14話 脅されました
イアンと別れてホテルに戻ったら、ダミアンがひどく疲弊した様子で私を待っていた。少し血走った目に、何度も掻きむしったのか崩れてしまった髪型、そして渇いた唇。
そんな彼は私の姿を見た瞬間、いろんな質問を浴びせたいのを必死に我慢するような感じで不自然な笑みを浮かべて「おかえり」とだけ言ってきた。
…めちゃくちゃ心配かけちゃったんだってことが改めて分かってさらに申し訳ない気持ちになった。
だからダミアンに安心してほしくて「彼はもう町から出ていったよ」と聞かれてもないことを伝えたり、「心配かけてごめんね」と謝ったりしてしまった。
そしてそんな自分の行動をなぜか冷静に分析している自分もいて、私は自分自身の気持ちをさらに確信するようになった。
…そう。私はダミアンのことが好き。間違いなく彼に恋をしている。
28歳の女が16歳の少年に恋してる姿ってものすごく痛々しいんだろうなって自分でも思うし、痛いとか痛くない以前にもはや犯罪臭しかしないのも重々承知しているけど…。
でもしょうがないんだよね…。ダミアンのような素敵な人に1年近く熱烈にアプローチされて落ちない女なんかいないよ。ダミアンが悪い。いや悪くないけど。
いずれにしても今まで見て見ぬふりをしていた自分の気持ちをもう否定できなくなった以上、私がやるべきことは決まっていた。そしてやるべきことが決まったのであれば、後は実行あるのみ。
だから翌日、私はみんなにリビングに集まってもらい、自分の意思を伝えることにした。
「突然で申し訳ないんだけど…」
黙って私の言葉に耳を傾けてくれる3人。
「私、パーティーを抜けようと思う」
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結論からいうとめちゃくちゃ怒られましたし、離脱は認めてもらえませんでした…。
ダミアンだけじゃなくて、クリスやアーロンくんもそんな話を受け入れられないって言ってきて、ものすごい剣幕で理由を聞かれたり、考え直すことを要求されたりした。
特にダミアンは「昨日の元カレと復縁するためにパーティーを抜けるのか」という趣旨のことを、ものすごく不気味で恐ろしい表情で追及してきた。その時の彼、瞳からハイライトが消えていた気がする。正直めちゃくちゃ怖かった。
決してイアンとの復縁のためにパーティーを抜けようとしているわけではないことを断言してまずはダミアンを落ち着かせてから、私は慎重に言葉を選びながら離脱を決めた理由を説明した。
もう28歳になったから、そろそろ安定した生活を目指してどこかに定着することを視野に入れるようになったと。
で、しばらく実家に帰っていないわけだし、そろそろ両親も年をとってきたから今が実家に戻る良いタイミングかもしれないと考えたと。
正直、ダミアンとの関係をこのまま続けるのがお互いにとって良くないと考えていることも今回の選択をした理由の一つであると。
…ぶっちゃけダミアンに関する理由以外は適当に考えた嘘の理由だけどね。
それを聞いたみんながどんな反応をしたかというと、もう全否定&完全論破。
クリスからは「レイチェル、いつか実家に戻るつもりだなんて今まで一度も言ったことないじゃん。てかレイチェルより遥かにしっかりしている妹さんが家業を継ぐ予定だから何の心配もしていないし、戻るつもりは全くないって言ってたよね?」との証言が…
アーロンくんからは「安定した生活ですか。先日も「短い労働時間で高い報酬を得て、普段はホテルでまったり過ごしたい。だから高難易度のクエストしかやりたくないんだよね。毎日コツコツ働くなんて絶対にいや」とおっしゃっていましたね」との証言がそれぞれ飛び出た。
そしてダミアンは「俺と今の関係を続けることのどこがお互いにとってよくないのか分からないけど、理由とか関係なく無理。どこにも行かせないし、レイチェルがどこかに行くなら俺もついていく」という身も蓋もない宣言をしてしまった。
私は言い訳じみた反論を試みたものの、完全に1対3の状況になってしまっていたし、元々考えていた離脱の理由が適当なものだったこともあり全く相手にしてもらえなかった。
で、結局その日は「しばらく頭を冷やしてよく考えろ。話なら1週間後にまた聞いてやる」という結論で話し合いが終了してしまった。
