24話 届かない想い
シャロン視点です。
ダミアンの憧れの人は、わたしも名前を聞いたことがある有名人だった。名前はレイチェル・オーモンドロイド。若い頃はうちの国の騎士団に所属していたらしいけど、現在は退役して冒険者として活躍中。
闇属性の魔法を極めている凄腕の魔導士で、その実力は世界トップ5に入るレベルと言われている。
学園の行事と日程が被ってしまい彼女の「歓迎パーティー」に参加できなかったわたしは、表向きの理由を「ご高名な魔導士でいらっしゃるレイチェルさんに一度会ってみたい」ということにして、なんとか彼女との面会を実現させた。
実際に会ってみた彼女は…悔しいけど、わたしにないものをすべて持っている素敵な女性だった。
誰もが名前を知っているほどの有名魔導士だというのに、どこまでも謙虚で礼儀正しい立ち振る舞い。そして全身から漂う大人の色気と余裕。
正直、嫉妬せずにはいられなかった。そしてダミアンと出会う前のネガティブなわたしに戻ってしまったかのように、「わたしなんかがこんな人に勝てるわけがない」と卑屈になったりもした。
さらにわたしを悔しい気持ちにさせたのは、彼女の言葉がダミアンを変えたことで、間接的にわたしの人生も彼女に救われているという事実だった。
わたしにとってこれ以上なく邪魔な存在であるはずの目の前の女性は、同時に自分の恩人でもあることをわたしはよく理解していた。
…間接的とはいえ彼女はわたしの人生をポジティブな方向に変えてくれたわけだから、本当は感謝しないといけないのはわかってるけどさ。わたしまだそこまで大人にはなれないんだよね…。
そしておそらく勝ち目はないだろうということを理解していながらも、彼女に負けたくない、このままダミアンを諦めるわけにはいかないと叫んでいるもう一人の自分がいた。
だからレイチェルさんとの出会いの後、わたしはいろんな方法を使って情報を収集した。
その結果、ダミアンとレイチェルさんはまだ恋仲ではなく、おそらくレイチェルさんがダミアンの気持ちを受け入れていないのがその理由だということを突き止めた。
わたしがどんなに欲しくても手に入れられなかったダミアンの愛情を最初から独り占めしているくせに、彼のアプローチを拒否し続けているらしい彼女には、正直嫉妬を超えて殺意まで覚えてしまった。
でもいくらレイチェルさんに怒りや嫉妬を感じたところで結局、わたしにできることは精一杯自分の気持ちをダミアンに伝えることしかなかった。
だから夏休みに入ってから、わたしは実家に帰省せず王都に残り、しつこくダミアンに付きまとうことにした。
ダミアンは困り気味だったけど、そんなことは気にしていられない…!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そんなある日、わたしに意外な協力者が現れた。四天王オリヴィア・ラインハルトさん。お互いの実家がとても近いので、幼い頃はたまに遊んでもらったりもしていた顔見知りのお姉さんなんだけど…。
…正直、本能と感情だけで生きているような感じのあまりにも破天荒な人だから少し絡みにくいというか、何をするか分からないという意味で「こわい人」だなと思って最近はちょっと距離を置いていた相手だった。
で、その危険人物のオリヴィアさんは、わたしがダミアンとお付き合いするようになるのは彼女にとっても悪い話じゃないし、何よりも「面白そうだから」という彼女らしい理由で、ダミアンとわたしのことを応援すると言い出した。
…まあ、相変わらず彼女が何を考えているかはよくわからなかったけど、彼女は何の見返りも求めず協力するとのことだったので、拒否する理由はどこにもなかった。
彼女がわたしなんかに恩を売っておく必要があるとは思えないし、そもそもそんなことを考えて行動するような人じゃないし。
何よりも、レイチェルさんがいつダミアンに落とされるか分からない状況の中、わたしは手段を選んではいられなかった。
…使えるものは何でも使わなきゃ。だからわたしは、喜んでオリヴィアさんに協力をお願いすることにした。
そして今日が、二人で考えたある作戦の実施日である。
事前の打ち合わせ通り、わたしはダミアンと一緒に王城2階の人通りが少ないエリアにある庭園に来ていた。庭園の入口に近いところにあるベンチで、他愛もない話をするわたしたち。
悲しいことに最近のダミアンはわたしと二人きりになることをなるべく避けようとしていたから、今日はどうしても伝えたいことがあると言って半ば無理やり来てもらった。
