23話 わたしの王子様
シャロン視点です
恥ずかしい話だけど、子供の頃のわたしはとても痛々しい子供だった。大貴族の娘として生まれ何不自由なく暮らしていたくせに、悲劇のヒロインぶって毎日人生を悲観している可愛げのない子供だったからね。
別に「身分は大貴族だけど一人だけ母親が違っていて兄弟姉妹にいじめられていた」とか、「父親の再婚相手に虐待されていた」とか、そういう物語に出てきそうな重い話があるわけでもない。
3人兄妹の末っ子として生まれ、両親にも兄と姉にも可愛がってもらっていた。
それなのにわたしが人生を悲観していた理由は、自分の魔力にあった。
わたしの家は、魔道王国シェルブレットの三大公爵家の一つである名門ローズデール家。父と母は二人とも一流の魔導士で、兄と姉もその才能を見事に受け継いでいた。
でもわたしは…わたしだけは違っていた。魔力測定の結果判明したわたしの魔力は「正直、魔導士として使い物にならないレベル」の貧弱なものだった。
それによって家族や使用人のみんながわたしを見下したり、冷遇したりするようなことは一切なかったし、みんな変わらず、いやむしろ前よりも優しくわたしに接してくれていたんだけど…。
問題はわたし自身にあった。名門貴族の末っ子としてチヤホヤされて育ち、とてもプライドの高い子供だったわたしは、一瞬にして落ちこぼれの令嬢になった自分に優しくしてあげることができなくなっていた。
それまで自分のことが可愛くて仕方なかった分、実は出来損ないだったことが判明した自分を認めることも、受け入れることもできなかった。
結果、どうなったかというと、わたしはとてつもなく卑屈で自虐的な性格になった。まだ10歳にもなっていない子供の口癖が「どうせわたしなんて」だったからね。
…面倒くさい子供だったよ、本当に。
そんなある日、王城で開かれたお茶会である人物に出会ったことにより、わたしの性格と考え方は大きく変わった。
その人物の名前はダミアン・シェルブレット。そう、魔道王国シェルブレット第一王子のダミアン殿下である。
出会う前から彼の話は聞いていた。魔力を認識できない魔道王国の第一王子。彼がどんな性格で、どんなことが得意で、どんな個性があるのかといった話は一切聞かなかった。
みんなが噂する彼に関する情報はただ一つ。「魔力を持たない」。
わたしは出会う前から彼に興味を持っていた。会ってみたいと思っていた。なぜなら自分と境遇が似ていると思ったから。
いや、似ているというより、彼の状況は自分の境遇をさらに悪くしたようなものだったから。
もっと本音を言うと、わたしは彼と傷の舐め合いがしたかったのかもしれない。もしくは自分よりも不幸な立場の彼を見下すことで、久しぶりに優越感に浸りたかったのかもしれない。
はい、認めましょう。当時のわたしは本当に最低の性格だったんです。今は違うのか?と言われるとあまり自信はないけど、当時よりはマシになったと信じたい…。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
結論から言うと、わたしはダミアンと傷の舐め合いをすることも、彼を見下して優越感に浸ることもできなかった。
その代わり、彼との出会いはわたしにポジティブな意味での衝撃を与え、わたしの人生を変えてくれた。
王城のお茶会で挨拶を交わしたダミアンは、まるで太陽のように光り輝く存在だった。全く魔力を持たないにもかかわらず、どこまでも前向き。
わたしと同じ9歳の子供なのに常に堂々としていて、その言動は自信と希望に満ち溢れているように見えた。
まさに「王子様」だなと思った。どちらかというと現実の王子様というよりも物語の中に出てくる理想の王子様に近い感じ。
正直、彼がダミアンと名乗るまで、わたしは彼のことをドミニク殿下だと思い込んでいた。だって、わたしが想像していたダミアン殿下は、自分を男の子にしてさらにこじらせたような感じの卑屈で弱々しい少年だったから。
どうしてそんなに明るく振る舞えるの?自分の運命が悲しくないの?魔力に恵まれたドミニク殿下がうらやましくないの?毎日「なんで僕は」って思ったりしないの?
