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29話 今度こそ消えます

 目が覚めたら見慣れない部屋にいた。一瞬状況が飲み込めなかったけど、すぐに前日のことを思い出した私は思わず頭を抱えてしまった。


 そうだ。私昨日いろいろやらかして、最後はやけ酒に走ったんだ…。無事酔いつぶれた私を、お店のマスターか一緒に飲んでいたオリヴィアさんが部屋まで運んでくれたんだろう。


 …残念。朝起きたら昨日の記憶が丸ごと飛んでいてほしかったのに、そんなことはなかった。眠る直前までの記憶がちゃんとすべて残っている。そしてあれだけ飲んだのに二日酔いも全くしてない…。


 昔から私、異常にお酒が強かったんだよね。


 もしかしたら体の一部が魔獣であることが影響しているかもしれないけど、負傷前は大量にお酒を飲んだことなんかなかったから元々強かったのか、魔獣との合成の影響で強くなったのかは分からない…。


 まだ眠かった私はボーッとしてそんなどうでも良いことを考えながら下の階に降りていった。でもそこで私を待っていた人物を見て一気に眠気が飛んでいってしまった。


 …いつからいたんだろう。1階では少し疲れた顔のダミアンが私を待っていた。


「おはよう」

「…おはよう」


 とても気まずい朝の挨拶。


 その後私が昨日のお酒代を支払おうと思ってマスターに声をかけてみたところ、オリヴィアさんがすでに全額支払っていることが判明した。…ちょっとイケメンすぎるな、あの公爵令嬢は。


 結局気まずい雰囲気のまま宿屋を後にした私たちは、ほぼ無言で王城に向かって歩き始めた。


 王室の馬車で迎えに来るんじゃなくて一人で歩いてやってくるあたり、「王子ではなくダミアンとして見て欲しい」という言葉が嘘じゃないことが伝わってくるし、そういうところも大好きなんだけど…。


「あのさ」

「…うん?」

「…シャロンとは、そういう関係じゃないから」


 …いや、何その浮気がバレた旦那が妻に言い訳をする時に使いそうなセリフ。別に私にそんなこと言う必要ないんだよ?


 というか、むしろダミアンは早急にシャロンさんと「そういう関係」になるべきじゃないかな。


 でも私はダミアンにそんな言葉をかけることはできなかった。


 なぜなら、ダミアンのその一言があまりにも嬉しかったから。彼の言葉を聞いてものすごく安心したから。今すぐにでもダミアンを抱きしめたいって思ってしまったから。


 だから私は、自分の気持ちを抑え込むことに必死で、ただ一言…


「…そうなんだ」


 と返事をすることしかできなかった。そしてダミアンの言葉一つひとつ、行動一つひとつが愛おしくてたまらないと感じている自分に気づき、改めて痛感した。


 今度こそ私は、ダミアンの前から消えるべきだということを。今すぐにでも。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 帰り道、何度もダミアンに昨日の非礼を詫びた私は、二日酔いが酷いので今日は一日ゆっくり休ませてほしいと嘘をつき、一人で自室にこもることにした。そして早速行動を開始した。


 まずは改めて自分の気持ちを分析して整理するところから。王都を去るという選択を最終的な結論とする前に、ちゃんと気持ちを整理して自分を納得させておきたかった。


 だから私は自分に問いかけることにした。問いかけの内容は「私は本当にダミアンのことが好きなのか」というものではない。私がダミアンのことを愛しているという事実には、もはや疑いの余地が全くなかった。


