」
「まあそうだよね。ふふ。でもさ、これで殿下の愛の深さはよく理解できたんじゃない?…もうこれ以上殿下を悲しませないで」
「……」
「レイチェルもさ、本当は殿下のことを愛してるんでしょ?だって、私を殺してでも殿下を守ろうとしてたもんね?」
「…ごめんなさい」
「いいのいいの。私が今生きてるのはレイチェルのおかげだし?そのレイチェルに殺されるならしょうがないよねー」
「……ごめんってば」
「ふふ、冗談だよ」
途中から少しおどけてみせていたティファニーは、次の瞬間また真剣な顔で私に訴えかけてきた。
「…私ね、レイチェルの治療、まだ諦めてないの。10年近く研究してて何の成果もあげてないくせに偉そうなこと言うなって話だけどさ…。でも最近、今まで見たこともないようなすごい資料が手に入ったんだよね。今、全力でその資料の分析と研究に取り組んでる」
「…そっか」
「無責任に希望を持たせるようなことは言っちゃいけないと思うし、私のことを信じてとも言えないけど、少なくとも私は信じてる。必ずレイチェルを元の状態に戻す方法を見つけられるって」
「…うん」
「だからさ…もう自分から幸せを遠ざけるようなことはしないで…?レイチェルが私の幸せを願ってくれたように、私もレイチェルの幸せを心から願ってるから」
「うん…!!」
次の瞬間、気がついたら私は号泣しながらティファニーに抱きついていた。最近の私、ものすごく涙もろい気がする。年を取ったからなのかな…?
でもティファニーの言う通りだね。というか、ここまでされてまだ逃げるという選択肢はもうない。
難しいことを考えるのはもうやめよう。何も考えず、自分の本能と感情に従おう。ダミアンの気持ちを、受け入れよう。
また最後の「問いかけ」が聞こえてくるなら、私に問いかけてくる存在自体を抹殺すれば良い。それが自分自身の心の一部だとしても、その部分をすべて消し去れば良い。
自分はダミアンのためならティファニーとの殺し合いもできるということが分かったんだ。自分の中にいるもう一人の自分を消すことなんてティファニーとの殺し合いに比べれば簡単にできるはず。
…今まで本当にごめんね、ダミアン。今まであなたを苦しめた分、ちゃんと償うからね。あなたが私に注いでくれた愛情、倍にして返すからね…!
どうかこれからもよろしくね。
今週中に完結予定です。
どうか最後までよろしくお願い致します。
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