26話 酔いつぶれました
…とんでもないことをしてしまった。取り返しのつかないことをした。冷静になって考えると信じられないくらい最低の行動だった。
先ほどの自分の行動を振り返ってみる。盗み聞きをしたうえで、二人にわざわざ声をかけたことでシャロンさんの告白の場面を台無しにして、挙句の果てに泣きながら逃げ出したという感じだね。…本当に最低。
しかもそんな子供じみた行動をした人間は28歳の大人で、その大人が身勝手な行動で迷惑をかけた相手は二人とも16歳。
…もう嫌だ。消えてなくなりたい。
あの場から走って逃げた私のことをダミアンは必死に追いかけてきてくれた。普通は女性の魔導士が日々体を鍛えている男性の剣士から逃げ切れるはずがないんだけど…。
でも私には特殊な事情で手に入った、人間離れした身体能力があるからね。だからダミアンは全力で走る私に追いつくことができなかった。
最後は私、2階から身を投げて1階の地面に余裕で着地するという、如何にも化け物らしい離れ業まで披露してしまったしね…。もう何をやっているんだか。
そしてそのまま王城を抜け出した私は、以前からお世話になっているお気に入りの酒屋で浴びるようにお酒を飲むことにした。
飲んで飲んで飲みまくってすべて忘れたい、できれば今日の記憶を丸ごと飛ばしたい。そう思った。
その酒屋のマスターは騎士時代から付き合いのあるとても信頼できる人で、お店の2階と3階部分は宿屋になっているから「酔いつぶれたい」という今日の私の目的にはぴったりだった。
マスターには入店と同時に宿泊料金とチップを支払い、今日は酔いつぶれるから意識がなくなったら部屋に運んで欲しいと伝えた。
そのことを聞いたマスターは心配そうな顔をしたものの、それ以上は何も聞かずに私を奥の席に案内してくれた。
案内された奥の席で、私はチェーンスモーキングをしながら黙々と強いお酒を飲み干し始めた。この飲み方、クリスに「自傷行為」と強く注意されてからはなるべく控えてたんだけどね。
…でも今日は仕方がない。今日だけは許してね。
ちなみにイアンと別れた直後はほぼ毎日やってたんだよね、これ。あの時クリスが本気で怒ってくれなければ、私はとっくに死んでたかもしれない…。
ありがとうね、クリス…。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
懐かしい思い出を振り返ることで現実逃避しつつ、黙々と喫煙と飲酒を続けていた私だったが、その現場に意外な人物が乱入してきた。
「あたしとの約束をすっぽかすとか、すごい度胸ですね?先輩」
今の私のことを「先輩」と呼ぶ人は、一人だけ。声がした方向に視線を向けると、そこには予想通りの人物が立っていた。
四天王オリヴィア・ラインハルト。白銀色のサラサラの髪とエメラルド色に輝く瞳、全身から漂うものすごい色気と退廃的な雰囲気。外見のイメージは「どこにいても目立つ妖艶な美女」といった感じかな。
そして彼女と少し付き合ってみて分かったんだけど、彼女の内面は外見よりも遥かに強烈だった。
名門貴族の箱入り娘がどうしてこの性格に育ったんだろうと不思議に思っちゃうくらい破天荒で直情的、そして気まぐれな性格。
徹底的な快楽主義かつ刹那主義で、国王陛下の前でも「あたしは自分が楽しければそれで良い」という趣旨の発言を堂々と行うらしい。
そしていくらでもわがままを通せる実力も権力も持っていて、自分の行動に対して誰にも文句を言わせないらしい。
…そうだった。今日私は、そんなとんでもない相手との待ち合わせをすっぽかしたんだった。確かにすごい度胸だね、私。
「…申し訳ございません。どんな罰でも甘んじて受けます」
「へぇ。それって今夜は先輩を好きにしていいってこと?」
急に顔を近づけ、左耳の近くで色っぽく囁くオリヴィアさん。
…びっくりした。そしてゾクッとした!不意打ちやめて!
でも、そうなんだよね…。この人、恋愛対象は女性なんだ。しかも噂によるとめちゃくちゃ女癖が悪いらしい。気に入った相手にはすぐに手を出してしまうんだとか。
「…そうですね。それもいいかもしれません」
…もうどうにでもなれ。自暴自棄になったアラサーなめんなよ。煮るなり焼くなり好きにすればいいんじゃない?
「はぁ…つまんないの。まあいいや、たまには一緒に飲みましょう」
私の投げやりな言葉に興醒めしてしまったのか、オリヴィアさんは一つため息をついてから私の隣の席に勝手に腰をかけてしまった。
うん、彼女が私のところにやってきた時点で、私を一人にしてくれないだろうなってことは予想してた。…ま、いっか。
「で、何があったんですか?」
しばらく他愛もない話をしながら私のお酒に付き合ってくれていたオリヴィアさんは、突然少し真剣な顔になってそんなことを聞いてきた。
「何がと言いますと…?」
「…あたしとの約束をすっぽかして、しかもこんな早い時間から訳のわかんない飲み方してるじゃん?…何かあったんでしょ?今日」
「……」
うん、あったね。でもそれをオリヴィアさんに言う必要は……いや、もう言っちゃおうか。一人で抱え込んでも仕方がない。
それに私はこれから王都を追放されるか、この世から追放されるかもしれない訳だし、そうでなくても速やかに王都を去るつもりなんだ。今更彼女に自分の気持ちを隠しておく意味も必要もない。
そうだね。言おう。今自分が思っていること、全部言っちゃおう。
そう考えた私は今日起きたことだけじゃなくて、ダミアンと出会ってから今までの出来事や自分が今ダミアンをどう思っているかまで、ダミアンとのことをほぼ全部オリヴィアさんに吐き出してしまった。
途中からはずっと泣きながら話をしていた気がする。私、泣き上戸ではないはずなんだけどな…。
オリヴィアさんは意外にも聞き上手で、最初から最後まで真剣に私の話を聞いてくれた。
そしてダミアンが私のことをものすごく心配していたけど、オリヴィアさんが「自分なら彼女の居場所を特定できる。明日には連れ戻すから今日は待っていてほしい」と言ってダミアンを落ち着かせたことを教えてくれた。
その話を聞いて、どうして彼女が私の居場所を特定できるのか一瞬不思議に思ったんだけど…。いやもうこの際そんなことはどうでもいいか。彼女の実力なら何ができても不思議ではない。
というか今の話からすると、私が今日王城に連れ戻されることなく酔いつぶれるまでお酒が飲める環境を作ってくれたのはオリヴィアさんなんだね。
オリヴィアさんに感謝しなきゃね。てかオリヴィアさん、実はめちゃくちゃ良い人だったんだね。カッコいいし頼りになる。
私、もしダミアンと出会ってなければ、オリヴィアさんに落とされていたかもしれないな。
…オリヴィアさんの姿を見つめながらボーっとそんなことを考えていたのが、その日の私の最後の記憶だった。
ブックマークや☆評価をたくさんいただければ、オリレイのifルートが出現するかもしれません…?笑