2話 声をかけられました
「はぁ…これからどうしようか?」
「ねー、まさかこんなことになるとはね…」
…だよね。私も急にこんなことになるとは全く予想してなかったよ。
私たちは困っていた。そして悩んでいた。
ロザラム王国南部に位置する大都市、ダートフォード・シティのとある高級ホテル。私とクリスはホテル1階のラウンジに長々と居座って今後の方針について話し合っていた。
ちなみに今渋い顔でアイスコーヒーを口に運んだ赤髪の華やかなお姉さんが「クリス」で、彼女とはもう5年近く一緒に活動している。
約7年間の冒険者生活の中、こんなに長く一緒に仕事ができた相手は彼女だけ。だから私は彼女のことを単なるパーティーメンバーではなく、誰よりも信頼できるパートナーで生涯の親友だと思っている。
…きっと彼女も私のことをそう考えてくれているはず。うん、そう信じたい。
ちなみに彼女のフルネームはクリスティーン・ニコルズで、24歳。
ロングボウを武器とする「スナイパー」というジョブの冒険者で、味方と敵の動きを完璧に先読みして行う援護射撃の精度と速度は神の領域に達している。簡単にいうと弓の達人ですね。
で、私たちはどうして困っているのか。それは、この2週間で私たちのパーティーからメンバーが3人も抜けてしまったからである。
その日は朝、3人目の引退メンバーが私たちの拠点であるダートフォード・シティから旅立っていったばかりだった。
元々私たちが所属していたパーティーは5人組。
一人ひとりの能力はもちろん、パーティーメンバーのジョブのバランスやメンバー間の相性も非常によく、ダートフォードだけではなくロザラム王国全体でもトップ3に入る実力と評価されていた理想的なパーティーだったんだけど…。
それがわずか2週間で実質解散となってしまったのである。
別に喧嘩別れしたわけではない。むしろ抜けた3人はそれぞれが冒険者になった目的を達成できたらしく、満足して冒険者生活から卒業するという感じだった。
だから私たちとしては「おめでとう」と言って笑顔で送り出すしかなかったのだけど…。
いやでも普通1年半も同じメンバーで続いたパーティーからたった2週間で3人も抜けるか?まあ、3人中2人は恋人同士だったからセットで抜けたという形だけどさ。
で、残されたのが私とクリスの二人な訳ですが、問題は私たち二人だけだとパーティーとしてのバランスが非常によろしくないというところにあった。
というのは、私は闇属性の魔法を得意とするソーサラーで、彼女は弓を武器とするスナイパー。どちらも得意なのは中距離から遠距離での戦闘で、接近戦のスペシャリストではない。
一応私は魔道学園で3年間剣術教科を受講していたし、他にも少々特殊な事情があって魔導士にしては身体能力が高い方なので接近戦にもある程度は対応できるんだけど…
でもやはり今まで一緒に戦っていた接近戦専門のメンバーたちの実力には遠く及ばない。
ついでに回復・後方支援を担当していた聖属性の魔導士も抜けちゃったから、万が一怪我でもしたらポーションがぶ飲みに頼るしかない状況になってしまったんだよね…。
…うん?どうして「魔道学園」に「剣術教科」があるのかって?ああ、それね…。確かに私も最初は不思議に思っていた。「魔法を教える学園じゃないの?」って。でもそれにはちゃんとした理由があった。
実は私の母校はその国における士官学校の役割を兼ねている。だから「士官学校の役割も兼ねているなら、軍人としての基本的な素養の一つといえる接近戦の基礎を身につけられる環境を生徒たちに提供すべき」という理由で、剣術も教えているとのこと。
それに加え、「接近戦の基礎を身につけることは、将来冒険者の道を目指す生徒たちにとっても間違いなく役立つ」というメリットもあるらしい。
確かに言われてみればそのとおりである。しかも半分くらい興味本位で受講してみたら講義内容がものすごく実戦向きで、授業もとても分かりやすかったから思っていた以上に剣術が上達したんだよね。
だから実際に「魔道学園の剣術教科」は、今卒業生の私の冒険者生活にめちゃくちゃ役に立っている。
…話が逸れてしまった。今は私の母校とか学園生活の話はどうでも良い。そんなことより接近戦のスペシャリストたちも回復役も全員引退して二人残されたソーサラーとスナイパーが、これからどうやって仕事をしていくかをちゃんと考えて決めなければ。
ギルドでパーティーメンバーの募集をかけてみる?それとも当面は二人だけでも遂行できそうな比較的難易度低めのクエストを受ける方向でいく…?