 だから私の自分に対する質問は「なら私は、ダミアンの気持ちを受け入れることができるの?」というものだった。


 年齢差のこと、身分差のこと、そして自分自身の体のことなど、あらゆる要素をちゃんと考慮して、慎重に検討した。考えて考えて考え抜いた。


 本気で悩んだ。悩みに悩みまくった。自分の中にいるもう一人の自分が、絶え間なく私を誘惑してきた。


『ダミアンに自分の体のことをちゃんと説明して、ダミアンがそれでも私が良いって言ってくれるならもうそれで良いじゃん』


『年齢のことなんて最初からお互い分かってたことでしょ?今更悩む理由にはならない』


『身分差?彼と一緒になれるなら、別に魔道王国を敵にまわしたって良いじゃない。もし交際を認めてもらえないなら彼を掻っ攫って逃げちゃえよ』


『これだけ両思いなのに何が問題なの?何が気に入らないの?』


 …でも最後の最後に私が出した結論は、やはり彼の気持ちを受け入れることはできないというものだった。表向きの理由は、自分は彼に相応しい相手ではないから。


 しかもシャロンさんのように何もかもが彼に相応しい相手が彼に好意を寄せているのであれば、そうでない私が身を引くべきなのは明らかだから。


 でもこの理由が建前に過ぎないことを、私はよく理解していた。私が彼の気持ちを受け入れられない本当の理由は、そんな優しいものではない。


 私はきっと、自分が傷つくのが怖いだけなんだ。


 自分の体のことをダミアンに打ち明けて、彼に拒絶されてしまうのが怖い。拒絶されなかったとしても、自分のせいで彼が悲しむことになったり、将来何かを諦めないといけなくなったりしてそれを見た自分が傷つくのが怖い。


 …イアンとの間で起きたことが、ダミアンとの間でもまた起きるのが怖い。


 結局私は昔から何も変わっていない。いつだって自分のことしか考えていない自己中心的な女で、それをうまく建前で包んで相手のために行動しているように見せているだけの偽善者なんだ…。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 理由がどうであれ、ダミアンの気持ちを受け入れられないという結論を出したのであれば、すぐにでも行動を開始した方が良い。ダミアンの顔を見ただけで、彼の声を聞いただけで、きっと私の決意は揺らぐから。


 だからダミアンとまた顔を合わせることになる前にここを去ろう。今日中に出ていこう。うん、そうしよう。


 そう判断した私はまず手紙を書き始めた。ダミアン、クリス、アーロンくん、ティファニー、オリヴィアさん、よくしてくれた使用人の皆さん、…そしてシャロンさんに。


 あっ、シャロンさんへの手紙は「ダミアンのことをよろしくお願いします」とかそういうおこがましい内容ではないよ。


 書いたのは、ダミアンとの会話を盗み聞きしたうえで、話に乱入までしてしまったことに対する謝罪の言葉。…そう、反省文です。もう平謝りですよ。


 …普通は処罰されてもおかしくない行動だったと思うんだよね。相手は王子と公爵令嬢なんだし。


 たぶんダミアンがあの調子だからなかったことになっているんだろうけど、私の行動のもう一人の被害者であるシャロンさんにもちゃんと謝っておかなきゃ。…許してくれるとは思えないけど。


 そしてダミアンへの手紙には、今までなかなか言い出せずにいた自分の体のことをちゃんと書いた上で、それが彼の気持ちを受け入れることができない理由であることを説明した。


 …最初から手紙にすればよかった。ずいぶん前から伝えるべきとは思ってたんだけど、なかなか言えなかったんだよね。


 言えなかった原因は彼に拒絶されたり、彼の心が私から離れていったりするのが怖かったからだと思う。


 何度も彼の告白を断っているくせにね。我ながら矛盾しているね…。ダミアンも厄介な女を好きになったものだよ。可哀想…。


 でもダミアンへの手紙の最後の方に書いた「誰よりもあなたの幸せを願っている」という言葉は紛れもない本音だった。


 私は彼を幸せにできる相手が自分ではないことを理解しているし、彼を幸せにできない自分が彼と一緒になることが許せないから彼の前から去るだけ。彼に幸せになって欲しいという気持ちだけは、本物だよ。


 みんなへの手紙がすべて完成し、必要最低限の荷物をまとめて旅の準備を終えた頃には、すでに夜になっていた。うん、ちょうど良いね。


 もうかなり愛着が湧いてきていた王城の自分の部屋を振り返り、誰もいない部屋に向かって「さよなら」と謎の別れの挨拶をした私は、気配を消す無属性魔法を使って無事王城を脱出し、闇に紛れてそのまま王都を後にした。


 自分で言うのもなんだけど、本気で逃げようとしている私を簡単に捕まえることは誰にもできないと思うよ。


 でもこれからも冒険者として活動するなら名前は変えた方が良いかもね。どんな名前にしようか。シンプルに「レイ」とか?それとも「レイチェル」の「チェル」の方を残して「チェルシー」とかにしてみる?


 …まあ、偽名なんて追々考えれば良いか。とりあえず今は最短ルートで魔道王国から出ることに集中しよう。

『だから私は自分に問いかけることにした。問いかけの内容は「私は本当にブックマークや☆評価がほしいのか」というものではない。私がブックマークや☆評価を愛しているという事実には、もはや疑いの余地が全くなかった』

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