ダミアンはわたしに告白でもされると思っているのか、どこか落ち着かない様子だった。しばらくして、ほぼ予想通りの時間に庭園の入口に近づく一人の女性…つまりはレイチェルさんの姿を確認することができた。
(まるで物語の中の悪役令嬢だね、今のわたし…)
そう、今のわたしはきっと客観的に見ると卑怯な邪魔者。自分の目的のためには他人、それも自分の好きな人を傷つけることも厭わない自分勝手な悪役令嬢…。
本当のことを知ったら、きっとダミアンはわたしに失望するんだろうな…。もしかしたら彼に断罪されて修道院送りになるかもしれない。
…うん、それならそれで仕方ないね。わたしが悪いから。
だとしても、ここまで来て何もせずに諦めるわけにはいかない。ダミアンに振り向いてもらうためにできることはなんだってするって決めたのだから。
何も知らないレイチェルさんがわたしたちに近づいてきていることを確認したわたしは、わざと大きめの声で話題を変えた。
「ダミアンの好きな人って、レイチェルさんなんだよね?」
「…!?急にどうした?」
「そして何度も彼女に告白して、振られ続けてる」
「……」
ダミアンは何ともいえない微妙な顔をして黙ってしまった。
「何度好きって伝えても振り向いてもらえないってことはさ、きっと脈なしなんだと思うよ」
「……」
「そしてダミアンには、幼い頃からずっとダミアンのことだけを見ている人がいる」
「…シャロン、あの」
ダミアンの言葉を遮り、自分が言いたいことを言い続けるわたし。
「一度でいいからさ、わたしにチャンスをくれない?絶対に後悔はさせないから。わたしを選んでよかったって思ってもらえるように頑張るから…!」
辛そうな顔のダミアン。彼が何か言葉を発する前に、わたしたちのすぐ近くまでやってきたレイチェルさんがダミアンに声をかけた。
「シャロン様のおっしゃる通りです、殿下」
「…っ!?」
突然声をかけられ、驚いた顔で座っていたベンチから立ち上がるダミアン。
「殿下に相応しい相手はどう考えても私じゃなくて、シャロン様ですよ」
「…レイチェルは本当にそれでいいのかよ。俺が他の女と付き合っても何とも思わないの!?」
ダミアンは、叫ぶような悲痛な声でレイチェルさんに訴えかけた。
「はい、何とも思いません。私は殿下を恋愛対象として見たことは一度もありませんので」
「それなら…」
「…?」
「それなら何で今泣いてるんだよ!!」
「…泣いてる?私が…?…えっ!?」
レイチェルさんはそこでやっと自分が涙を流していることに気づいたらしい。そのことを認識した瞬間、慌てて様子でどこかに走り去って行ってしまった。
そしてダミアンは、当然のようにそんなレイチェルさんを追いかけていった。わたしのことを置き去りにして。彼がわたしの方を振り向くことは一度もなかった。
わたしは、呆然としてそんな二人の後ろ姿を眺めるしかなかった。「レイチェルさん、めちゃくちゃ足速いな、ダミアンが本気で追いかけているのに全然追い付けないじゃん」と、どうでも良いことを考えている自分がいた。
たぶん、最初からわたしにはチャンスなんかなかったという事実を改めて叩きつけられ、無意識に現実逃避してたんだろうね。
「…泣いても良いですよ」
一歩も動くことができず、その場で立ち尽くしていたわたしに後ろから声をかけてきたのは、もう一人の王子様だった。
「…いつからいらっしゃったんですか」
「ほぼ最初からです。そして、オーモンドロイドさんが今のタイミングでこちらを通りかかるように裏で調整されていたのも知っています」
「…!?…どうして?」
ドミニク殿下はいつもと変わらない穏やかな笑顔を浮かべていた。
「シャロンさんがずっと彼のことを見ていたように、僕はシャロンさんのことをずっと見ていましたから」
「……」
「…何度好きと伝えても振り向いてもらえないということはね、きっと脈なしだと思うんです」
「……」
「そしてシャロンさんには、幼い頃からずっとあなたのことだけを見ている人がいます」
「…殿下」
「一度でいいから僕にもチャンスをいただけませんか。絶対に後悔はさせませんし、僕を選んでよかったって思っていただけるように頑張ります。あなたを、必ず幸せにします」
ドミニク殿下にその言葉を言われた瞬間、まるで心の中の堤防が決壊したかのように、わたしの目からは涙が溢れ出てしまった。
そしてドミニク殿下はわたしが落ち着くまでずっとわたしのことを優しく見守ってくださっていた。
『だとしても、ここまで来て何もせずに諦めるわけにはいかない。ブックマークや☆評価をもらうためにできることはなんだってするって決めたのだから』




