15話 帰るよ
幸いなことに、レイチェルは元カレとよりを戻すことは全く考えていなかったようだった。本当によかった。これで世界一の戦士をこの世から葬り去る方法をひねり出す必要はなくなったよ…。
ホテルに戻ってきたレイチェルが自分から「彼はもう町から出ていったよ」と説明してくれたり、「心配かけてごめんね」と謝ってきたりするものだから、嬉しさと彼女を愛しく思う気持ちが爆発して体が勝手に彼女を抱きしめようとしていた。
最後の最後に我に返ってなんとか自分の体をコントロールできた俺、えらい!16歳のガキにしては上出来だよ。…たまには自分のことを褒めてあげないとな。
でも、レイチェルと元カレの件はこれで終了かと思って安心していたら、翌日レイチェルがとんでもないことを言い出してきた。
…パーティーを抜けたいと。
その話を聞いた俺は一瞬、もしかして元カレとの復縁のためにパーティーを抜けるのかと疑ってしまった。
前日、彼女は「彼が町を出ていった」と言っていたけど、その言葉の続きはまさかの「私が彼のいる町に引っ越すことにしたの♡」だったのかと。
でもどうやらそうではないらしく、彼女はそれとは違う訳の分からない理由でパーティーからの離脱を考えていると主張してきた。
彼女が出してきたいくつかの離脱の理由のうち、本当の理由はおそらく「俺との関係をこのまま続けるのはお互いにとって良くないと考えていること」だけだということはすぐに理解できた。
…もちろんどんな理由があったとしても彼女の離脱を認めるわけにはいかない。どこにも行かせないし、レイチェルがどこかに行くなら俺もついていく。
俺はその旨を素直に彼女に伝え、アーロンとクリスもそれぞれレイチェルを説得してくれたので、結局その日の話し合いは「しばらく頭を冷やしてよく考えること。1週間後にまた話し合おう」という結論で終了した。
レイチェルはその場では納得した様子で自分の部屋に戻っていったが…。
俺はわかっていた。読んでいた。彼女が近いうちにこっそり宿を抜けて一人で町を去ろうとするだろうということを。早ければその日の夜に行動を起こすだろうということを…!
そう。俺の最愛の人レイチェル・オーモンドロイドは、異常なまでに自己評価が低いうえに、何か問題が発生した場合「自分が我慢すれば」「自分が消えれば」すべてがうまくいくと思い込んでいるところがある。
そして面倒なことや嫌なことから逃げ出すことを一切躊躇しないタイプで、ネガティブな方向性のものに限って非常に行動力がある。
どう?程よくこじらせた性格のめんどくさ可愛い子で最高だろ?
しかも彼女、外見は「少し危険な雰囲気の知的で色っぽいお姉さん」だからね。もうこの外見と性格のギャップがたまらないわけですよ。
…レイチェルが世界一可愛いという当たり前の話は一旦置いといて、彼女が一人で逃亡をはかるだろうと予想した俺は、その日の夜からリビングのエレベーターが見える場所で就寝することを決めた。彼女を逃がすわけにはいかないからね。
そして面白いくらい俺の予想通りの行動をとったレイチェルを取っ捕まえて「あなたがどこに逃げても必ず見つけ出す。あなたはもう俺から絶対に逃げられない」などと、明らかにストーカーのセリフとしか思えないような言葉を自信たっぷりの声で浴びせてやった。
結果、彼女は大人しく自室に戻ってくれて、ちゃんと諦めてくれたのか翌夜から彼女が荷物を持ってリビングに現れることはなくなった。
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読みが当たってレイチェルの夜逃げはなんとか阻止できたものの、俺は少し焦っていた。困っていた。
あの夜は自信たっぷりの態度でヤンデレっぽいセリフをレイチェルに浴びせてやったものの、正直、レイチェルが本気で逃げようとしたら俺の力だけでそれを完全に阻止できる自信はなかった。
考えてみてほしい。相手は闇属性魔法のスペシャリストで、世界トップ5に入ると評判の凄腕の魔導士である。彼女が本気を出せば俺が敵う相手じゃないし、たぶん余裕で逃げ切ることができると思う。
そして1年近くこんなにも押して押して押しまくっているのに、レイチェルは未だに俺の気持ちを受け入れようとはしてくれない。まるで難攻不落の要塞だよ。
…うん、このままではいけない。きっとこのままでは何も変わらない。何か対策を考える必要があるんだ。
もうなりふり構ってはいられない。使えるものは国家権力でも何でも使ってレイチェルを俺のところに繋ぎ止めたうえで、そろそろ次のステップに進まなければ。
…改めて言うけど、ヤンデレ王子でもなんでも好きに言うが良い。俺は目的のためには手段を選ばない人間なんだ。
そう考えた俺は、いつものようにアーロンと作戦会議を行った。そしてアーロンのおかげで効果的と思われる対策を立てることに成功した俺は、早速その対策を実施すべくアクションを起こした。
翌日にはみんなにリビングに集まってもらい、アーロンとの事前の打ち合わせ通りの内容をレイチェルとクリスに伝えたのである。
「突然で申し訳ないけど…」
黙って私の言葉に耳を傾けてくれる二人。
「俺、しばらく地元に戻らないといけなくなった」
驚いた表情で顔を見合わせるレイチェルとクリス。
理由を聞かれたので、詳しいことは言えないけど少し前から実家で少し問題が発生していて、その問題がなかなか解決しないので家に戻って解決に力を貸してほしいと頼まれたと、事前に考えておいた嘘の理由を伝えた。
そしてアーロンも実はうちの家の関係者で今回発生した問題と無関係ではなく、彼も一緒に地元に戻る必要があると二人に説明した。
さらに俺とアーロンはパーティーの解散を望んでいないので、できれば俺たちと一緒に地元に来てもらって問題が解決されるまで待っていてほしい、住む場所はもちろんこちらで用意すると伝え、二人に深く頭を下げた。
ありがたいことにクリスは「いいよ。一緒にいく」と二つ返事で承諾してくれて、レイチェルも先日の一件で抵抗しても無駄だということを理解したのか、意外にもすんなりと俺の地元に向かうことに同意してくれた。
「そういえば、ダミアンがどこ出身なのか聞いたことなかったね。どこなの?」
クリスにそう言われて、俺も初めて気づいた。そう言えば俺、自分の出身地を二人に伝えたことがなかったね。そして二人の出身地を聞いたこともなかった。
…申し訳ないことに、事前のリサーチによってこっちは二人の出身地を把握しているけど。
「魔道王国シェルブレットだよ。王都ハート・オブ・ベルティーン出身」
その言葉を聞いた瞬間、レイチェルは一瞬だけ驚いた顔をした。…彼女にとっても思い出の場所なんだろうね。きっと良い思い出もそうじゃない思い出もたくさんあるんだろうな…。
これからは俺と一緒に王都で楽しい思い出を作っていこう…?
…だから、一緒に帰ろうよ。レイチェル。
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