邪神と呼ばれる元女神
こんなはずじゃなかったのに。
私は誰からも愛されて慕われて敬われるべき存在なのに、何故こんなことになってしまったの?
私は女神。この世界を管理するのが仕事だ。
ここは小さくても女神である私への信仰心に溢れ、とても素敵な素晴らしい世界だった。
民からの信仰心が集まれば集まるほど、神としての格が上がり、使える力もまた増えていく。
そのために、民達の要望にはどんどん応え、雨を降らせたり、飢えないよう食料もたくさん用意したわ。
その甲斐あって、民は順調に増えていった。
私への信仰心も増えていくと思ったら、そこまで増えることはなかった。
何故?と思って地上を覗いてみたら、理由が分かった。
私の言葉を勝手に語り、好き放題する輩がいたのよ。
もちろん、すぐに天罰を落として制裁してやったわ。
あの慌てふためいた顔は、今思い出すだけでもスッキリするぐらい。
でも、少々やり過ぎたみたいだわ。
民達が怯えて、信仰心が少なくなってしまったの。
どうしたらまた信仰心を取り戻して増やせるかしら?
そうだわ、この世界に瘴気を発生させて、私の選んだ神子が浄化して救ったことにすれば、きっと私への信仰心が跳ね上がること間違いないわ。
早速、誰がいいか選びましょう。
駄目ね、この世界の人間では誰もパッとしないわ。
それなら、違う世界の人間を探すことにしましょう。
世界を救うのに相応しい、優しくて可愛らしい人間は何処かにいないかしら?
あら? あの娘は落とし物を拾って届けたわ。優しいのね。見た目も可愛らしいし、神子はあの娘で決定ね。
早速あの娘に声をかけ、神子になることを了承させた。
そして、神子が受け入れられるように神官達へ神託を下す。
さあ、これで世界は救われて、私は信仰心を取り戻せるわ。
無事あの娘の旅が終わったら、私への信仰心が戻ってきた。
でも、意外ね。あの娘があんな願いをするなんて。
元の世界へ帰るよりも、婚約者のいる男との結婚を願うなんて、私の人選ミスだったのかしら?
それでもあの娘の願いを優先する民達は、なんて神子思い、いいえ、女神である私思いなのでしょう。
私の民達は素晴らしいわ。
あら、今日があの娘と男の結婚式なのね。
え、男の婚約者が自殺した?
さらには男まで後追い自殺したですって?
ちょっと、神子であるあの娘はどうなるのよ?
あの娘は神殿で生涯幽閉って、きちんと世界を救ったのよ。
それを、女神に選ばれた神子で世界を救った功績があるから、衣食住だけは保証してやろう、なんて民の癖に生意気よ。
あの娘のせいでせっかく取り戻せた信仰心が台無しじゃない。
え、嘘、また信仰心が下がってる?
ここまで信仰心が下がったら、この仕事をクビになってしまうわ。
どうしようどうしよう、どうすれば信仰心をまた上げられる?
どうにかしようと焦るけど、失った信仰心を取り戻す手段が思い付かない。
「ずいぶんと無様な姿ね、元女神様?」
そんな時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
目の前で嫌味ったらしく笑うのは、私の同期である女神。
優秀な女神であるこの女は、私が苦労して行うことをいとも簡単にやってのける。
いつか超えてやるつもりでいたけど、何でこの女がここにいるのよ?
「不思議そうね。私がここにいるのは当たり前でしょ。この世界の新たな管理者だもの」
睨み付ける私など、この女にとっては気に止める価値すらないのか。
「いくら怖い顔しても無駄よ、無駄。管理者をクビになって、神の資格を取り消されたあんたは、私に一生敵いっこないから」
管理者をクビになるのは仕方ない。だが、この女は今何と言った?
「どういうことよ?」と声を上げた私を見て、ため息を吐くこの女。
「往生際が悪いわね。あんたは民からの信仰心を失って、もう神じゃなくなってるの。分かった?」
神の資格を取り消された。つまり、今の私には好きに使える力も何もない。
「ようやく現実を理解できたようね。全く、これだから出来損ないの女神は。あ、もう女神じゃなかったわね。ごめんなさいね、元女神様」
嗤うこの女に反論できないのが悔しい。
「あんたさあ、この世界を滅ぼしたかったわけ? 世界がものすごく澱んでるんだけど。うわあ、あんたあんなことまでしでかしてたの? 女神どころか邪神の所業そのものじゃない」
邪神とは、悪い行いをする神のことだ。
私がその邪神だなんてひどいわ。
「さてと、これぐらい梃入れすれば、もうしばらくは持ちそうかな」
くるりとこの女が私に向き直った。
「あんたの選んだ神子とやらが死に追いやって、あんたが何のフォローもしなかった二人、私の管理する別世界に生まれ変わらせて幸せにしておいたわよ。不幸にしただけのあんたと違ってね」
笑い合う二人の姿が映し出された。
いつもそうだ。この女は私が思い付かなかった策で、物事を上手に転がしていく。
「神子とやらも死んじゃってたけど、生き返らせて元の世界へ返しておいたから。サービスでこの世界に関する記憶も消してあげたし、女神ならこれぐらいやれて当然よね」
お財布を届けた後、あの娘は何事もなく家に帰っていった。
まざまざと見せ付けられる、この女との格の違い。
「世界を滅ぼしかねないことをやらかしたあんたは、元同期のよしみでこの世界を滅ぼす邪神として語り継いであげる。
今じゃ誰もがあんたのことを邪神扱いしてるこの世界で、惨めにみっともなく生き続けなさい」
有無を言わさず、私は地上へと落とされた。
そこでは、かつて女神だった私の評判はどん底で、新しく管理者になったあの女は善き女神と崇め奉られていた。
民達は日々の暮らしの中、あの女に祈り信仰心を捧げていく。
私の目指していた世界が、そこにはあった。
込み上げる叫びを抑えるために、唇を強く噛み締める。
いつか、いつか必ず女神に返り咲いてやる。
首を洗って待ってるがいいわ。