33話 目的のためには手段を選ばない
レイチェルが王国騎士団に復帰してから数か月が経った。
さすがのレイチェルも本気の逃走をあっさり阻止されてからは諦めがついたらしく、彼女が逃走を図る気配はもうなくなっている。
ちなみにレイチェルの逃走事件の直後にシャロンが俺のところにやってきて、俺とシャロンの会話をレイチェルが目撃することになった理由について正直に話してくれた。
彼女は何度も俺に謝ってきて、罰ならいくらでも受けると言ってきたんだけど…俺は彼女を非難する気にはなれなかった。
彼女の俺に対する気持ちは、きっと俺のレイチェルに対する気持ちと一緒だから。
俺がシャロンの立場なら、たぶんもっとあくどい手段を使ってでもレイチェルを排除しようとしたはずだから。
俺はそう言ってシャロンに気にしないで欲しいと伝えたんだけど、責任感の強いシャロンはせめて自分がレイチェルを連れ戻すと言い出して、実際にレイチェルを自らの手で連れ戻してみせた。…有言実行カッコいい。
そしてシャロンは、レイチェルが戻った後にもう一度俺のところにやってきて「ダミアンの気持ちが変わらないということはもう十分理解したよ。迷惑かけてごめん。…これからはちゃんと応援するから」と言ってくれた。
…ありがとう、シャロン。
そのシャロンの件を含め、外堀はもう完璧に埋まっていた。魔道王国シェルブレットには、俺とレイチェルの結婚を反対する人間などもうどこにもいない。
何年も前から他のことはすべて諦めて、各方面に根回しをしてきたんだから当たり前といえば当たり前だけどね。でもよく頑張ったよ、俺…。
だから後はレイチェルが首を縦に振ってくれればすべてがうまくいくわけなんだけど…。問題は肝心のレイチェルがどう頑張っても落ちないことなんだよな…。
正直、非常にもどかしい。焦る必要がないことは理解しているけど、それでも焦ってしまう。
このまま永遠に俺の気持ちを受け入れてもらえないのではないか不安になる。レイチェルには「絶対逃がさない」とか「レイチェルの意向がどうであろうが一生手元においておく」と俺の願望に近い言葉を何度も伝えてはいるけど…
もしレイチェルが本気で俺のところから去ることを望んでいて、たとえば「それを認めてくれないと死を選ぶ」とまで言われたら…きっと俺は彼女を引き留めることができないはずだ。
あー、不安だ。憂鬱だ。
ここまで頑張ったのに振り向いてくれなかったわけだから、これからもずっと無理なんじゃないの…?やっぱ俺みたいな子供じゃダメなんじゃないの?何をどう頑張っても恋愛対象として見てもらえないんじゃないの?
いや、ネガティブ思考になるのはやめよう。そんなことはないはず。あと一押しが足りないだけなんだ。あと少し!あと少しで彼女は俺に心を開いてくれるはずだよ。
…レイチェルからもらった手紙を机から取り出してみる。そこには彼女が俺の気持ちを受け入れられない理由が書いてあった。
手紙の内容とニュアンスを前向きに捉えると、彼女も俺に対して好意を抱いてくれてはいるけど、過去の怪我の後遺症が原因で俺の気持ちを受け入れることができていないだけ、と解釈することができる。
だから俺はレイチェルに伝えた。彼女の後遺症を治す方法を探すために全力を尽くすけど、仮にダメだったとしても彼女に対する俺の気持ちは変わらないと。
俺は今までもこれからも「レイチェル・オーモンドロイド」を愛しているわけであって、彼女がどんな存在で、どのような問題を抱えているとしてもそのすべてを受け入れて彼女を愛し続けると。
レイチェルはとても感動した様子で、嬉しそうにしてくれたけど…それでも俺の気持ちを受け入れることはできないみたいなんだよね…。
…ならどうしたらいいんだよ。押してダメなら引いてみろとも言うけど、俺にはそんな器用な真似はできないよ。
好きで好きでしょうがないから引いてみることなんてできないんだよ。引いた瞬間、万が一レイチェルがまた逃げ出したらどうすんだよ。押してダメならもっと押せしか俺にはできない…!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「王子様と合成獣の結婚はさすがに無理があるって…」
その言葉は、今までレイチェルから言われたどんな言葉よりも深いショックを俺に与えた。彼女が独り言のつもりでその言葉を言ったのは理解している。
…でもだからこそ、彼女の言葉が紛れもない本心だということが伝わってきて余計につらかった。
直前にプロポーズを断られたことよりもレイチェルが自分のことを「合成獣」と表現したことの方がショックだなんて…俺ってちょっと変わってるかもね。
いや、変わっているというよりもたぶん振られることにはもう慣れてしまったんだろうな。悲しい。
動揺する俺の姿を見たレイチェルは慌てた様子で何度も自分の発言を謝ってきたんだけど…いや、別に俺に謝ることではないと思うよ。てか何で俺はこんなにもショックを受けて落ち込んでるんだ…?