私たちが難しい顔をしてそんなことを話し合っていた時だった。
「突然失礼いたします。レイチェル・オーモンドロイド様とクリスティーン・ニコルズ様でいらっしゃいますか」
「「…?」」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
突然声をかけてきた男性の方に視線を移すと、そこにはびっくりするほど美形さんが二人立っていた。
声をかけてきたのは黒縁メガネがよく似合っているインテリ系のイケメンくん。年齢は20代前半くらいかな。
髪と瞳はほぼ黒に近いグレーで、落ち着いた雰囲気からは「俺はものすごく頭脳明晰なんだぞ!敬え!」という隠れた自己主張をはっきりと読み取ることができる。
…はい、初対面から濡れ衣を着せてみました。
その隣に立っていたのは黄金色に輝く髪と美しい水色の瞳が印象的な超絶美少年くん。年齢は15、6歳くらいじゃないかな。顔と雰囲気はたぶん系統としてはワイルド系で、ちょっとワルそうな感じの色気のある美形さんだと思う。
…なぜか初対面から「満面の笑み」って言っても過言ではないくらいのニッコニコの笑顔で私を凝視しているから、ちょっといろいろ台無しになっているというか、割と怖いけど。
「…はい、そうですが…、何かご用ですか」
っておい、クリス。あなたねぇ…。
…本当、美形って得だな。普段は警戒心の塊でナンパなどまるで相手にしない私の親友ちゃんが一発で自分がクリスティーン・ニコルズであることを認めて、しかも親切にも自分たちに何か用があるのかまで確認している。
別に友好的な感じというわけではなく、ちゃんと警戒はしているんだけど、声をかけてきたのが超美形の二人でなければおそらくクリスは「人違いです」の一言で会話を終わらせたはず。
「お会いできて光栄です。僕は先日から冒険者活動をしております、アーロン・ジョンストンと申します」
「ダミアン・メイソンです。よろしくお願いします!」
「実はお二人にご相談したいことがございまして…。よろしければ僕たちに少しだけお時間をいただけませんか」
うん、とても礼儀正しい人たちだね。さすが美形。…いや、美形関係ないか。でも相談ねぇ…どんな相談か知らないけど、もしお仕事の依頼ならギルドを通してもらわないと…。
「クリスティーン・ニコルズです。良いですよ。あちらの席に移動しましょうか」
っておい、クリス。あなたねぇ…。(二回目)
私が「どのような相談ですか」という質問をするより前に、クリスが席を立ってラウンジの奥の方の4人席を指差しながら話を進めてしまった。
いやちょっと前向きすぎるだろ。ジョンストンさんが単に美形なだけじゃなくて、ものすごくクリスの好みのタイプなのは一目見てわかったけどさ。だとしても普段の警戒心はどこ行った。
結局私は一度も発言を許されず、クリスの後ろについて奥の席に移動するしかなかった。いや別に発言を禁止されているわけじゃないんだけどさ…。
なんか「若者同士の恋の始まり」のシーンを見ているような感覚で、親戚のおばちゃんにでもなったような気持ちだったんですよ、私。
そしてそんな私を、メイソンさんはずーっとニコニコしながら見つめていた。
いやそろそろ本気で怖いから。何なの?この不気味な美少年くんは…。
私は常に「満面の笑み」って言っても過言ではないくらいのニッコニコの笑顔で読者の皆様を凝視しています。そうすればブックマークや☆評価をいただけるんじゃないかなと期待して…!