18話 それ、おいしいの?
俺には魔力がない。
魔力はすべての生命に宿るものなので、正確には「自分の体に流れる魔力を認識できないだけ」ということらしいけど、いずれにしても俺は一切魔法が使えない。
魔法が使えないということ自体は別に珍しくはない。逆に魔法が使える人間の方が圧倒的に少数派で、大多数の人間は魔法など使えない。
問題は俺が、魔道王国シェルブレットの王子として生まれたというところにあった。
「魔道王国」を名乗るだけあってうちの国の人間、特に王侯貴族の間では「強い魔力と優れた魔道技術には絶対的な価値がある」という考え方が一般的だからね。
そしてその考え方を反対解釈すると「魔法が使えない人間の価値は低い」という結論になっちゃうんだよね。
ちなみに俺は魔力を認識できないだけじゃなくて、体に宿る魔力自体も極めて貧弱らしい。たぶん「この程度の魔力を認識できたところで…」ってレベルなんだと思う。
さすがに面と向かってそんなことを言われたことはないけど。
そんな俺には双子の弟がいた。名前はドミニク。彼はまるで母のお腹の中で俺の分の魔力をすべて奪い取ったかのように、極めて強い魔力を持っていた。
そして5歳で自分の魔力を認識し、その後の魔力制御の練習も順調に進んでいるようだった。
欠陥品の第一王子と、天才肌の第二王子。しかも二人は双子の兄弟。比較されて当たり前だよね。
そして幼い頃から弟と比較され、同情や揶揄、たまには嘲笑の視線まで向けられてきた欠陥品の第一王子の性格が歪んでしまうのも当たり前だよ。
というわけで、幼い頃の俺はとてもネガティブでひねくれた性格の暗い子供だった。
早くも自分の人生に絶望していて理不尽な世の中も自分自身も大嫌い、消えてなくなりたいと毎日思っていた。
そんな俺の人生を変えてくれたのは、母と一緒に訪問した母の実家、ヴァイオレット公爵家の屋敷で出会った名前も知らない魔導士のお姉さんだった。
ヴァイオレット家の屋敷の地下にある研究室で、いくつかの訳のわからない魔法(おそらくなんとか俺が魔力を認識できるようにいろいろ試してくれたのだと思う)をかけられていた俺は、しばらくの休憩をもらい気分転換のために外に出た。
特に目的もなく屋敷内を歩き回っていた俺は、運河が見えるベンチでタバコを吸っている一人の女性を見つけた。
紫がかった青色のポニーテールと同じ色の瞳。少し冷たそうで近寄りがたい雰囲気と整った顔立ち。そんな彼女が運河を眺めながらタバコを吸っている姿は、絵になっていた。美しかった。
でも俺は彼女の美しさよりも、彼女の表情に惹かれていた。彼女は少し悲しそうな、すべてが面倒くさそうな、何かを諦めたかような憂いに満ちた表情をしていた。
気がついたら俺は彼女に近づき、声をかけていた。
「ねえ、それ、おいしいの?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「…ん?」
突然声をかけられた彼女が俺の方に視線を向けてきた。彼女の表情は憂いに満ちた感じから「誰?この子」というほんの少しの好奇心が含まれた、でも限りなく無表情に近い顔に変わっていた。その表情の彼女も綺麗だった。
…正直、遠くで見るよりも冷たそうな雰囲気の人で、妙な威圧感のようなものも出ていたからちょっとだけ怖いなとも思ったけど。
「ああ、これ?…別に美味しくないよ。でも気分が沈んでる時はなんとなく吸いたくなるんだよね」
「…僕ももらっていい?」
「は?いやいやダメだよ。これは大人になってから。…てか何?君も気分が沈んでるの?」
意外にも彼女は気さくに返事をしてくれた。笑顔になった彼女もまた綺麗だなって思った。
彼女のフランクな話し方から、おそらく彼女が俺の身分に気づいていないことが分かった。そして彼女は一度も「君は誰?」と聞いてきたりはしなかった。
だから俺は、生まれてはじめて王子としてではなく、ただの8歳の少年として、今まで誰にも話すことができなかった自分の本音を告白することができていた。