…ショックの理由がどうであれ、その日の俺は生きる気力をすべて奪われてまるで屍のような状態になってしまったので、ほぼ無言のまま彼女と別れて自分の部屋に戻った。
そして次の日から、俺は自分の気持ちを振り返ってなぜあんなに落ち込んでしまったかを分析すると同時に、これから自分はどうすれば良いかを真剣に考えた。
俺が彼女の言葉にあれほどショックを受けたのは、もちろん俺が自分の命よりも大切にしているレイチェルのことを他ならぬ彼女本人が「合成獣」と卑下していた事実がめちゃくちゃ悲しかったという理由もある。
でもそれ以上に、あの言葉から彼女の心の中に存在する分厚い壁のようなものが垣間見えていて、おそらく今のままではどう頑張っても彼女は俺のことを受け入れてくれないだろうと感じたのが俺の激しい動揺とショックが主な原因ではないかと考えた。
…どこまでも自分本位の理由で、レイチェルには申し訳ないけどね。
仮に俺の推測が正しいとすれば、俺はどうしたら良いんだろう。彼女が俺の気持ちを受け入れられない理由が俺の身分にあるなら、俺はいくらでも自分の身分を捨てる覚悟ができていた。
理由が年齢にあるなら、年齢差を感じさせないような振る舞いを徹底して彼女が俺の年齢を忘れてしまうくらいの男になれば良いと考えていた。
でも、彼女が俺を受け入れられない理由が、彼女自身の怪我の後遺症と、それに伴う本人の心の壁にあるなら?俺は何をどうすれば良い…?
……意外にもその結論はすぐに見つかった。
彼女の体の状態を知ってからすぐに彼女が怪我をした当時の状況を調べ、その後ティファニーさんが彼女の後遺症を治すための研究を続けていることを突き止め、現在は積極的にティファニーさんの研究を支援しているからこそすぐに解決方法を思いついたんだと思う。
やっぱり普段の行いって大事だね。というかレイチェルに関することにおける俺のひらめきと決断力は、我ながら惚れ惚れするんだよな。えらいぞ、俺。すごいぞ、俺。
よし、やるべきことは決まった。…たぶん誰もが反対するような極端な選択だとは思うけど、だとしてもかまわない。俺は目的のためには手段を選ばない人間だ。
そしてこういうことは時間をかけるべきではない。決断したならば、あれこれ考えずに速やかに実行に移すべきだろう。
ということで、二度目のプロポーズから数日後の夕方、俺は王城のすぐ近くにある某大貴族の屋敷を訪問することにした。
…レイチェルに受け入れてもらえる自分になるために。
『…ならどうしたらいいんだよ。押してダメなら引いてみろとも言うけど、私にはそんな器用な真似はできないよ。ブックマークと☆評価が欲しくてしょうがないから引いてみることなんてできないんだよ』