簡単には認めてくれないだろうなとは思っていたけど、自分より遥かに年下の子たちにここまで論破されるとは。
…こんな大事な話が適当に考えた理由でなんとかなるって思ってた私がいけないよね。一番年上のくせに考え方や行動はパーティーで一番幼稚かもしれない。情けないな、私…。
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うん、良い大人のくせに年下のパーティーメンバーたちよりも精神年齢が低いことを認めよう。そしてそんな自分を受け入れよう。
幼い自分を受け入れた私がやるべきことは一つ。それは自分が決めたことの実行である。
やっぱり私がこれ以上ダミアンと一緒にいるのはよくない。どう考えても私はダミアンの相手として相応しい女じゃないのに、私が近くにいる限りダミアンはたぶん私のことを諦めないから。
そして私も今はまだ自分をコントロールできているけど、これ以上ダミアンのことが好きになったらいつ自分の気持ちを抑えられなくなるか分からない。
もしそうなったらどんな未来が待っているか?…きっとイアンとの間で起きたことがダミアンとの間でももう一度起きる。ダミアンも私も傷つく未来が待っているだけだよ。
だから取り返しのつかないことになる前に、ここでやめなきゃ。今ならまだ間に合う。今私がダミアンの目の前から消えれば、二人とも傷つく不幸な未来は訪れない。
ということで私は今、夜中こっそり宿を抜けて一人で町を去ろうとしていた。
必要最低限の荷物をまとめて、リビングに設置された最上階と1階を直接つなぐエレベーター(高い魔道技術と特殊な魔宝石がないと作れないため、非常に高価である)に乗ろうとした瞬間…
「どこいくの?レイチェル」
後ろから声をかけられてしまった。振り返るとそこには、昼間よりも遥かに恐ろしい絶対零度の笑みを浮かべたダミアンが立っていた。
「あっ、いや…ちょっと眠れなくてお散歩に…」
「へぇ。そうなんだ。でも散歩にしてはずいぶん荷物が多いね?」
冷たい笑顔のまま、一歩ずつ私に歩み寄ってくるダミアン。彼の全身からどす黒い負のオーラや、獲物を見つけた時の捕食者が放つ威圧感のようなものが滲み出ている気がした。
えっ、何これ?めめめめちゃくちゃ怖いんですけど。本気で戦えば互角か、私が優位のはずなのに、なぜか蛇に睨まれた蛙のように恐怖に震えて一歩も動けない。
私の目の前までやってきたダミアンは、全く表情を変えないまま至近距離で私を見つめてきた。刃物のように鋭い視線が私の両目を貫く。
えっ、これどうしたらいいの?とにかく謝った方がいいよね?土下座して謝れば命だけは助けてくれるかな…?
「もう俺、レイチェルが何を考えていて、次にどんな行動をするかが割と読めるようになったんだよね。この1年、ずっとレイチェルのことを見てきたから」
そ、そうなんだ。それは大変光栄です……。
「あのさ、無駄だよ?レイチェルがどこに逃げても、俺は必ずレイチェルを追いかけて見つけ出す。……あなたはもう俺から絶対に逃げられないんだよ」
「……そうなんだ」
…何をどう答えたら良いか分からない今の私には、震える声で曖昧な相槌を打つのが精一杯の対応だった。
でもその返事にある程度は満足してくれたのか、次の瞬間、ダミアンは少し柔らかい顔になって優しく話しかけてきた。
「散歩行く?行くなら俺も付き合うけど」
「…大丈夫。大人しく部屋に戻ります……」
「…そう。わかった。ではおやすみなさい」
「おやすみなさい…」
自分の迂闊な行動が原因でダミアンの恐ろしい一面を目撃することになった私は、彼から逃げるように自分の部屋に戻るしかなかった。
…怖かった。本当に怖かった。あの状態になった彼には絶対に逆らえない、逆らってはいけないって直感的に思った。
でもどうしてだろう。完全に脅される形でパーティーからの離脱(逃亡?)を断念させられたわけだし、問題は何一つ解決されていないのに…
ダミアンが私の行動を止めてくれたことを心から嬉しく思っていて、これからも彼と一緒にいられることに安堵している自分がいる。
…まずいな。もう私、ダミアンのことが大好きじゃん。というか今日のことでますます好きになっちゃったじゃん。どうするの?これ…。
『幼い自分を受け入れた私がやるべきことは一つ。それはブックマークや☆評価のおねだりである』