12話 復縁には興味がありません
「…もう一回、俺と組まないか?」
…は?
「…それって、私たちのパーティーに入りたいという意味では…ないよね?」
「ああ。そういう意味じゃない…」
しばらく間を置いたイアンは、真剣な表情で私の目を見つめながら…
「もう一度、俺と付き合ってください」
ある意味予想通りの、非常にリアクションに困る言葉を私にぶつけてきた。
イアンとの出会いを思い出してみる。私が彼と出会ったのは、私が魔道王国の騎士団を退団して実家に戻ろうとしていた20歳の頃だった。
私が例の重傷から完全に回復して、新しい身体にも馴染んで問題なく動けるようになるには1年近い時間が必要だった。
当初は私がまた以前のように戦えるようになる可能性が低いと見られていたことや、戦闘に対して恐怖心を抱くようになったことから、私は回復した後も騎士団には復帰せず、実家に戻ることを決めていた。
そして道中戦闘に巻き込まれた場合、自分が戦えるとは考えていなかった私は、実家への移動の際に護衛を雇うことにした。
魔道王国の領土内では騎士団が護衛してくれることになったけど、国境を超えたら彼らに護衛をお願いするわけにはいかないからね。
その護衛がイアンだった。当時から彼はそれなりに名の知れた冒険者だったし、ちょうど私の実家に近いところに用事があるということで料金も安くしてくれたから、私はあまり迷うことなく彼を雇うことを決めていた。
……正直に言います。顔が超タイプのイケメンだったのも理由の一つだったかもしれない。
そしてなんと、イアンも私のことをかなり気に入ってくれていた。お互いに惹かれ合う20歳の男女が二人きりで長旅。何も起きないはずがなく…という自然な流れで私たちはお付き合いをするようになった。
実は前に言っていた「すぐに結婚するわけでもないから、あまり深く考えるのはやめよう。とりあえず好きになったから付き合ってみよう」という気持ちで交際を始めた相手が、他ならぬイアンだった。
そしてあっという間に彼に夢中になった私は、彼と一緒にいたいという一心で戦闘に対する恐怖心を克服し、実家には一度顔を見せただけでそのままイアンとパーティーを組んで冒険者として活動するようになった。
ちなみに戦闘に対する恐怖心の克服は意外と簡単だったよ。実際に戦闘が始まるまでは怪我の場面のフラッシュバックに苦しめられたけど、いざ戦闘が始まると体が戦い方を覚えていた。戦闘中にトラウマがよみがえることは一度もなかった。
「私、なんで騎士団やめちゃったんだ…?」と自分でも苦笑いしてしまうほどスムーズに、私はかつての実力を取り戻すことができていた。…実力を取り戻したというか、前よりも遥かに強くなっていた。
…うん、私の戦闘力の話はどうでも良いね。そんなことより今はイアンとの交際の話だよね。
「すぐに結婚するわけじゃないし」といった比較的軽い気持ちで彼とのお付き合いを始めた私だったが、イアンは女ぐせの悪そうな見た目とは裏腹にとても誠実な人だった。
ずっと変わらず私のことを愛してくれて、私もいつの間にか彼のことを心から愛するようになっていた。
でもイアンは複雑な家庭環境で生まれ、ちゃんとした愛情を受けることができずに育った人だったようで、いつの日か彼が私に教えてくれた将来の夢は「温かい家庭を築いて、自分の親とは違う立派な親になること」だった。
おそらく彼は、私との将来を夢見てくれていたのだろう。彼の幸せそうな横顔と、そのことを聞いた瞬間の絶望は今でも覚えている。鈍器で頭を殴打されたような感覚だった。目の前が真っ暗になった。
その瞬間「私と一緒だとイアンの夢はかなわない」、「私では彼が描く幸せな未来を作ってあげることができない」ってことが分かったからね。
そして私は思ったんだ。「私は彼と一緒にいるべきじゃない。たとえ私がどんなに彼のことを愛しているとしても」と。
だから後日、自分の体のことを正直に打ち明けて、彼に別れを切り出した。
私が自ら過去の怪我や治療後の身体の状態を詳細に伝えた相手は、イアンとクリスの二人だけである。そしてその時はまだクリスには言ってなかったから、私が自分のすべてをさらけ出した最初の相手がイアンということになる。
…やっぱ私にとって特別な人だったんだよ、彼は。
ありがたいことに、イアンは何度も私を引き留めてくれた。考え直してほしいと必死になって説得してくれた。でも私の気持ちは変わらなかった。自分が彼に伝えた最後の言葉を今でも私は鮮明に覚えている。
『あなたのためではなく、私のため。あなたと一緒になると、私はあなたの夢を奪った自分を一生許せない』
紛れもない本心だった。私は心から愛していたイアンの夢を奪いたくなかった。そんなことをしたら、きっと私は一生自分のことを許せないから。
「俺、今でも毎日後悔してるんだよね…。あの時、もっと強引にお前を引き留めなかったことを…」
「…そうなんだ」
「ああ。そしてお前を忘れたことは一度もない。俺は今でもレイチェル…、お前のことを愛してる」
「そっか…」
「だから…やり直せないかな?俺たち…」
…そんな捨てられた子犬みたいな顔しないの。あなた、天下無双とか世界一とか言われている戦士でしょ?
そう思ってくれるのはありがたいし、私の自分勝手な行動が結果的に彼を何年も苦しめていたようで本当に申し訳ないけど…
「ごめんなさい。それは無理」
「……そっか」
「…うん」
「…好きな人とか、いるの?」
私は「いや、そういうわけじゃないけど」と答えようとした。
…でもできなかった。「好きな人がいるのか」という質問に対する、自分自身の心の回答があまりにも明確にYesだったから。
あんなに愛していたイアン、最後まで彼のことを思って別れたはずのイアンと再会しても全く感傷的にはならなかったこと、そんな彼に愛の言葉を囁かれても全く心に響かなかったこと…
先ほどから私の脳裏には何度もダミアンの不安そうな顔がちらついていて、「彼を不安な気持ちにさせてしまって申し訳ない」「早く帰って彼を安心させてあげたい」と何度も思っていること…
そもそもイアンがホテルにやってきたのを見た瞬間の私の感想は「えっ?なんで?ダミアンに変な誤解されたくないんだけど」という、ちょっと自分でも信じられないくらい冷たいものだったこと。
それらのことの理由は一つだった。それは、私にはもう他に好きな人がいるから。
…そっか。私、もうダミアンのことが好きになってたんだ。必死に否定してたけど、やっぱりそうだったんだね……。
だから私はイアンの目を真っすぐ見つめ、自分の気持ちを正直に伝えることにした。
「うん、いるよ。好きな人」
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