25話 逃げ出してしまいました
レイチェル視点です。
レイチェル視点の話の流れは21話 ⇒ 1話 ⇒ 25話です。
ダミアンにプロポーズされてから数日が経った。あの日からいろいろと悩んでしまって夜もなかなか眠れなくなった私は、最近は常に寝不足気味だった。
正直、彼からのプロポーズは涙が出るほど嬉しかった。もう難しいことは何も考えずYesと言いたかった。心は「私でよければ喜んで」と叫んでいた。
でも彼のプロポーズを受け入れることは、私にはできなかった。
そして彼からプロポーズまでされてしまったことによって、私はそろそろ本気で王都を去ることを考えなければならないタイミングが来たことを直感した。
これ以上は本当にまずい、いつ自分の気持ちをコントロールできなくなってもおかしくない。そう思ったから。
そんな私がまだ王城に滞在している理由は二つ。一つ目はプロポーズの翌日から、ダミアンが私の行動を監視していると思われること。ほぼ24時間、使用人のどなたかが常に私に付き添うようになったからね…。
明らかに不自然なその変化から、私はダミアンのメッセージを読み取ることができた。
彼はたぶん「またあなたが逃げ出そうとする可能性があることは理解しているよ。でもちゃんと見てるからな」ということを私に伝えたかったんだと思う。
別に監視がついていても逃げられないわけではないけど、運悪く私が逃げた時に私のお世話(+監視)をしていた使用人の方が万が一責任を問われたら嫌だからね。みんな本当に私によくしてくれているし。
たぶん私がそう考えるだろうってことまで予測したうえで、ダミアンはこの方法を選んだんだろうな。本当、恐ろしい子。いつの間にか一流のストーカーに育ってしまって…。
…行動を監視されていると感じても「別に嫌ではない」と考えてしまう私も相当頭のおかしい女なんだろうけど。
そしてもう一つの理由はより単純だった。去るべきだということは理解しているくせに、もう私は王都を去りたくない、これからもダミアンと一緒にいたいと強く願うようになってしまっていた。
正直、二つ目の理由の方がより本音に近いと思う…。
だから「監視がついた」とか「使用人の方に迷惑がかかる」というのを言い訳にしてズルズル滞在を続けているんだろうな。そう思っているからこそ、今すぐ去るべきなのは分かっているんだけどね…。
そんな悶々とした日々を過ごしている中、なぜか最近はオリヴィアさんと絡む回数がさらに増えていた。しかも最近の彼女は…なんていえば良いかな、対応に困る言動が多くなっていた。
どんな言動なのかって?うーん、簡単に言うと、私を恋愛対象として見ていて、完全に落としにかかっているような言動かな。
私の自意識過剰ならいいんだけどね…。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その日、私はまたオリヴィアさんに呼ばれていた。朝、オリヴィアさんから届いた手紙には王城2階に静かな庭園があるから、15時からそこで二人でお茶をしようという内容が書いてあった。
私に拒否権はないとでも言いたいかのように、返信は求められておらず、手紙の最後には「待っています」という重い一文が書かれていた。相手には選択の余地を与えないのがラインハルト流なのか。
仕方なく私は、時間通りにオリヴィアさんが指定する場所に向かった。まあ、最近は柄にもなく自室で魔道研究を始めてしまうほど毎日暇を持て余しているから、お誘いを断る理由もないしね。
でもそこで私を待っていたのは、全く予想していなかったショッキングな出来事だった。
私が庭園に入ってオリヴィアさんの姿を探そうとした瞬間、どこかで聞いたことがあるような女性の声が聞こえてきた。
「ダミアンの好きな人って、レイチェルさんなんだよね?」
えっ、私?てかダミアン?どういうこと?誰かがダミアンが話してるの?…そして次の瞬間、驚いたような声をあげたのは、予想通りダミアンだった。
「…!?急にどうした?」
「そして何度も彼女に告白して、振られ続けてる」
「……」
私は何かに取り憑かれたかのように、まるで吸い込まれるように声がする方に近づいていった。
盗み聞きが最低の行為なのはわかっている。きっと聞いて楽しい話じゃないだろうなということも理解している。
それなのに私は、もう自分をコントロールすることができなくなっていた。止まることができなくなっていた。
「何度好きって伝えても振り向いてもらえないってことはさ、きっと脈なしなんだと思うよ」
「……」
「そしてダミアンには、幼い頃からずっとダミアンのことだけを見ている人がいる」
「…シャロン、あの」
「一度でいいからさ、わたしにチャンスをくれない?絶対に後悔はさせないから。わたしを選んでよかったって思ってもらえるように頑張るから…!」
いつの間にか私は二人のすぐ近くまで歩み寄っていた。でも話に夢中になっている二人は、私が近づくことに全く気付かない様子だった。
ダミアンと話をしている相手は、公爵令嬢シャロン・ローズデールだった。
…そうか。そうだったのか。彼女、ダミアンのことが好きだったんだ。
シャロンさんが私に会いに来たのも、もしかしたらダミアンが夢中になっている女がどんな人間か見たかったというのが本当の理由だったのかな?
いずれにしてもシャロンさんがダミアンのことが好きなのであれば、幼い頃から一途にダミアンのことを想い続けているのであれば。私がやるべきことは決まっていた。
「シャロン様のおっしゃる通りです、殿下」
「…っ!?」
突然私に後ろから声をかけられたダミアンが、驚いた顔でベンチから立ち上がった。よく考えたら私、今王族と名門貴族の話を盗み聞きしたうえで「私は盗み聞きをしていました」と自白しているようなものだね。
…追放かな?死刑かな?それならそれでいいや。私のことなんてどうでも良いから、とりあえず今は伝えるべきことを伝えよう。
「殿下に相応しい相手はどう考えても私じゃなくて、シャロン様ですよ」
どう考えても、どこをどう見ても、私じゃなくてシャロンさんですよ。
というか私との比較を抜きにしても、客観的に見てダミアンとシャロンさんって信じられないくらいお似合いじゃん。年齢も近いし、身分や家柄も文句なしで釣り合いがとれているし、美男美女だし。
「…レイチェルは本当にそれでいいのかよ。俺が他の女と付き合っても何とも思わないの!?」
…いい訳がないじゃん。何とも思わない訳がないじゃん!
「はい、何とも思いません。私は殿下を恋愛対象として見たことは一度もありませんので」
「それなら…」
「…?」
「それなら何で今泣いてるんだよ!!」
「…泣いてる?私が…?…えっ!?」
そこで初めて、私は自分が涙を流していることに気づいた。そしてそのことに気づいた瞬間、何をどうしたら良いか分からなくなってパニックに陥ってしまった。
そしてパニック状態の私は、もっとも幼稚で、もっとも最低な行動を選択した。…走ってその場から逃げ出したのである。
『それなのに私は、もう自分をコントロールすることができなくなっていた。ブックマークや☆評価をおねだりすることをやめられなくなっていた』




