10話 夢を見ました
不気味な雰囲気の薄暗い地下神殿。無駄に広いスペースのあっちこっちで局地的な戦闘が起きていて、どこからともなく怒号や悲鳴、爆発音や金属音などが聞こえてくる。
そんな中、二人の若い女騎士が怪しい雰囲気の中年男性と対峙していた。女騎士といっても、彼女たちは重い鎧を身につけてロングソードを振り回す感じの一般的な「女騎士」ではない。
彼女たちは魔道王国シェルブレットの騎士で、その装いは「騎士」のものというよりは「魔導士」のものに近かった。そして彼女たちは自慢の魔法でじわじわと相手の男を壁際まで追い込んでいた。
彼女たちに追い込まれている男は、決して雑魚などではない。
自ら立ち上げた悪魔崇拝の教団をわずか10年程度で数万人の信者を抱える教団に成長させた凄腕の宗教指導者で、その原動力は本人が持つ強大な魔力だといっても過言ではない一流の魔導士だった。
しかしそんな彼も、目の前の二人の女騎士には歯が立たない様子だった。
『ゲーティア!』
少し紫がかった青い髪の、冷たそうな印象の女騎士が唱えた呪文に呼応し、教祖の近くの地面が黒紫の濃い霧に覆われた。そして次の瞬間、霧の中から無数の白い手が出現した。
「……!」
人間とは思えない跳躍を見せ、間一髪で自分をとらえようとする無数の手から逃れる教祖。しかしそのタイミングを待っていたかのように、神秘的な紫の瞳を持つ黒髪の女騎士が魔法を発動させた。
『イル!』
今度こそ直撃。宙に浮いた状態の教祖の体内から黒紫の細かい爆発が連鎖的に起き、教祖は悲鳴を上げることもできないまま力なく地面に落下した。
落下後、ピクリとも動かなくなった教祖の姿を確認した黒髪の女騎士は、そのまま後ろを振り返り、笑顔で青髪の女騎士に近寄った。
(ダメだよ、ティファニー!そいつはまだ死んでない!)
それを第三者の立場で眺めながら、私は黒髪の女騎士ティファニーに必死に訴えかけた。でもこの世界に介入できない存在である私の声が彼女の届くはずもなく…
「#&‘*Λμ!」
うつ伏せの状態からありえない角度で上半身だけを起こした教祖が、奇声をあげながら最後の力を振り絞って強烈な衝撃波を放った。
地を這うような感じでティファニーに襲い掛かる衝撃波。その光景を正面から見ていた青髪の女騎士、つまり「私」は咄嗟の判断でティファニーを突き飛ばし、自分も横跳びで衝撃波を回避しようとしたが…。
残念ながら間に合わなかった。衝撃波は「私」を直撃し、ティファニーの悲鳴を聞きながら「私」は意識を失ってしまったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
また同じ夢を見てしまった。もう忘れても良い頃なのにね。…やはりトラウマというのは簡単には消えてくれないものなんだね。
あの夢の一番嫌いなところは、私があの場面を必ず第三者の視点で眺めてしまうというところだった。
だから私は、実際には見ていないはずの「衝撃波が直撃して自分の体が壊れる瞬間」を何度も何度も繰り返し見させられている。
詳しいことはあまり思い出したくないけど、あの時の私の怪我は、普通は確実に助からないレベルの重傷だった。…体の約半分が溶け落ちてしまったからね。
そんな重傷を負った私がなぜ今も生きているのかというと、ティファニーがある特殊な方法を使って治療してくれたから。
その特殊な方法とは、召喚した魔獣と私の体を合成するというものだった。
本来、そんな方法で瀕死の重傷を負った人間の命を助けることはまずできないし、そもそも人魔合成はもちろん、魔獣の召喚自体も禁忌の黒魔法で違法なんだけど…。
ティファニーが魔獣を召喚できる技術を持っていて、またそれが許される立場だったことや、私が闇属性のみに適合する魔導士で魔獣との合成材料にこれ以上なく向いていたこと、そして私が負傷した場所が人魔合成の研究をしていた邪教の教団施設だったことなど、複数の偶然が重なり私は奇跡的に一命をとりとめた。
ただ、その結果として、私の身体は劇的に変化してしまった。人間をやめることになったというか、化け物になってしまったというか…。
変わったところはたくさんあった。まずティファニーの治療によって再生された部分、つまり左腕と腰から下のほとんどのパーツの回復力と強度が異常なレベルにまで上がってしまった。
私がケルベロスに左腕を噛ませたのは、左腕ならどんなに深い怪我を負っても問題なく回復できることが分かっていたからである。
そして、常人を遥かに超えるレベルの魔力を持つようにもなった。
私は学園時代も騎士時代もそれなりの実力を持つ魔導士ではあったが、「世界トップ5に入る魔導士」と評価されるようになったのは治療後に得られた規格外の魔力による部分が大きい。
でも、失ったものもたくさんあった。
たとえば、合成されたパーツのあらゆる感覚が他の部分より明らかに鈍かったり、魔力のバランスがおかしくなっていてコントロールが難しくなっていたりという問題もあったが、何よりもつらかったのは、子供を授かることができなくなった可能性が高いことだった。
100%そうと決まったわけではないが、負傷後の体調の変化からほぼ間違いないと考えている。原因を伏せたまま体調の変化について相談した医師の意見も私と同じだった。
…まあ、普通に考えて、腰から下のパーツのほとんどが「人間」のものではなくなっているから、当たり前といえば当たり前なんだけどね。今の私は見た目が人間なだけで、正確には「合成獣」と呼ぶすべき存在だから…。
もちろんティファニーには100%感謝の気持ちしかないよ。本来であればあの時死ぬはずだった私が今もこうやって生きているのはティファニーが起こしてくれた奇跡のおかげだから。
いろいろあったけど今は「生きててよかった」っていつも思っているし。
でも体が今の状態になったことによって、いろいろと消極的になっている部分があるのも事実。たとえば、仮に好きな人ができたとしても簡単には交際に踏み切れないし、結婚なんかは正直諦めている。
20代前半の頃は「すぐに結婚するわけでもないから、あまり深く考えずに好きになったからとりあえず付き合ってみよう」と思って気になる相手と交際したりもしてたんだけど、その行動が原因ですごくつらい思いをしてからは正直、男女の交際自体を避けている。
だから、ダミアンとのこともね…。彼の気持ちを受け入れられない理由は、本当は年齢差だけではないんだ。
彼が私のことを真剣に想ってくれていることが伝わってきている分、ますます首を縦に振るわけにはいかないというか…。
正直、こんな私をあそこまで好きでいてくれていることが嬉しくないと言ったら嘘になる。いや普通に考えてめちゃくちゃ嬉しいでしょ。
でもやはり私は彼の相手として相応しくないし、私と付き合ったことが原因で将来彼が苦しんだり、傷ついたりする姿も見たくない。
だから、そろそろ自分の体の状態のことを正直に打ち明けたうえで交際をお断りした方が良いかもしれないと思っている。思っているんだけど…。
なかなか勇気が出ないんだよね。ダミアンのことだから勇気を出して伝えたところで諦めてくれるかどうかも怪しいし…。
…私、どうしたら良いんだ?
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