30話 捕まりました
私は追い詰められていた。
どうやら私は自惚れていたか、魔道王国の精鋭の実力を甘くみていたらしい。
数日前に「本気で逃げようとしている私を簡単に捕まえることは誰にもできないと思うよ」と自信満々に言っていた自分が恥ずかしい。
獲物を見つけた時の捕食者のような目をして、少しずつ私との間合いをつめている人物は…公爵令嬢シャロン・ローズデールだった。
…彼女がここまで強かったとは。
戦闘中に命の危機を感じたことは何度もあるし、実際に死にかけたこともあるけど…ここまで相手に「恐怖」を感じ、絶対に敵わないと悟り「絶望」したのは今回が初めてだった。
最初、威嚇のつもりで放った私の魔法を、彼女は右手のロングソードで弾き飛ばした。そして無表情のまま私との距離をつめてきた。
そんな彼女の動きを封じるために私が放った次の魔法は、彼女の剣の一振りによって切り落とされてしまった。
えっ、どういうこと?何なの?どうやったの?飛んでくる魔法を剣で弾き飛ばしたり、切り落としたりすることができるなんて見たことも聞いたこともないよ!?
たぶん、彼女が持っている美しいシャンパンゴールドの双剣がアーティファクトか何かだとは思うけど。いずれにしても規格外というか奇想天外というか…反則だよ、それ。
魔法では彼女を止められないと判断した私は、仕方なく剣を抜いて応戦した。でも彼女と私の剣術の力量の差は歴然で、私はあっという間に自分の剣を弾き飛ばされ、丸腰にされてしまった。
魔法が全く通用せず、武器まで奪われた私は、彼女の一瞬の隙をついて逃げるしかなかった。足の速さでは私の方に分があったので、なんとかその場からは逃げ出すことができたのだけれど…
シャロンさんはまるで鬼ごっこでも楽しんでいるかのように、焦ることなく少しずつ私を追い込んできた。
…やっぱ先日のことで怒ってるんだよ。間違いなく私のことが大嫌いなんだよ。私、彼女に殺されてしまうのかな。やだな。死にたくないな。もう一度ダミアンに会いたいな…。
私は、もうなりふり構わず最後の悪あがきをすることにした。さすがに相手を殺すような呪文は使えないけど、怪我をさせるくらいは仕方がない。相手はたぶん私を殺そうとしているわけなんだし。
体に流れる魔力を右腕に溜めると同時に、頭の中で魔法の発動をイメージする。そして口では呪文を唱える。
しばらくして、すべての準備が整った。十分に溜まった魔力を具現化すると同時に、頭の中のイメージと「力ある言葉」で衣をつけた自分の魔力を解き放つ…!
『ルイン!』
「……」
確実に当てるつもりで放った闇属性の魔法がまっすぐ自分に向かって飛んできても、シャロンさんは顔色ひとつ変えなかった。そして右手のロングソードの一振りで、またもや簡単に私の魔法を弾き飛ばしてしまった。
ダメだ。やっぱり敵わない。抵抗しても無駄だ。私の負けですね。完敗です。ここで終わる運命だったのね、私の人生…。
……そういう運命ではなかったらしい。至近距離までやってきて、私が完全に抵抗を諦めたことを確認したシャロンさんは、次の瞬間、小さいため息をついてから私の右手と自分の左手に手錠をかけてつないでしまった。
「…!?」
「…このままあなたがいなくなると、都合が悪いんです」
「えっ?」
…うん?シャロンさんにとって私がいなくなるのはむしろ都合が良いのでは?
もしかしてあれですか?敵が勝手に消えたことによって手に入る「不戦勝」は要らないってこと?私の目の前で堂々とダミアンを奪ってみせないと気が済まないとか…?
「あと、お手紙をいただいた件ですけど、あれはわたしが悪いので気にしないでください。こちらこそ申し訳ございませんでした」
「…はい!?」
「詳しい話はまた今度。とにかく今は戻りますよ。…ダミアン殿下もお見えになっています」
…そうなんだ。ダミアンも来てくれてるんだ。
いや、なんでちょっと嬉しそうなんだよ、私。いろんな人に迷惑をかけてまで逃げることを決めたのに、ちゃんと逃げ切ることもできずにたった数日で捕まったんだよ?