優秀な弟と比較されるのが嫌で嫌で仕方がないこと、理不尽な世の中も自分のことを裏でバカにしてる連中も大嫌いだけど、一番嫌いなのはどんなに頑張っても魔力を認識できない自分自身であること、消えてなくなりたいと毎日思っていること…。
真剣な顔で話を聞いてくれた彼女は、変に気をつかって俺を慰めることも、俺の気持ちを否定することもせず、ただ淡々と自分の考えを述べて俺のことを勇気づけてくれた。
…自分でも気持ち悪いと思うけど、俺は今でもあの時彼女が俺にかけてくれた言葉を最初から最後まで完璧に覚えている。
『魔道王国で生まれて、魔力ゼロとなると確かにきついね。弟さんがすごい魔力を持っているならなおさらね…。私が君の立場でもきっと毎日つらいなって思ってるはず』
『でもね、別に魔力が強いからといって幸せになれるとは限らないし、魔力がないからといって幸せになれないわけでもないよ。たとえばさ、私は結構強い魔力を持ってるけど、ちょっと前に大怪我しちゃって今も後遺症に苦しんでるんだよね』
『で、私の妹は魔力なんか持ってないけど、今、親の仕事を手伝いながら素敵な彼氏を作って、毎日これでもかってくらい幸せに過ごしてるらしいの』
『まあ、でもこの国にいる限り、魔力の有り無しで人生の難易度がだいぶ変わるのは間違いない。でもそれはこの国が変わっているだけなんだよね』
『私は外国出身だから分かるんだけど、他の国では魔力の有無でここまで差別されたりしないよ。だから君も、もしここでの生活に耐えられなくなったら逃げれば良いと思う』
『そもそも人間、生きてるだけで褒められるべきなんだよ。魔力の有り無しとかそんなことはどうでもいい。私も最近まで気づいてなかったけどさ、死にかけてみてやっとわかったんだ』
『だから君もね、今日もちゃんと生きている自分のことを褒めてあげて。生きててえらい!天才!ってね』
彼女の言葉によって、俺の人生は180度変わった。そしてその瞬間から俺の一生の恋が始まった。
彼女のおかげで「魔力を持たない自分」を受け入れ、「魔力がなくて何が悪い」と良い意味で開き直った俺は、その日から剣士を目指すことにした。
なぜ剣士なのかというと、魔力を持たない俺があの素敵なお姉さん、つまりはレイチェルを生涯守り抜くためには魔法以外の方法で強くなるしかないと思ったから。
そして8歳の自分がその方法として考えられるものは剣術くらいしかなかった。
レイチェルと出会ったあの日から、俺の人生の最大にして唯一の目標は彼女を自分のものにすることになっていた。正直、それ以外のことは割とどうでもよくなった。
そう、俺はあの日「根暗王子」から「ヤンデレ王子」に生まれ変わったのである。
そして13歳になった俺は「魔力を持たない自分は王位を継承すべきではない」と主張し王位継承権を正式に放棄した。
元々魔力を持たない俺が王位を継承できる可能性はほとんどなかったので、継承権の放棄はスムーズに認められた。
周りから励まされたり、同情されたり陰口を叩かれたりしたけど、当然ながらそんなことは俺にとってはどうでも良いことだった。
通常は魔道学園に入学する年齢になった俺は、「魔道学園に入学しない自分は、その期間中に実戦を経験して戦士としての腕を磨く」と宣言し、半ば家出に近い形で冒険者として旅に出ることにした。
本当の目的はもちろん、レイチェルと再会すること。
王位継承権放棄から家出までの流れを完璧にサポートしてくれたのはもちろんアーロンだった。彼の協力がなければ、ここまでスムーズにレイチェルと再会することはできなかったと思う。
いつもありがとう、アーロン。心から感謝してるよ。
そして俺は今、ヴァイオレット家の屋敷にきていた。俺の最愛の人は、今日も運河が見えるベンチで沈んだ表情でタバコを吸っていた。相変わらず絵になってる。最高に美しい。
…でもタバコは健康に悪いからそろそろやめて欲しいかな。俺は迷わず彼女に近づき、話かけた。
「ねえ、それ、おいしいの?」
気がついたら私は読者様に近づき、声をかけていた。
「ねえ、ブックマークや☆評価、してくれないの?(泣)」