13話 諦めて
レイチェルと一緒に過ごす日々もあと少しで1年になろうとしていた。俺たちは活動の拠点をブリアン王国南部のルバントン・タウンに移していた。
レイチェルとクリスが「かくかくしかじかだから、そろそろ次の町に移動しよう」という話をしてきた時、俺が提案した場所がルバントン・タウンだった。
別に俺の地元というわけではないし、過去に訪れたことがあるわけでもないんだけど…昔から一度訪れてみたかったんだよね、ルバントン・タウン。
なぜかというと、俺がもっとも尊敬する歴史上の人物であるメイソン・ローズデールゆかりの地だから。
彼は魔力を持っていなかったにもかかわらず、長年魔道王国に貢献した伝説のソードマスターで、同じく魔力を持たない俺にとっては憧れの存在だった。
ちなみに冒険者登録の際に考えた偽名「ダミアン・メイソン」の「メイソン」も彼のファーストネームから取っている。
そしてルバントンに来て数か月。環境も変わったことだし、改めてレイチェルとの関係にもポジティブな変化をもたらしたかったのだが…。
残念ながらレイチェルとの仲は未だに進展がなかった。俺が一方的に彼女に好意を伝えているだけの日々が今も続いている。
でも俺は別に焦ってはいない。俺には時間がたっぷりあるんだ。彼女に好きな人がいるというわけでもないし、このまま彼女のそばでずっと彼女のことを想い続ければ、いつかは振り向いてくれるはず。いや絶対に振り向かせる。
諦めるつもりはさらさらないし、その必要性も感じない。何が何でも彼女には俺のことを好きになってもらうつもりだし、そうさせる自信もある。というかそうならないと困る。
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…そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。
いや何であんなに自信満々だったの、俺。その自信の根拠は?根拠のない自信は身を滅ぼすぞ?そこらへんちゃんと理解してるのか?
確かにレイチェルは「他に好きな人がいる」という理由で俺の告白を断ったことは一度もない。でも逆に「他に好きな人はいない」とも明確に言っていないじゃないか!!
そう、もしかしたら元カレのことが今も忘れられず、新しい恋をする気にはなれないというのが彼女の本音だったのかもしれない。仮にそうだとして、その元カレが突然目の前に現れたら…!?
落ち着いて座っていられなくなった俺は、先ほどからそんな内容の独り言を小さい声でぶつぶつ言いながらリビングをぐるぐる歩き回っていた。
最初、アーロンとクリスはそんな俺を落ち着かせようとしてくれていた。
でも何を言っても俺が全く落ち着かないのを見たアーロンが「こういうときの彼はそっとしておくのが一番」という薄情だけど適切な判断をしたことで、今は二人で仲良くリビングのソファーに座って生温かい目で俺のことを見守ってくれている。
あ、ちなみに「リビング」というのは俺たちが宿泊しているホテルの最上階のスイートルームのリビングのことね。
今回のホテルは最上階すべてが一組の宿泊客のための超豪華なスイートルームになっているタイプで、そのスイートルームに宿泊する=最上階の貸し切りになるという素晴らしいホテルなんだ。俺たちの生活スタイルにぴったりの物件だったね。
…っていやいやいや、今はそんなことはどうでも良い。寝泊りなんて王城だろうがスイートルームだろうがテントだろうが路上だろうが問題ない。レイチェルと一緒ならね。
そう、レイチェル!問題はレイチェルなんだ。いや違うレイチェルが問題なわけじゃなくて、突然現れた彼女の元カレ…あの伝説の冒険者イアン・テイラーが問題なんだよ。
あいつが現れたのが悪いんだ。あいつの存在がいけないんだ。あいつが諸悪の根源なんだよ…!
なんとかしなきゃ。でもどうやって?相手は天下無双とか世界一とか言われてる狂戦士なんだぞ。まともに戦って勝てる相手ではない。
どうやって対処する?どうやって殺す?やっぱ毒殺しかないかな?それとも第一王子の権力を使って騎士団を動員する?
冗談だよ。毒を使って敵を殺めるほど落ちぶれてはいないし、残念ながら外国にまで騎士団を動員できるような権力も持っていない。名ばかりの王子だからね。
…あっ、うん。そう、そうじゃなくて「殺したい」ってところから冗談だよ。……たぶん。
何で俺が今こんな状態になっているかというと、先日のあるクエストで偶然出会った伝説の冒険者で、かつレイチェルの元カレでもあるイアン・テイラーが、先ほど俺たちが宿泊しているホテルに突然現れてレイチェルを掻っ攫っていったから。
誰も彼がレイチェルの元カレとは言っていないけど、彼とレイチェルのやりとりの雰囲気を見て俺はすぐに察することができた。
どこからともなく「元カレ感」が強く出てたからね。いや違う、もしかしたら俺に見せつけようと思ってあえて「元カレ感」を強く出してたのかもしれない。
…いや、こんなところで謎の見栄を張っても仕方ないね。はい、事前のリサーチでイアン・テイラーがレイチェルと過去に交際していたことはすでに知っていました。気持ち悪いストーカーで申し訳ございません。
いずれにしても少し二人で話をしてくるということで、レイチェルは彼と二人でどこかに消えていってしまった。それから俺はずーっと今の状態である。
いや本当どうしよう。万が一レイチェルと彼が今も両想いで、今回の偶然の再会がきっかけでお互いに対する気持ちが再燃したからよりを戻すことにした、とか言い出したら。
俺は耐えられるのか?受け入れられるのか?
…いや無理だな。絶対に受け入れられない。もしそうなったらそれこそどんな手を使ってでも彼を排除する。たとえレイチェルが彼と一緒になることを心から望んだとしても。
そんなことは間違っているというのはよくわかっている。でもやっぱ無理なものは無理。どうせ俺はガキで、自分のことしか考えていない傲慢な王族なんだ。
仕方がない。レイチェルの幸せを願って他の男と彼女の交際を祝福し、自分は身を引くような大人の男に俺はなれない。やっぱり俺はどんな手を使ってでもレイチェルを俺のものにしたいし、必ずそうする。
…ヤンデレ王子でもなんでも好きに言うが良い。彼女のことを諦めるなんて俺にはできないんだ。
ごめん、レイチェル、俺みたいな自分勝手なガキに捕まったことが運の尽きだと思って諦めて。
…俺はあなたがいないと生きていけないんだ。
落ち着いて座っていられなくなった私は、先ほどから「ブックマークや☆評価が欲しい…」という独り言を小さい声でぶつぶつ言いながらリビングをぐるぐる歩き回っていた。