恥を知れ、恥を…。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
近くの街道には3台もの豪華な馬車が停まっていて、余裕たっぷりの表情のダミアンとなぜか楽しそうな顔のオリヴィアさん、そして少し呆れた顔のクリスとアーロンくんが連行された私を待ち構えていた。
「おかえり」
「…ただいま」
ニコニコしながらひらひらと手を振るオリヴィアさんと、どこかサディスティックな笑みを浮かべて「おかえり」と声をかけてくれるダミアン。少し離れた場所でその様子を見守るクリスとアーロンくん。
私は少し俯いたままみんなに「ただいま」と答えるのが精一杯だった。
無言で手錠を外して、容疑者レイチェル・オーモンドロイドの身柄をダミアンに引き渡すシャロンさん。
「わたしはあちらの馬車で帰るから」
「…ありがとう、シャロン。助かったよ」
「…どういたしまして」
そう言ってシャロンさんはオリヴィアさんと同じ馬車に乗り込み、私に近づいてきて無言で私を抱きしめてくれたクリスは一言「おかえり」と私に声をかけてからアーロンくんのところに戻っていった。
残された私は、ダミアンにエスコートされて近くに停まっていた一番豪華な馬車(恐れ多いことに、たぶん王室専用のやつだと思う)に乗せられてしまった。
帰り道、私はまず自分の身勝手な行動で迷惑をかけたことをダミアンに謝罪した。ちゃんとした最後の挨拶もしないで去ったわけだしね。
良かれと思ってやったことではあるけど、される側からすると良い気はしない行動だよね…。
ダミアンは迷惑をかけたとかそういうのは気にしなくて良いと言ってくれたものの…
「言ったじゃん?レイチェルがどこに逃げようが、俺は必ずレイチェルを追いかけて見つけ出すって。……レイチェルはもう俺からは絶対に逃げられないんだって」
ゾクっとするような、いつもより少し低めの威圧感のある声で恐ろしいことを言ってきた。いや怖いから。
…でも、いくら目の前の美少年から滲み出ているどす黒いオーラが怖くても、伝えるべきことはちゃんと伝えなきゃ。
「…ダミアン。私の気持ちは変わらないよ。理由は、手紙に書いた通り……」
「悪いけど、俺の気持ちも変わらないんだよね。だからレイチェルの気持ちが簡単には変わらなくても、俺はこれからもレイチェルを俺の手元において、レイチェルが俺に心を開いてくれるのをずっと待つ。それが1年後でも10年後でも50年後でもかまわない」
「……」
「あとね、レイチェルはまだ俺のことをちゃんとわかってないみたいだけど…」
「…そんなことないと思うよ?」
「そうかな?俺、たぶんレイチェルが思ってるよりも遥かにわがままな人間だよ。自分のことしか考えない傲慢な王族だよ」
「……?」
「意味が分からない?ならもう少し分かりやすく説明するよ。俺はね、仮にレイチェルが俺から離れることを心から願っているとしても、それを認めるつもりはないんだよ。レイチェルがいなくなると俺が困るからね。自分勝手で申し訳ないけど」
「…そう」
「さすがに俺のことを好きになれってことを強制することはできないけどさ…でもレイチェルにはもう二つしか選択肢がないんだよ」
「二つ?」
「そう、二つ。俺の気持ちを受け入れて両思いになるか、それとも死ぬまでずっと今の関係を続けるか」
「……」
いやこの子マジで怖い…。これあれでしょ。物語に出てくる「ヤンデレ」ってやつ。ヤンデレだヤンデレ。ヤンデレ王子。
…私、とんでもない人に好かれてしまったんだね…。
「ま、詳しいことはまた王都に帰ってから話すとして…」
まだ「詳しいこと」があるの?
「今はレイチェルが逃げ出してから王城がどれだけ大騒ぎになって、みんながどんな反応をしてたかを詳しく教えてあげるよ。興味あるんだろ?」
「…えっ、いや、それあまり聞きたくな…」
「なんで?興味あるよね?てか興味がなくても聞いてよ。ちゃんと反省してもらわないといけないからね。あと俺、今日はレイチェルのことをたっぷりいじめたい気分だし」
「……はい」
それからダミアンは、私が抜け出した後の王城の様子やみんなの反応を詳細に、そしてねちっこく私に説明してくれた。とても丁寧で分かりやすい説明で、臨場感がすごかった…。
…帰ったらみんなに土下座して謝ろう。
…でも、いくら目の前の読者様から滲み出ているオーラが怖くても、伝えるべきことはちゃんと伝えなきゃ。
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