その日、わたしは何度も心の中でダミアンにそんな質問をしていた。そして彼に強い興味を持つようになったわたしは、それ以降機会さえあれば彼に会うためだけに片道4時間かけて地元から王都まで通うようになっていた。
王都訪問の度にわたしが泊まっていた王都にあるローズデールの屋敷の一室は、いつの間にか「王都屋敷のシャロンお嬢様の部屋」と呼ばれるようになった。
ダミアンへの憧れから、わたしは彼と同様に剣術を習うことにした。嬉しいことにわたしには剣術の才能があったようで、剣の腕はぐんぐん上達していった。
わたしの剣術の上達を見たうちの家族は、わたしの知らないところでわたしのことを「メイソン・ローズデールの再来」だと言って周りに自慢しまくっていたらしい。
…いやあの、いくら可愛い末っ子が元気を取り戻したのが嬉しくても、まだ剣術を習い始めたばかりの小娘の自慢のために伝説のソードマスターの名前を使うのはやめませんか。プレッシャーがすごいんですけど。
そして父はなんとそのメイソン・ローズデールが愛用していたとされる、ローズデール家の家宝の一つである「魔殺しの剣」をわたしに預けるとまで宣言してしまった。
いやとてもありがたいけど…まだ学園にも入学していない子供に預けて良いものなんですか、それ…。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
気がついたらわたしはダミアンに恋をしていた。
当然の流れだったと思う。彼はわたしにとって憧れの存在で、自分の人生を変えてくれた恩人で、誰よりもわたしの気持ちを理解して共感してくれる存在でもあったんだから。
でもダミアンは違っていた。彼は自分に近い境遇のわたしを「お互いを理解し合える大切な友人」と考えていると言っていた。
そしてわたしとは性別を超えた親友になりたいとも言ってくれた。わたしたちがお互いを呼び捨てにしているのにはダミアンのその意向が反映されている。
もちろん、わたしが彼にとって大切な存在になれたことはとても嬉しかったんだけど、正直、わたしが彼に求めているものは友情ではなかった。
でも残念ながら彼がわたしを恋愛対象として見ていないこと、そして彼には心から愛する人が他にいることをわたしは割と早い段階から理解していた。
ダミアン本人がわたしに何度か言っていたからね。8歳の時に一度だけ会った年上の魔導士のことをずっと想っていると。ネガティブでひねくれた子供だった自分を救ってくれたのは彼女だと。
彼がわたしに言ってくれた素敵な言葉…
たとえば「魔力が強いから幸せになれるとは限らないし、魔力がないから幸せになれないわけでもない」とか「そもそも人間、生きてるだけで褒められるべき。魔力のありなしとかそんなことはどうでもいい」という言葉も実はその魔導士の受け売りだって言っていた。
だから、わたしは認めざるを得なかった。わたしがダミアンに対して抱いている感情とほぼ同じ感情を、ダミアンはその魔導士に対して抱いているんだろうなってことを。
そしてわたしがどんなにダミアンのことを想い続けても、たぶんダミアンは振り向いてはくれないだろうなってことも。
そんな中、15歳になったわたしは魔道学園に入学することになった。この程度の魔力を磨いてどうするんだって話だけど、微弱とはいえ魔力を持っている以上、わたしは魔道学園に入学せざるを得なかった。
一方、一切魔力を持たないダミアンは魔道学園に入学することなく、その代わり従者のアーロンさんと一緒に剣の腕を磨くための修行の旅に出ることになった。
わたしは直感的に、ダミアンの旅の本当の目的は例の魔導士を探し出して王都に連れ帰ることだと悟った。
…自分に勝ち目なんかほとんどないことは理解しているけど、それでもダミアンのことを諦められないわたし。
そんなわたしは心のどこかで「どうかその魔導士が見つからないで欲しい、というかその魔導士さん、すでに死んでいたりしないかな」と良からぬことを考えていた。
うん、わたし、幼少期に比べても少しもマシな人間になっていないね。相変わらず最低の女だよ…。
でもわたしの邪悪な願いが叶うことはなく、旅に出てから約1年後、ダミアンは彼の想い人と思われる魔導士と一緒に王都に帰還した。
『わたしは直感的に、作者の本当の目的は読者様を探し出してブックマークや☆評価をおねだりすることだと悟った』